邂逅。
時間はおよそ一時間遡り、帝都の一角にて。
「めっちゃ美味かった」
人気のレストランを出たレンが呟く。
七英雄の伝説でも登場したレストランだった。料理は気合の入った3Dが用意されていたため、プレイヤーの食指をそそっていた。
実際にその料理を目の当たりにして、腹を満たした感想は満足の一言。
忌避していた帝都に来ることになってしまったのだから、このくらいの得があっても許されるはず。
彼はそろそろ宿に帰ろう、と大通りへ向かう道へ目を向けたのだが、
「痛ェな!」
「おい! 気を付けろよ爺ッ!」
路地裏を歩いていると、目の前で老人と若い冒険者らしき男たちが肩をぶつけあった。
その老人は果敢にも「あァ!? お互い様だろうがッ!」と言い、若い冒険者を刺激してしまう。
だが、レンは若い冒険者の方を危惧した。
辺りは薄暗いけど、老人の体格を見たレンはすぐに気が付いたのだ。
(あの人、ドワーフだ)
少年のレンと同じくらいの背丈と、それに反比例して筋骨隆々で逞しい体格。伸ばされた髭は火で炙ったように縮れており、ファンタジーでよく見るドワーフそのものの姿だった。
「ま、待ってください!」
彼らの間に飛び込んで言ったレンは、喧嘩にならぬよう仲裁した。
若い冒険者は少年が仲裁に入ったことに毒気を抜かれたのか、すぐに「よかったな、爺」と捨て台詞を残して立ち去ってしまう。
ほっと胸を撫で下ろしたレンは老いたドワーフを見た。
「感心感心! まだまだ帝都も捨てたもんじゃねぇな!」
「……止めないと、あの若い冒険者が怪我を負ってましたからね」
「あん? 怪我をするのは俺様じゃねぇのかよ」
(俺様……)
乾いた笑みが浮かびかけたレンはそれに耐え、冷静に答える。
「いくら冒険者でも、腕っぷしの勝負になったらドワーフに分がありますよ。剣でも抜けばわかりませんけど」
「……ほーん、小さいくせにわかってんじゃねぇか」
すると、そのドワーフはレンにかがむように言った。
どうしてだろうと思いつつ、レンが仕方なく従うと、
「うっし。行くか」
老いたドワーフは遠慮なくレンの背に乗り、レンに担がれた。
もちろんレンは唖然とした。ドワーフは体格に似合わず重くて、全身に強い筋肉があることがわかった。
「――――はい?」
「さっき足をくじいた。とても偉いお前には俺様を担ぐ権利をやろう」
(なんだコイツ)
「ほらほら、行こうぜ」
もう断る権利はないのだろうか? 深くため息を吐いたレンはこれも何かの縁と思い、仕方なく歩きはじめた。
だが、ドワーフを背負って歩く少年は帝都でも目立つ。
おおよその人間は、衆目から好奇の眼差しを向けられることを好まないだろう。
レンも別に好きなわけではなかったから、それは避けたかった。
「あっちだ。俺様の工房があるからよ」
担がれたドワーフは偉そうに指で道を示していく。示された道は路地裏へ向かっていたため、大通りは避けられそうだ。
レンは抗うことなく指示に従い、数十分にわたり帝都を歩いた。
すると、歩きはじめた頃と違いドワーフが静かだった。
寝てしまったかもと危惧したレンへ、頃合いよくドワーフが言う。
「ガキ」
「はいはい、なんですか?」
「――――お前、身体強化に関連したスキルを持ってるだろ」
不意に核心を突いた言葉に、レンは内心で驚かされた。
しかし少年の彼は年齢以上の落ち着きを装った。
「わかりません。スキルを確かめたことがないので」
「ほーん……確かめたことがない、ねぇ」
「……妙に勘繰るような言い草ですね」
「悪ぃな。職業病みたいなもんだ」
「さっきは工房って言ってましたけど、それと関係が?」
「ああ。俺様は鍛冶師兼、魔導船技師をしてるんだ。そんで剣を扱う者とかかわることも多かったから、ついな」
レンが「道理で」と頷ける理由だった。
「けど、鍛冶師と魔導船技師を兼任してたってのは珍しいですね」
「よく言われるぜ。だがまぁ、そう縁がなさすぎる仕事ってわけでもない。金属や魔物の素材を加工するのはどっちもだしな。突き詰めりゃ通ずるもんもあるってもんさ」
「あー……そういうものなんですね」
「今度、ガキに何か造ってやるよ。剣以外がいいだろうな」
「へ? どうして剣以外なんですか?」
鍛冶師と言うには剣も打つだろうに、最初から除外していたことにレンが首をひねった。
するとドワーフは、レンが腰に携えていた魔剣を指差してから理由を口にする。
「それ、魔道具かなんかだろ?」
まただった。
核心を突いた言葉が、何度告げられるのだろう。
「違います」
「違うねぇ……けど不思議なことに、そいつからは素材の声が聞こえてこねぇ。金属も、魔物の素材の声もな」
「剣が声を発するって――――」
「不思議か? 気持ちはわかる。世界は広いが、聞こえるのは俺だけだろうしな」
その話はどこまで真に受ければいいのかレンは疑問が残った。核心を突いた言葉が二度も発せられると彼にも思うところがある。
