座学も大事。

 ※6/4日 調整

 昨日投稿してすぐの内容は剣豪が剣客の下になっていたため、前後を入れ替えて正しい方に修正しております。

 84話(前座。)にある『剣豪というのは、剣聖の一つ下の強さの基準だ。』

 にあわせて修正となります。表記ミス、何卒ご容赦いただけますと幸いです……。 




◇ ◇ ◇ ◇




 ――――やがて二人は足を止めた。

 太い柱が等間隔に並ぶ広い回廊をかなり奥まで進んでから、巨大な石の扉が置かれた部屋の手前で。



「こちらが訓練場です。他にもいくつかありますが、今日より数日、私たちがこの訓練場を貸し切ります」


「わかりました。――――え? 私たち、ですか?」


「はい。私とレン様の二人です」



 好々爺然と笑ったエドガーが石の扉に手を伸ばした。

 その扉は辺りの石畳や柱と同じ漆黒一色で、高さは一般的な二階建ての民家ほどもあった。

 だがそれを、エドガーは難なく開けてみせた。



「重くないんですか?」


「この扉でしたら、見た通りの重さでございますよ」


「……ですよね」



 馬鹿みたいに重そうだと思ったレンは、それでも自分も開けられるとは思った。

 でも、エドガーのような老躯が難なく開ける姿には目を見張る。普通の執事だとは思っていなかったけど、それにしてもすさまじい膂力だろう。

 


 扉が完全に開いたところで、レンはその先に広がる空間を視界に収めた。

 蒼い――――それが最初に抱いた印象だ。

 敷き詰められた石畳に、四方の壁を囲んだアーチ状の柱。それらは素材そのものが蒼く、白い光を発している。

 どこか、幻想的な場所だった。



(さぁ、剛剣技だ)



 レンはその訓練場に足を踏み入れると同時に心を躍らせた。

 しかしどこを探しても、レンに剛剣技を教えると思われる剣士の姿がない。

 代わりに石畳の片隅に置かれた脚の長い丸テーブルの上に、数冊の分厚い本があった。それに気が付いたレンのすぐ傍で、エドガーは「頼んでいた準備ができているようです」と言った。



「本日は座学と実践を半分ずつ程度にいたしましょう」


「――――え?」


「っとと、これは失礼。お伝えそびれておりましたね」



 すると、エドガーは羽織っていたジャケットを脱いだ。

 その中に着ていた真っ白なシャツに、サスペンダーがよく似合っていた。ジャケットを脱いだことにより、細く引き締まった筋肉質な身体がレンの目にも映った。



「レン様に剛剣技の指南を担当するのは、この私――――エドガーにございます」



 よく見れば、エドガーの腰には数本の長剣が携えられていた。



(――――強いな)



 立ち居振る舞いからわかったし、ジャケットを脱いでからエドガーの様子が違う。

 剣を扱う圧倒的な強者としての気配は、アスヴァルに勝っているとは言わなくとも、レンがこれまで会った剣士の誰とも比較にできない凄みがあった。



「イグナート家のご家令にご指南いただけるとは、光栄です」



「とんでもない。こちらこそ、アスヴァルを討伐したレン様に指南するのに、私では力不足ではないかと恐れ多く思います」



 レンには一つ、確信があった。



「ユリシス様のことです。俺に剛剣使いを紹介するなら、ユリシス様が選んだ実力者を紹介してくださるはず。だからエドガーさんも強者である、俺はそう確信しています」


「これはこれは……この老躯には勿体ないお言葉です」



 するとレンは、丸テーブルに置いてある本に目を向けながら思う。



(七英雄の伝説で、ユリシス様が知略以外にも強かったわけだ)



