やや遅れても、鮮烈に。
肉を放り投げて間もなく。
「おおー、きたきた」
水の中に魚の群れが見えてきた。
そのすべてが魔物で、大きさはレンが両手に抱えなければならないほどの体調を誇る。表皮を蒼く分厚い鱗で覆われており、その口元に肉食獣が如く鋭利な牙を生やしていた。
名を、バーサークフィッシュと言う。
バーサークフィッシュが群体を成して泳ぐ光景は少し異様だった。
レンは頬を引き攣らせながら、更にもう一つ、水中に肉を放り投げる。
『カカカカッ!』
『カカッ!』
バーサークフィッシュが牙を擦り合わせることで生じる音だ。
放り投げられた肉目掛けて、数匹が弾丸が如く疾さで水面に飛び出してくる。
レンはそれを見て、鉄の魔剣を振った。何度も、バーサークフィッシュが現れるたびに振りつづけた。
一匹、二匹……十匹、そして十五匹と、瞬く間に水上へ狩り終えたバーサークフィッシュの山が作り出される。
結局、十九匹のバーサークフィッシュを狩ったところで、勢いは収まった。
「――――果たして、こんなに楽をしていいものか」
先ほどのバーサークフィッシュという魔物は、冬場に繁殖期を迎える。
この湖においては表面が分厚い氷に覆われてからがその時期で、卵から孵化した幼魚たちは、空腹になる度に共食いを繰り返しながら育つ。
凶暴性に裏打ちされた攻撃力が、鋭利な牙からその猛威を振るうことで有名だ。
そうした幼魚時の性質から、バーサークフィッシュという名が付けられた過去がある。
しかし成魚となってからは、意外にも静かになる。
獰猛な性格をしているのは幼魚の頃だけで、氷が解けたら水面に降りた鳥を捕食することはあっても、進んで人を襲うことは滅多にない。
「楽したせいで達成感は薄いけど……やっぱり、進化だったのか」
――――――
レン・アシュトン
[ジョブ]アシュトン家・長男
[スキル] ・魔剣召喚(レベル1:0/0)
・魔剣召喚術(レベル5:95/5000)
レベル1:魔剣を【一本】召喚することができる。
レベル2:魔剣召喚中に【身体能力UP(小)】の効果を得る。
レベル3:魔剣を【二本】召喚することができる。
レベル4:魔剣召喚中に【身体能力UP(中)】の効果を得る。
レベル5:魔剣の進化を開放する。
レベル6:魔剣召喚中に【身体能力UP(大)】の効果を得る。
レベル7:*********************。
[習得済み魔剣]
・大樹の魔剣 (レベル3:114/2000)
自然魔法(中)程度の攻撃を可能とする。
レベルの上昇に伴って攻撃効果範囲が拡大する。
・鉄の魔剣 (レベル3:3039/4500)
レベルの上昇に応じて切れ味が増す。
・盗賊の魔剣 (レベル1:0/3)
攻撃対象から一定確率でアイテムをランダムに強奪する。
・盾の魔剣 (レベル2:0/5)
魔力の障壁を張る。レベルの上昇に応じて効力を高め、
効果範囲を広げることができる。
・炎の魔剣(レベル1:1/1)
その業火は龍の怒りにして、力の権化である。
――――――
大きな違いは二つあった。
一つ目は、魔剣召喚術のレベルが上がり、魔剣の進化が開放されたこと。
相変わらず次レベルまでに必要な熟練度が遠くて切なさを覚えるが、次は身体能力UP(大)らしい。
もう一つが本命だ。
進化が開放されたことにより、熟練度を得てもレベルが上がらなかった木の魔剣が、やっと次のレベルに到達している。
その名も『大樹の魔剣』へと進化していた。
「おお、カッコいいような……」
それはもう、ひとり言がはかどる。
レンは鉄の魔剣を氷に突き立て――――るとその切れ味で氷を砕いて沈んでしまったのでそれを消し去り、代わりに大樹の魔剣を召喚した。
念願叶った、そう言えるかもしれない。
宙に現れた大樹の魔剣は、以前のような木製のナイフと言える外見ではない。
見事な彫刻が施されたそれで、儀礼に使われていても不思議ではない剣へ姿を変えていた。
気になることと言えば、よく考えればもう一つ。
これまでは自然魔法(小)だった力が、自然魔法(中)へ強化されていることだ。
それを試さずにはいられないというのが、レンの性分だった。
「いけ!」
レンは周囲を注意深く見渡してから、人が居ないことを確認して大樹の魔剣を振る。
いつものように、木の根やツタを生やすつもりで。
より強い自然魔法を使えることを信じ、更に強い力が使える前提で強く意識した。
でも、(小)が自然魔法(中)に変わった程度だし……。
期待しすぎないよう、それで落胆しないように考えながら自然魔法を行使した。
すると――――
「お?」
振り下ろされた大樹の魔剣の切っ先は、氷に開いた大穴の下を向いていた。