レンがそれ以上答えることはなかった。
一方でドワーフは、一人納得した様子で「まぁいいか」と呟いた。
「おっと、そろそろか」
するとドワーフはレンの背から降りて石畳に足をつく。
その際、降りた衝撃で痛そうな声を漏らして、目元に薄っすら涙を浮かべていた。どうやら痩せ我慢しているらしい。
「もういいんですか?」
「おう。こっからは走って帰るからよ! じゃあ、また会おうぜ!」
ドワーフはそんなレンの気持ちに気が付くことなく、一人で走り去っていってしまう。
後姿を見て、レンは苦笑。
ここにきて自力で帰ろうとした考えに対し、痛いなら遠慮しなくていいのに……そう思いながら、ドワーフが見えなくなるまでその背を見送った。
残されたレンは、
「……何か造ってくれるって言ったのに、こんな別れ方じゃ次はないじゃんって」
別に期待していたわけではないが、仕方なそうに言った。
では、自分も宿に帰ろう。
かたちはどうあれ人助けをしたと思えば別に悪い気はしない。鮮烈な印象を残したドワーフの言葉を反芻しながら、レンは帰路につこうとした――――
――――彼がハッとしたのは、それからすぐだった。
この辺りは、高低差のある街並みが広がった閑静な区画だ。
レンはさっきまでドワーフの指示に従って坂道を進み、ドワーフの意味深な声に意識を奪われていた。
いま落ち着いて辺りを見渡すと、特に見覚えのある景色が広がっていた。
坂道を見下ろせば、所狭しに並ぶ家々と、数多の店が黒いアンティーク調の街灯に照らされている街並みが見える。
だが、見るべきなのはその景色じゃない。
すぅ……っと大きく息を吸ったレンは、少し離れた先の平坦な地面に目を向けた。
そこに鎮座した、巨大な学び舎に目を向けたのだ。
――――帝国士官学院。
学園区画。
そうよばれるこの辺りでもっとも大きく、国内外に名を馳せる名門校の窓は、ところどころ明るかった。中にまだ人がいるのだろう。
その学び舎を、レンは離れたところの坂から見下ろした。
緑豊かな広い庭園、いくつもの研究施設群、濃い群青色の屋根を持つ巨大な学び舎を、じっと静かに眺めていた。
「…………」
経験したことのない、複雑な感情が身体中を駆け巡る。
いますぐ逃げたいと思う情けない感情と、こうして目の当たりにしても俺は負けない、と運命に抗う強い気持ち。
気が付けば、数分が過ぎていた。
――――コツン。
ふと、靴音がレンの背後から。
耳に聞こえたその音は一人分で、レンの傍に近づいて来る。
「やぁ、レン・アシュトン」
男の声だった。
その声を聞いた経験はなかったが、レンはその声を
レンは声の主に振り向き、返事をしようとした。
だけど、声の主が「そのままでいいよ」と言ったため、レンは帝国士官学院を見たまま声の主が訪れるのを待った。
隣に立った男に顔も向けず、レンも口を開く。
「では、私への礼も不要です。もう何度も手紙でしていただいたので」
「そうかい。では、君の心のままに」
不思議な感覚だった。
はじめて会ったというのに、相手が特別な立場にある者だというのに、二人の間にはある種の信頼関係のようなものがあった。
互いを理解しているが故の静けさ、ともとれる静寂の中でだ。
「ギヴェン子爵が君を誘った学園を見て、どう思った?」
「本当にアイツが紹介状を書けたのかって、今更ながら疑問を覚えました」
「く、くく……はっはっはっはっはっ! ああ、それなら杞憂さ! あの男は紹介状くらい用意できたはずだよ! 当時なら、ね!」
「そういうものですか?」
「ああ! 曲がりなりにも、法務大臣補佐を務めた男だからね! とはいえ、紹介状があっても筆記試験がいくつか免除になるだけさ。フィオナが経験した最終試験などは避けられなかったよ」
思えば、ギヴェン子爵でも紹介状を用意できたのに、フィオナが試験を受けていたこと自体にどこか疑問が残っていた。
理由を聞いたレンは膝を打つ思いだった。
やがて二人は、どちらからでもなく同時に互いを見た。
ようやく、目と目を合わせたのである。
「――――はじめまして。レン・アシュトン」
「――――はじめまして。ユリシス・イグナート侯爵」
約束があったわけではない。
だが、二人はいまここで邂逅を果たした。
――――――――――
いつもアクセスやコメントをしてくださる皆様、サポーターになってくださった皆様。たくさんの応援、本当にありがとうございます。
(少しずつではございますが、必要な箇所も修正、調整などさせていただいております)
引き続き楽しんでいただけるよう努めて参りますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします……!
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