やっと、レンたちの番になって。

 翌朝。



 救助を求めていた冒険者が幾人かと、受験生の中でも体調が芳しくなく、早めに下山した方がいいと判断された者たちが砦を発った。



 特に倒れた冒険者たちは介助がなくては移動できないため、少しずつだ。

 これにより、レンと共に救助に訪れた冒険者は一人残らず砦を後にしている。



『英雄殿! おかげで助かったよッ!』



 去り際にメイダスが残した言葉だ。



『すみません。俺の名前と英雄殿という呼び方は……』


『おっとすまない。理由はわからないが、他でもない英雄ど――――君の頼みだからな。失念していて申し訳なかった』



 彼は相棒のカイを背負い、レンに心底嬉しそうな笑みを浮かべて下山していった。

 ついでに例の女性冒険者も去ったため、何となく喜ばしかった。

 これらの影響で砦の中は一気に閑散としてしまう。



 僅かに残された受験生や倒れたままの者たち、後は念のために残ったレンと、そのレンやフィオナのために残った冒険者のみが砦にいた。



 そして、この日の昼下がり。



「狩り過ぎましたかね」


「いえ、無駄にはなりませんよ」



 朝早くから狩りに勤しんでいたレンが、砦の入り口で言った。

 そのレンが砦に帰ると、砦に残っていた二人の騎士が姿を見せる。

 彼らはレンに狩りを任せることに消極的だったが、レンとフィオナの件を鑑みて、レンの願いを聞き入れ自分たちが残っていたのだ。



「おお! これはお見事です!」


「これなら、ひと月分はありますな!」



 彼らに迎えられたレンは、これまで担いでいた魔物を砦の入り口外に降ろした。



「ただいま帰りました。……それで、例の御用商人の治療はどうなってますか?」



 思いだしたようにレンが言った。

 フィオナのスキルで、倒れていた者たちを治療をしているという話があった。その治療が必要だった者の一人が、例の御用商人だったのだ。



 その影響もあって、フィオナを第一陣で避難させなければという無理も言えなかった。



 逆にフィオナや御用商人に限って下山させる………厳重な守りで彼女たちを優先しての下山も疑問が残った。他の少年少女たちも貴族に連なる者だし、間違いは許されない。



「イグナート嬢曰く、順調だそうです」


「我らも安心しましたよ。これで御用商人が斃れれば、面倒ごとになるのは確実でしたからね」



 騎士たちの返事を聞いたレンが「よかった」と頷く。

 これなら、どうにかなりそうだ。

 


(第一陣には先触れもいるし、それなりに早く落ち着けそうだな)



 少年少女たちの存在により、その護衛にも人員を割く必要が生じた。

 更に言えば、レンたちが砦について早々、フィオナたちを襲う魔物の群れも無視できなかった。



 一度は先触れだけを下山させ更なる増援を……という案もあった。

 だが、それらの事情に加えて少年少女が疲弊していたこともあって、砦に長居することも良しとは言えない。



 先触れが下山し、村やクラウゼルで増援を求めて……。

 それを待つだけで十日、あるいは二週間近く待つのは難しい。狼煙だって、ここ数日は天候が悪いためふもとからは見えないだろう。


 

 そのため、レンが思うように第一陣には先触れも同行している。

 ある程度進んだところで二人の騎士が一行から外れ、一足先に下山して更なる救援を呼ぶためだ。

 当然、だからといって少年少女の護衛に支障がないよう調整されているが。

 


「処理は我らにお任せください」



 考えていたレンの耳に、騎士の声が届いた。

 騎士はレンたちが狩ってきた魔物の処理を買ってでたのだ。



「レン殿は是非、汗を流してきてくださいませ」


「では、遠慮なく」



 レンは騎士たちの厚意に甘え、一人だけで砦に入った。

 意外と言えば意外なのだが、この砦には湯を浴びることのできる場所がある。

 そこは砦の内部と同じで石造りの武骨な空間ながら、こんな場所で湯を浴びられると思えば上等なものだ。



 レンはそのままの足で、砦の奥にある浴室へ向かった。

 湯はあらかじめ用意されていたため、レンはすぐに暖かい湯に浸かることができた。



 浴室は特に目新しいものはないからあまり印象に残らなかった。ただ汗を流し、身体を温めるだけという印象だ。



(さっぱりした)