その奥底から、地響きが生じる。新たな力を行使したレンが首をひねりながら様子をみること、数秒後のことである。
「え――――えぇぇええっ!?」
辺りの氷を割って現れた木の根の数々は、その一本一本が特筆すべき太さでうねっており、巨大化したマナイーターですら縛り上げられそうなほど。それが、広い湖のいたるところで生じていた。言うまでもなく、これまでと比にならない攻撃範囲と効力を誇っていた。
予想外に高い影響力を前に、レンはその力を慌ててかき消した。
消費した魔力量に反比例した強力さは、所詮(小)が(中)に変わっただけという考えを改めざるを得ない。
(進化っていうくらいだしな)
そう思えば納得のいく変化ではある。
しても強くなり過ぎだとレンは驚きつづけた。
湖上を覆う分厚い氷はいたるところで割れていて、既に、割れた勢いでその水面を静かに流れている。
ふぅ、と息を吐いたレンは魔剣が進化したことに何度でも喜べる気がした。
だが一つだけ、まだ力不足を実感することを思い返す。炎の魔剣だ。
これに関しては春先から幾度も召喚できるか試そうと思ったことがあった。だが、結果は毎回頭痛に悩まされた。魔力切れに似た辛さに見舞われたのである。
(炎剣・アスヴァルじゃなくても、そもそも強力だからなのかな)
いまも召喚できるか試みてみたところ、以前より若干辛さが和らいでいた気がした。
無理をする場面でもないため、彼は成長を確認できたところで息をつく。
まだ力不足、そういう結論にいたって炎の魔剣を意識するのをやめた。
レンは持ってきていたいくつもの大きな麻袋を氷上に置いて、討伐したバーサークフィッシュを一匹残らず押し込んだ。
いくつもの麻袋がぱんぱんになってから、レンはそれを担いで湖畔へ向かう。
湖畔の周囲は降り積もった雪で歩きづらいが、レンは意に介した様子もなく帰路に就いた。
「効率はいいけど、これから毎日……ってのはなー」
一応、七英雄の伝説時代は先ほどの稼ぎ方ができる時間が限られた。
まず季節が冬でなくてはならないため、ストーリーの進行に合わせて狩りをするしかなかった。
故に先ほどの狩りは、その限定的な時間にだけできる効率のいい稼ぎ方だった。
しかし、この世界はゲームではない。魔物の数も有限であるはず。
今後も狩れないことはないが、狩りつづければやがてバーサークフィッシュは全滅し、辺りの生態系に変化をもたらすかもしれない。
現実的に考えて、それは避けるべきことであろう。
「――――にしても誰も居ない」
冬には冬の魔物が存在するが、この辺りで冬限定の魔物は滅多に現れない。
多くの魔物は暖かい季節と違い姿を見せないため、冬に現れる魔物を目標とする冒険者は、そもそもこの辺りに足を運ぶことが滅多になかった。
また、わざわざ凶暴なバーサークフィッシュの幼魚を釣りに来る者もおらず、更に危険な氷上で群れを相手どっての戦いを好む者もそう居ない。
だからこそ、先ほどの狩りができる場所は穴場だった。
もちろん、商人や旅人たちに至っては元から足を運ぶ必要のない場所だ。
レンが誰とも会わなかった理由は、それらいくつかの理由が重なったことによる結果だったのだろう。
――――色々なことを考えたが、いずれにせよ今日は大漁だ。
歩くだけでは手持ち無沙汰だったレンは大樹の魔剣のことを考えながら、ほぼ無意識のうちに懐へ手を入れた。
エドガーに貰った小瓶を慣れた様子で取り出して、掌に握りしめた。
「ギルドに行って売るべきか……でもこいつの魚肉は美味しいらしいし……」
レンがバーサークフィッシュのことを考えていた、そのとき。
ふと、レンの手元からガラスが割れるような、そんな音が小さく響いた。
「……ん?」
気になったレンが足を止め、手元を見る。
そこにはさっき握りしめたばかりの小瓶があるだけだから、レンは最初、その小瓶を割ってしまったのかと思った。
しかし、そうではない。
掌を開けた彼が目にしたのは、
「あ、割れてるじゃん」
小瓶の中に入っていた水晶玉に傷が付いたり、半分に割れていたわけではない。水晶玉は
唐突な、と驚かなかったわけではない。
しかし纏いを会得するため、魔力の扱いを練習するのに使っていたのがこの水晶玉だ。
なら、その一端を使えた時点で水晶玉へ影響が現れる。
徐々に影響が現れるものではなく、現れるときは一瞬だ。
今日までの努力が実を結んだと思えば感慨もひとしおで、頬が緩む。
魔剣の進化が開放されたこともあって、喜ばしい一日に違いない。
雪に覆われた獣道を進むレンの足取りは、とても軽かった。
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