城下町での再会。
一週間が過ぎた日に、ユリシスが帝都に足を運んだ。
彼は今日までラディウスと別行動で様々なことの調査に励んでいたのだが、その彼は今日、様子が違った。
ラディウスの私室のバルコニーで、その理由が明らかになる。
昼下がりに、早春の風を浴びながらだった。
「先日は盗賊団の壊滅、お見事でした」
「私の手柄とは言い難いがな」
「ははっ、殿下の勇気は変わりませんとも。必ず奴らの尻尾を掴まんと、御身自ら城を出ていからたことは、私も誇らしく思います」
レンとラディウスが会ったあの日のことだ。
第三皇子なのに彼自ら平原に出向き、調査の支度をする必要があったのか。これにはラディウスなりの理由と覚悟があった。
その理由だが、ラディウス自信が持つある力にある。
「魔王教の関与は濃厚だった。奴らの情報を得るためなら、多少の危険は覚悟の上だ」
だから自ら平原に行ったということ。
近衛騎士を連れ、他の騎士にも秘密裏に命じて身を隠しながらあの場所に出向いた。レンと出会ったのは、ただの偶然だった。
「――――ところで」
ラディウスを称賛した後に、ユリシスが、
「一人、殿下とまったく接点のない協力者がいたと思いますが」
「……さすが、知っていたのか」
「ええ。何でしたら、殿下が
「ということは、やはりユリシスと懇意の者であったか」
レンは名乗らざるを得なかったし、そもそも名乗らずともギルドを介せば連絡をとることができる。
クラウゼル家に仕え、エレンディルに住む少年。
彼とユリシスの間にどのような友誼があったのか、ラディウスは既に調べていた。
「ご理解いただけてるのでしたら、回りくどいことは申し上げません。なので単刀直入に申し上げましょう」
ユリシスはいつもの調子でありながら、はじめてラディウスが息を呑むほどの迫力をみせた。
「クラウゼル家はもちろん、アシュトン家に手を出すことは許容できません」
「……どういう意味だ?」
「そのままです。魔王教の件を含め、派閥争いに彼らを巻き込むことでもあれば、私は殿下の味方でいられなくなるかもしれない――――そういうことです」
「義を通すためか」
「ええ。彼らを不必要な危険に晒すことは、このユリシスが認めません」
レンは勇敢で力ある少年だし、彼が仕えるクラウゼル家の面々だってそうだ。
しかし、だからと言って二人の計画に巻き込むことは認められず、ユリシスはその言葉通り頑なだった。
「わかったわかった」
それにはラディウスもこう言わざるを得ない。
「ユリシスの不評を買う気はないし、そもそも買いたくもない。正直、レン・アシュトンの実力はとてつもなく魅力的だが、巻き込むことはしないと約束するとも」
満足の行く返事を聞いて、ユリシスが笑った。
今度は圧一つない、くったくのない笑みだった。
「ご理解いただけて喜ばしい限りですとも! さすが殿下! 話が早い!」
「はぁ……あれほどの圧を掛けておきながら、よくそんなことを言えるものだ」
「圧? 私はただ話をしていただけですが……もし無礼があったら申し訳ありません」
「もうよい! ユリシスとの問答は胃に悪い!」
するとラディウスはテーブルに置かれたティーカップを手に取り、まだ少し熱かったはずの茶を一気に飲み干した。
頬杖を突き、バルコニーの外側に広がる帝都を見る。
「――――だが、会うのは構わないか?」
「目的によってはつい邪魔をしたくなりますので、お聞かせ願えますか?」
「先日の礼くらいさせてくれ。ついでに、レン・アシュトンの人となりが嫌いじゃない。話をしていると気分がいい自分が居たのだ」
「……まぁ、それでしたら私が口を挟むことではありませんねぇ。殿下はご友人もいませんし」
「疑うのは止せ。この際だからはっきりいうが、ユリシスを敵に回すことだけは避けたい。頼むから勘弁してくれ。……それと、友人がいないから何なのだ」
「ああいえ、最後の言葉はお気になさらず」
当然、互いにすべて本気のいがみあうような、腹を探るような言い草だったわけじゃない。
釘を刺しつつ、互いの気持ちを言葉に出して確認したに過ぎなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
ある日、レンが獅子聖庁に足を運んだ帰りのことだ。
彼が食事をするために大通り沿いにある洒落たレストランに足を運んで、一人で夕食を楽しんでいたところへ、
「お、お客様……あ、相席でも……構わないでしょうか……?」
変に緊張した店員が二人分の料理を運んできた。
このレストランはすべての席が生垣で区切られているため、他の席が満席かどうかはわからなかった。