 その陰に稀有な剛剣使いがいたのであれば、諸々に頷ける。

 エドガーの強さを七英雄の伝説で知れなかったのは、彼がどこかで戦死した――――と言ったところだろう。

 いずれにせよ、彼はユリシスが信頼を置く男だ。老躯だろうと関係ない。



「まずはこの本の内容から触れて参りますが――――レン様は、剣の訓練において座学を経験したことはおありですか?」


「いえ、はじめての経験です」



 父のロイは極めて実践派だったため、まったく縁がなかった。

 次にヴァイスからも剣を教わっていたけど、あのヴァイスも座学はしなかった。彼はレオメルの騎士としての技量を、緻密な計画の上でレンとリシアに教えていた。



「もしわかりにくければ、何度でも質問してください」


「ありがとうございます。ちなみに剛剣技って、皆さん同じく座学から入るものなんですか?」


「こればかりは他流派も含め、師によります。なので教え方に正解があるとは申しません。ただ私の場合、実戦には理論を伴うべきという考えでして」



 経験のない指南だが、楽しみだった。

 レンは「お願いします」と頭を下げ、早速教えを乞う。



 分厚い本には、剛剣技の成り立ちをはじめとした情報もあって、レンは心躍る思いでその座学に臨んだ。

 やがて一時間もした頃に、エドガーが腕時計を見た。



「ここからは少し、実演も交えて指南いたします」



 訓練に使うための剣が壁際にいくつも並んでいた。

 エドガーはその剣の中から好きな剣を選ぶようレンに言った。

 レンは壁際に歩いて行き、そこに立てかけられていた剣から自分に合った剣を見繕う。



 剣を見繕い終えたレンはエドガーの傍に戻る。

 手にした剣は、鉄の魔剣によく似た長さや重さをしていた。



「準備運動の後で、軽く打ち込んでいただきます。まずはレン様の剣を拝見しましょう」



 そう言われたレンは、少し準備運動に取り組んだ。

 彼は数分したところでエドガーに「お願いします」と声を掛け、エドガーは両手に剣を構えて言う。



「いつでも構いませんよ。お好きなように、遠慮なく打ち込んできてください」



 だがレンには、ほぼ初対面の相手に遠慮なく、力いっぱい打ち込むことに少し忌避感があった。

 よくよく思えば身体能力UP(中)を得てから本気で剣を振った記憶がない。下手に剣を振ってエドガーはもちろん、自分が怪我をすることも避けたいところだ。

 そのため、レンは少しずつ剣を振る膂力を高めていった。



(ッ――――)



 するとレンの剣を軽々と受け止めるエドガーの技量と、びくともしない身体能力に気が付かされる。

 訓練場の中には互いの剣がぶつかり合うことにより衝撃音が響き渡る。

 その音は、レンの膂力の強さを示す耳を刺す強烈な音だ。だがエドガーは、「ふむ……」と頷いて、片手間に受け止めていたのだ。



「我流の剣に、帝国剣術の影が見えます」


「はい……ッ! ヴァイス様に――――レザード様の騎士に帝国剣術を教わっているので、その影響だと思いますッ!」


「左様でございましたか。握りや振り方が洗練されていたわけです」



 確かめたいことが終わったのか、エドガーはレンに「ありがとうございました」と言って剣を振るのを止めさせた。



「剣を扱う上での基本は私が教えるまでもないようです。良き師を持ちましたな」



 エドガーがつづける。



「では、剛剣技の基礎に触れていただきましょう」



 彼は分厚い本を片手に、重さを感じさせぬ佇まいで唇を動かす。



「ご存じの通り、戦技アーツはどの流派にも存在する概念です。魔法にかかわるスキルを持って生まれなくとも、それを補うこともできる力でございます」



 発動には魔力を用い、剣を通して技を放つ――――それが戦技だ。

 それはレンも知っていたが、剛剣技においては若干その概念に違いがある。



「たとえば、聖剣技には光落ひかりおとしという戦技がございます」


「知っています。以前、身を以て体感しました」


「それなら私も聞いております。バルドル山脈に現れた魔王教徒のことですね。であれば話が早いかと」



 光落としは剣に纏わせた魔力が、相手の魔法的防御を弱体化させてダメージを与える戦技だ。

 その戦技を使えるのは聖剣技を扱う者の中でも、剣豪級以上である。だからそんな二人が現れたことで、当時のレンは苦戦を強いられた。



「魔法的な防御と言うのは、即ちミスリルなどの特殊な金属が持つ力や、スキルによる防御性能のことです。特に前者の金属は魔力を孕んでいるため、通常の金属以上の硬度を誇ると同時に、魔法に対しても耐性を持ちます」



