漆黒の騎士たちと。【前】
エドガーはすぐにレンの姿に気が付いて、駆け足でこちらへ向かってくる。一方のレンも案内していた騎士に連れられて、下へ通じる階段を進んだ。
踊り場で合流してから、下へ向かいながら言葉を交わす。
「お呼びいただければ、私がすぐにお迎えに上がりましたよ」
「すみません。ヴェルリッヒさんのところに行って、その後で来ようと思った感じでして」
猶、エドガーを呼ぶときは指定された場所に連絡すればいい。
帝都に滞在している際、彼は基本的に同じ宿に泊まっているため、そこに連絡を取ればよいそうだ。
「今日は訓練を見学するか、誰かに胸を借りられないかと思って来たんです」
「以前私がお伝えしたことですね。この最奥に来れば誰かしらと剣を交わせますから、間違いなくレン様のためになりましょう。もっとも、今日は私がおりますから、私がお付き合いさせていただきます」
「いいんですか?」
「もちろんです。この時期は主がパーティつづきとあって、私も共に帝都にいるのです。年が明けても一週間程度は滞在しますので、レン様さえよければ、是非私が」
レンにとっては願ってもない言葉だ。
腰を低く「お願いします」と言ったところで、レンはようやく吹き抜けの下に広がる大きな訓練場に足を降ろす。
今日はここで指南をうけることとなり、レンがその支度に取り掛かろうとした。
「レン殿、でしたな」
そこへやってきた大柄な男がレンに声を掛けた。
その男は巨剣に見合う筋骨隆々な体格で、まだ少年のレンの傍に立つとその体格差が大人と子供のそれ以上だった。ようは、男がかなり大柄ということだ。
年のころは三十代も後半くらいだろうか。
「レン・アシュトンと申します」
対するレンは気後れすることなく答えた。
するとやってきた大柄の男が言う。
「目の当たりにすれば確かに将来有望であるようだ――――が、少し悩むな」
「悩む?」
「実はエドガー殿から、君が来た際は相手をしてほしいと言われてな」
「……エドガーさん、そうなんですか?」
「相違ありません。レン殿の剣を磨くため、またここにいる者たちにとっても良き影響があると確信したからの言葉でございました」
これ自体にはやってきた男も文句はないようだ。
そもそも男はレンがここに来ることに文句はなくて、別にレンに負の感情を抱いているわけではない。
ただ一つ、悩みがあるだけ。男はその迷いに腕組みしていた。
「他でもないエドガー殿の頼みとあらば、我らもやぶさかではないのだが……」
「我々は少し懸念していることがあるのですよ」
つづけて口を開いたのは、ここにレンを案内した騎士だった。
「エドガー殿からは、レン殿がいらした際は剛剣技を以てお相手してほしいと仰せつかっております。ですが我らは、レン殿に怪我をさせてしまわないか心配なのです」
「ああ。君がここの騎士なら遠慮はないのだが、剛剣技を用いてとなれば君の消耗が激しい」
「とはいえ、エドガー殿の剣を受け止められたと聞いておりますので……」
剛剣使いの騎士たちはそうした迷いに駆られていた。
次々と集まってくる騎士たちも同意しており、やや迷いが見えた。
しかし、一人の騎士が「資質を確かめるのが先でしょう」と口にして、例の小瓶の進捗を披露してもらうことを示唆した。
「彼らの疑問へは私が答えておきます。レン様はお支度をなさいませ。壁際に訓練用の剣を並べておりますから、好きな剣をお選びください」
「わかりました。ではコレを」
怯むことなく懐を漁り、小瓶を取り出したレンがエドガーにそれを渡す。
もう使い道のない小瓶を持ち歩いていた理由がある。これはレンが一つ成し遂げたと言ってもいい成果だから、彼は記念にジャケットのポケットに入れていた。大きくもないため、邪魔にならないからだ。
さて、と。
エドガーが騎士たちに身体を向けた。
既にレンは支度に向かっている。
「私はさきほど、皆様にもいい影響があると言い切りました。その理由をご覧に入れましょう」
レンから預かったばかりの小瓶を披露したエドガーと、それを見て絶句した剛剣使いの騎士たち。
小瓶の中にあるはずの水晶玉は、小さな傷でも剛剣技の才があるとすぐにわかる。その水晶玉が砕け散っていたことに、一同は目を見開いていた。
「これを見て、まだ不安がある方はいらっしゃいますか?」
何者も口を開かず、ただ茫然としていた。
ふたを開けて砕いたのだろう……などと愚考する者は一人もおらず、皆が覚えた驚嘆を共有している。
彼らは理解に至った。
エドガーが自分たちにもいい影響があると口にした理由をだ。
やがて、巨躯の男が笑う。
「纏いを会得するまで、そう長くかかりませんな」
次に別の騎士が、
「近日中に会得しても不思議ではないぞ。これほどの才覚は見たことがない」
「うむ……実践派であれば殊更だ」
騎士たちはリシアの才覚も聞き、やはり驚嘆した。
皆が一頻り言葉を交わした場所へ、レンが訓練用の剣を手に戻った。
そこで、先ほどの身体が大きな男が「是非」と言って一歩前へ。
「もしよければ、私に君の相手を務めさせてほしい」
双眸に宿った光は、心が高揚したこととレンへの興味の表れだ。
誘われたレンはエドガーの顔を見て判断を委ねる。そのエドガーは「悪くありません」と口にした。