だが別に相席くらい構わない。レンは「いいですよ」と頷いた。
店員はすごく安堵した様子で料理を並べていく。レンが注文したのと同じものが、二人分だった。
それがまた不自然なくらい丁寧で、フォークやナイフの並びにも寸分の狂いも無かった。
(なんだろ)
わけもわからず黙っていたレンに、店員は深く頭を下げて立ち去った。
やがて、店員が緊張していた理由がやってくる。
「急ですまないな」
先日、エレンディルの町中で聞いた声だった。
やってきた者はレンの対面に座り、二人は互いを見た。
「――――店員が緊張してた理由がわかりました」
「この店の者にも悪いことをした。私のことを他言しないようにも頼んでいるが、あとで迷惑料は払おうと思っている」
それに、と。
「先のように話してくれ。不敬などとは申さん」
幾度もの願い、あるいは頼みは無視できない。
たとえこうして顔を合わせて話しても、だ。
「……自分でも無茶を言ってるとは思わないのかなって」
「思うが、今更だ」
「わかった。なら、もう言わないよ」
「話が早くて助かる。では早速、料理をいただきながら話をしよう」
するとラディウスはナイフを手に、焼きたてのステーキを切る。その仕草も洗練されていることに皇族らしさを感じつつ、レンはあまり見ていても無礼だと思い自分もナイフを手に取った。
「む……中々の味だ」
「皇族の舌にも合う味だって言えば、店の人も喜んでくれると思うよ」
「そう偉そうなことは言わん。だがこの味は帰りに称賛させてもらおう。よければ、またいただきにきたいくらいだ」
それは大層、店の者が喜びそうなものである。
もちろん緊張はするだろうけど、第三皇子に褒められたとあれば、それを上回る誉として感動を覚えるだろう。
「それで、今日はどうしてここに?」
「礼を伝えたくて無理をしてきた。――――しかしそなた、本当に落ち着いているな。どこで私の正体を知った?」
「色々あってね。平原で会ったときから違和感はあったし」
「本当に鋭い男だ。レン・アシュト――――いや、レンと呼んで構わんか?」
「いいよ。年上なんだから遠慮しないで」
「私の年齢も知っていたのか」
「いやいやいや、当たり前でしょ。俺の一歳年上で、もうすぐ帝国士官学院に入学する頃だと思ってたけど。ってか年上なんだし、それこそ俺は口調を改めるべきなんじゃ……」
「一年生まれたのが早いからなんだと言うのだ。さして違いはないぞ」
つづけて二人はステーキを頬張った。
副菜をはじめ、この店の料理は本当に味がいい。
ついでに言えば、ゲーム時代はこの店の料理を食べることでいくつかのバフを得られた。魔物の素材を用いた料理のため、たとえば体力回復の効果などがあったのだ。剣の訓練帰りのレンにとって、ちょうどいい料理だった。
やがて食事を終え、食後のデザートと茶を楽しむ段階になってから、
「先日は世話になった。おかげで、面倒な盗賊団を捕縛することができたし、背後に隠れる魔王教を追うために一歩進むことができた」
「気にしないでいいよ。俺も自分の周りを守りたくて精いっぱいだったからだしさ」
「……ユリシスから聞いたが、本当に献身性に富んだ男だな」
「どうだろ。ただ必死に生きてるだけだけどね」
「素晴らしいことだ。その必死に生きることこそ財産と言えようとも」
今度はレンの番だ。
もうラディウスのことは予想できていたから大きな驚きはない。やっぱりか、程度だ。
しかしこうなると、気になることが出てくる。
「第三皇子ともあろうお方が、あんなところに自ら出向くのは危険だったんじゃない?」
「知っている。しかし私は何としても盗賊団を捕縛して、魔王教の関与を決定づけた後に動きたかった。そのためにも、多少危険だろうと自ら動くべきだと思ったのだ」
「勇敢だとは思うけど……近衛騎士の人たちに止められたでしょ」
「ほう、よくあそこにいる者たちが近衛騎士だとわかったな」
「わからない方が無理だって。あんなに洗練された動きの剣士で、殿下の――――」
「ラディウスだ」
「――――ラディウス殿下? ラディウス様?」
「ラディウスでいい。敢えて偉そうな口調で言うが、ラディウスと呼ぶことを許そう」
「さすがに呼び捨てまでは厳しい気がするんだけど、どうかな。ついでに偉そうなんじゃなくて、実際にすごく偉いじゃん」
呆気にとられたレンを見てラディウスが笑った。
先日見せつけられた凛々しく雄々しい姿からかけ離れた表情を見て、声も弾む。
「私も年の近い友がいない。悪いが、正しい接し方がわからんのだ」
平原にてレンが口にした言葉を引用してみせたのだ。
「後で不敬罪だとか言い出さない?」