 ですが、と。



「剛剣技では、光落としを戦技と見なしておりません。あの程度の戦技であれば、通常の剣戟で補うべき力なのです」


「は……はぁ……」


「魔法的防御の概念に対し、剛剣は戦技がなくとも傷をつける。練度を高め貫通することも可能としなければなりません」



 レンは素直に耳を傾けていたものの、話の内容がとんでもなくて困惑していた。



(道理で剛剣使いって、攻撃力が馬鹿みたいに高かったんだ)



 ゲーム時代の辛い思い出が脳裏を駆け巡った。

 しかし、自分が扱えると思えば喜ばしいことこの上ない。その頼もしさは自分のためにも、そして誰かを守るためにも強い力を発揮するだろう。



「どうすれば、その力を剣に乗せることができるんですか?」


「体内の魔力を、筋線維を凌駕するほど繊細に練り上げることです。そうした魔力を全身に帯びること――――剛剣技特有の概念である、纏い、、がすべての基本となります。纏いを会得しなければ、剛剣技では戦技も会得できないとご理解ください」


(――――最初から最後まで、全部わからん)


「また、纏いは攻撃だけの概念ではございません。魔力を孕んだ金属が強固なことと同じで、見えない鎧となり身体を守るのです」 



 どう意識すればそれに至れるのか、エドガーが言う纏いは理解するのが難しかった。



「レン様は何かスキルをお持ちだと聞きました。そのスキルを使われる際、最初はどのように練習なさっておりましたか?」


「それは……確か、意識することからでした」



 魔剣召喚に触れたのは、最初は腕輪を召喚するところからだ。

 その際も魔剣召喚、魔剣召喚、と頭の中でしばらく考えて、腕輪が現れてからは木の魔剣、木の魔剣と数えきれないほど考えた。



「同じことでございます。剛剣技も難しいことは考えず、私が説明したような力を意識するところからはじめて参りましょう」


「剛剣技に纏いの概念があることはわかりました。それがないと戦技が使えないようですが、他の流派では、どうして纏いがなくても戦技を使えるんですか?」


「厳密に言えば、他流派の剣士も魔力を練り上げることで戦技を使います」



 剛剣技と他の流派では、練り上げた魔力の使い方に違いがある。

 他の流派でもその魔力を全身に帯びて――――と表現する者はいるが、それは全身の防具などに過ぎない。

 聖剣技などでは、練り上げた魔力を剣や防具を媒体にして戦技を扱う。



 一方、剛剣技は素の全身に纏わせるため、まさしく別物だ。

 大きく違うのは魔力の扱いに対する繊細な技術とされている。身体そのものに纏わせつづけるとなれば、筋肉の動きや呼吸により、きめ細かな操作が要求される。

 身体を覆う防具と身体そのものでは、似て非なるそれであるとエドガーは言った。



「他流派が媒体を用いるのと違い、我々の場合はすべてです。自分を自分たらしめるすべてに纏い、一部分に頼らないかたちで戦技を扱います」


「つまり、剛剣技は自分の身体も武器や防具とする、って感じでしょうか」


「おおむねその理解で問題ありません。練り上げた魔力をそのように用いる才能こそ、剛剣技の資質と言えるでしょう」



 そのため、戦技を使わずとも強いのが剛剣使いだ。

 攻守ともに他の追随を許さない理由を、レンは遂に理解した。

 ……かと言って、会得できるかは別問題だが。



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