「レン様の戦いぶりを拝見し、その都度、技術的な助言させていただく形式をとりましょう。一つずつ、順を追ってです」
「わかりました」
応じたレンが準備運動に取り掛かった。
数分後、早速の立ち合いにレンは心躍る思いでいた。
巨剣を手にした剛剣使いを目の当たりにしながら、まったく怯んだ様子を見せることなく自分も剣を構える。
それにより、すべての様子が変わった。
レンが放つ覇気に似た気配も、それを感じた騎士たちの様子も。
「君の全力の剣を見せてくれ」
男に言われ、レンが遂に踏み込んだ。
男の想像以上に鋭く、疾い。目を見開いた男は体格に見合わず俊敏な身のこなしで巨剣を真横に構え、真正面から襲うレンの剣を受け止める。
「ッ……これ、は……ッ!」
身体の芯を襲うような衝撃はない。
やはり、まだ纏いは会得できていないようだ。
だがそれが逆に恐ろしい。纏いを会得していないにも関わらず、剛剣使いの剣を受けたときのような衝撃……
これが纏いを会得したら、どれほどの強さになるのか頬に汗が浮かんだ。
「怪我の心配は不要だなッ! なれば、私の剣も受けていただこうッ!」
レンの強さを瞬時に悟った男が返す刀で巨剣を振る。
体格の差があっても、思いのほか身体が弾かれなかったレンの体幹の強さ。男が真横に振った巨剣がレンの横っ腹目掛けて鋭く駆ける。
空を斬る音を置いてけぼりにした一振りを、レンもまた剣を構えて受け止めた。
レンはじん、と身体の芯から揺れる衝撃に一瞬頬を歪めた。
更に彼の身体は男の膂力を前に吹き飛ばされて、地面を数度転がりながら体勢を整える。痛みもない。でも手元がひどい痺れを催していた。
それでもすぐに立ち上がったレンが再び剣を構える。
痺れと身体の芯で感じる倦怠感とその消耗に、彼は不敵に笑って額の汗をぬぐう。
「ッ……加減しているとはいえ、
男は呟き、頬に一筋の汗を伝わせた。
二人の立ち合いを見ていた騎士たちは、まだ学院に入学する年齢にすら至っていないレンの姿を見て、ある者は讃嘆し、ある者は頬を緩めていた。
自分たちはなんてものを見ているのだろう、と熱が入る思いだった。
それはレンに剛剣技を指南するエドガーも同じことだった。
「――――あの日からそう時間が経っていないのに、また腕を磨かれたのですね」
夏の指南を経て、もうこれほどの成長を遂げたのかと身震いした。
剣客級が用いる巨剣が放つ力は、文字通り身体の芯から揺らす強烈な膂力の結晶だ。夏場のレンであれば、対する男の巨剣に対してあれほどの対応はできなかったはず。軽々と吹き飛ばされて立ち上がれなかったかもしれない。
ともあれば、だ。
「剛剣使いの……まさに入り口にいらっしゃる」
忘れず日々の努力を重ね、魔力の練り方と使い方に苦慮をつづけた。
先日、実を結んだことによって得られたコツが、才覚の開花に向けて突き進む。
(――――何か、掴めそう)
ただ受け止めただけなのに、レンは手ごたえを感じていた。
思えば、エドガーと剣を交わしたときもそうだった。剛剣技を受け止めたとき、その経験したことのない衝撃に対し、ただ何も考えず衝撃を覚えたわけではない。
それらの衝撃を身体で経験する度に、何となく身体が学んでいた。
(その力、存分に学ばせてもらうぞ)
剛剣技を受け止めたことによる衝撃で、額にいくつもの汗が浮かんでいた。
レンはその汗をぬぐい、不敵に笑う。
「もう一度、お願いできますか?」
「……ああ。何度でも構わない」
一度のせめぎ合いながら巨剣の一振りを受け止めたレンは、全身の筋肉に倦怠感を覚えていた。
それでも彼は、数多くの騎士に見守られながらまた同じように剣を振った。
二度、そして三度と力尽きるまで繰り返した。
◇ ◇ ◇ ◇
エレンディルに帰ったレンは、自室の風呂で寝落ちかけた。
湯上りは重い身体を引きずるように身支度を整え、夜に帰ったリシアとレザードの二人と夕食の席を共にした。
その際、リシアが心配した声で言う。
「レ、レン……? すっごく疲れてるみたいだけど何かあったの?」
「実は獅子聖庁に行ってきまして――――」
今日のことを二人に語る。
予定になかったが、せっかくだからと獅子聖庁に足を運んだ。そこで偶然エドガーと会うことができたため、騎士との立ち合いを含めて指南を受けて来たと。
「夏に比べて身体が動くようになってたので、つい頑張り過ぎてしまいました。明日も頑張ってこようと思います」
そう告げると、リシアとレザードは「レンらしい」と笑っていた。
「お父様! 私も早くレンと一緒に訓練したいです!」
「わかっているが、この時期は我慢してくれ。先の派閥の騒動と相まって、なるべく貴族の同行を探りたい。パーティにも参加しなくては」
エドガーも似たようなことを言っていた。
彼の主であるユリシスもパーティつづきで帝都に居る、と。
リシアたちにとっても、その時間は間違いなく重要だ。
(その代わり、俺も剣の腕を磨いておかないと)
強くなることは、守る力に通じる。
明日からも獅子聖庁にしばらく通うつもりだったレンは、ここで再び気を引き締めた。
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