「言わん。それでユリシスを敵に回したら、私が破滅する」
「……だったら、不敬罪とは言わないから、お目こぼしする代わりに何か言うことを聞け、とかも?」
「言わんに決まってる。当然、クラウゼル家にもだ。というか、いずれにせよ私がユリシスと仲違いすることになるだろうに」
第三皇子にここまで言わせたのだ。
これ以上食い下がるのもなんだと思って、レンがとうとう観念した。
「じゃあ、ラディウスで」
「ああ。好きに呼べ」
「好きに呼んでいいなら殿下の方が」
「好きなときにラディウスと呼んでいい、ということだ」
意外と人懐っこく、くしゃっと笑うラディウスを見たらどうでもよくなった。
レンはもう一度ため息をついて、ステーキ用に注文していた果実水を飲んで喉を潤す。
「話を戻すけど、あんな洗練された動きでラディウスの周囲に居たら、近衛騎士としか思えないって」
レンにはもう一つ考えていたことがある。
「で、アーネヴェルデ商会ってラディウスの商会なの?」
「表向きは無関係だ。しかし、実際は半分私の商会と言えよう。アーネヴェルデ商会の長は、私に勉強を教えていた者なのだ。私が十歳の頃、世間話から発展して商会を作り、軌道の乗っていまに至るといったところか」
「説明がすっごく雑だけど、知りたかった情報は聞けたからいいや」
軌道に乗っていまに至るもそうだが、世間話から発展して大商会を作るなといいたいところだ。
でもレンだって助かる面があるからそうした言葉は告げず、ラディウスの才気を讃えた。
「ユリシス様もすごいけど、ラディウスもすごいんだなって思った」
「レンこそ、あっさりした感想を言うじゃないか」
「だってすごいとしか言えないし。俺にはできないからさ」
「……あんな剛剣技を見せておきながら、よく言ったものだ」
剛剣技だってユリシスに紹介してもらわなければ獅子聖庁に行けなかった。彼が居なければいまのレンはいなかったろう。
するとレンは、そのユリシスとラディウスの関係が気になった。
「ユリシス様と懇意みたいだけど、やっぱり派閥が同じだから?」
「私とユリシスは派閥に限らず協力関係にあるからだ。先の各派閥の騒ぎは知っているか?」
「ああ、去年のバルドル山脈の件か」
「そうだ。あの一件以来、信用できる仲間が欲しいと考えたのだ。私とユリシスが、同時にな」
(――――簡単に言ってるけど、とてつもない話だ)
レンにしてみれば、七英雄の伝説で殺し合った二人が仲間になったということにもなる。
二人が結託すれば相当に強力だろう。間違いなく。
剛腕ユリシス・イグナートに、天才ラディウス・ヴィン・レオメルの二人が協力して物事に当たるなら、傍から見ていても頼もしい。
「いまの話、それなりに機密みたいな感じがする」
「それなりどころではない。だがまぁ、レンなら構わんとユリシスと話してきた。ところで話は変わるが、先日の件での報酬金は明日にでも運ばせる」
「あれ? ほんとにくれるんだ」
「どうして渡さないと思った……」
それなりの金額になるだろうに。
だが貰えるものはありがたい。是非とも領地経営のために使ってもらうとしよう。とレンは考えているが、実際は別の使われ方をするはず。レザードのことだ。村のために使いなさいと受け取らないだろうから。
あるいはレンの学費のために用意しておくなど。
また少ししてから。
「今日は話せてよかった。私とユリシスは魔王教の件でまた仕事漬けになるが、進展を聞きたければユリシスに聞いてくれ」
「そ、そうだ! 俺もその件は――――ッ」
「駄目だ。レンは強力な仲間になるだろうが、ユリシスにその気はない」
「……え?」
「ユリシスはあまりレンを巻き込みたくないそうだ」
獅子聖庁のことを紹介したのは、あくまでもレンのためになると思ったから。彼が欲していた自分を磨く時間を与えられると思っていたからだ。帝国士官学院を勧めたのは娘という存在を抜かしても、それがレンのためになるはずと考えたからだ。
「ではな」
そう言い残し、ラディウスは席を立った。
「良き語らいの席だった。また、機会があれば」
「ああ――――こちらこそ」
相手は大国の第三皇子だ。
今日もこうして会えたのは彼が自身の予定をどうにか調整し、それでやっとであることはレンもわかっている。
軽すぎるフットワークを披露してくれたが、それも無理をしてのことだ。
次の機会が来ない気がしてしまうのは、きっとそのせいだろう。
――――――――――
本日近況ノートを更新し、1巻のカバーイラストを公開いたしました!
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