 僅かに濡れた髪が首筋と額に張り付いた。

 魔道具がないため、髪を乾かすのはタオルと自然乾燥頼りになる。

 タオルを首筋に掛けて歩いていると、冒険者たちが寝かされていた広間の前を通りかかった。



 すると、偶然にもその扉が開かれた。



「――――っ!?」



 そこから現れたのは、疲弊の様相を呈したフィオナだった。

 フィオナはすぐ傍にレンが現れたことに驚き、扉を勢いよく閉じて「ご、ごめんなさい!」と頭を下げた。



「いえ、こちらこそ急にお傍に来てしまって」



 レンが謝ることではないのだが、彼はフィオナを気遣って謝った。

 すると、



「……」


「……」



 互いに黙りこくり、同時に明後日の方向を見た 。

 この硬直に参ってしまったレンは、急だけど先日の件を説明しようと口を開く。



「あの――――ッ!」


「その――――っ!」



 偶然にも二人の声が重なった。

 同時に互いを見るべく目線を向けたせいで、二人の目はじっと見つめ合うように交差する。



「ど、どうぞ……?」



 沈黙に耐えきれずレンが声を絞り出す。

 フィオナは少し考えて、恐る恐る半歩下がってから口を開く。

 そうして発せられるのは、レンをきょとんとさせる言葉だった。



「皆さんはクラウゼルから来たと聞いたのですが――――」



 フィオナの口から話題が変えられそうになった。

 だが、彼女はすぐに慌てて口を噤む。



「す、すみませんっ! 私たちは不干渉でいるという約束でしたのに……っ!」


「お気になさらず。でも、どうして俺が住んでいる場所を?」



 尋ね返せばフィオナは答えるのに躊躇した。

 しかし、彼女は興味に負けて口を開く。



「実はクラウゼルに私の恩人がいるんです。皆さんはクラウゼルから来たと聞いてましたから、その方とお会いしたことがあるか聞きたかったんです。……貴方はその方と、年齢が近いような気がしましたから」



 フィオナは命の恩人という言葉は口にしなかった。

 理由は父のユリシスがフィオナの様態を隠していたことが関係しており、自身の立場を鑑みて話を仰々しくしないためである。

 だから、これ以上は口にしなかった。



「やっぱり、いまのは忘れてください」



 深く頭を下げたフィオナはこのやり取りに後悔を覚えた。

 冒険者と交わした不干渉の約束を破り、それにより他の受験生の下山に影響が出たらと身を引いた。



「申し訳ありません。これでは不干渉の約束を破ったも同然ですよね」


「い、いえいえ! 聞き返したのは俺だから、心配しないでください!」



 レンがそう微笑みかければ、フィオナは何度も頭を下げてからこの場を後にした。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 数日も経てば、受験生たちも冒険者に慣れたよう だった。

 だが、受験生と冒険者の間に何らかの関係はなく、初日に交わされた不干渉の約束が守られていた。



 武骨で冷たい砦の中は、大人数が残っていてもその印象を変えなかった。



 ……それも、ようやく終わる。

 ある日の夕方、騎士や冒険者たちが砦に戻ってきたのだ。



 彼らは一様に疲れていたが、まだ砦に残されている者たちを下山させるべく、それでも力を振り絞って雪道を進んできた。ふもとで待っていた騎士も増援としてここにおり、下山に要する装備や魔道具を更に運んできている。

 雪中行軍をするのに、最大限の人数が揃えられていたのだ。



「あれ?」



 しかも、冒険者を指揮していたメイダスの姿がない。

 レンはその一団にメイダスの姿が見えなかったことに疑問を抱く。

 その理由を、尋ねざるをえなかった。



「すみません。メイダスさんは?」



 到着して間もない騎士に尋ねた。

 尋ねられた騎士が言うには、メイダスは羊皮紙に伝言を残してふもとをさったようだ。

 理由は「カイはまだまだ体調が優れないということから」だそう。

 騎士たちが受験生の世話をしている間の出来事だったらしく、止めようにも止められなかったのだとか。

 冒険者たちも、気が付けば居なかったと苛立った様子で言う。



「アイツらには義理ってもんがねえよな。いくら自分が可愛いからって、英雄殿たちに背を向けちゃいけねぇよ」


「その通り。恩を受けておきながら、情けない奴らだ」



 話を聞いていた冒険者たちがメイダスらを揶揄した。

 騎士たちも複雑な感情に苛まれているのか、その言葉に異を唱えることはなく、口を噤んでしまっている。



「騎士さんたちだってそう思うだろ? こちとら状況が状況だってんで、兄さんたちには俺ら冒険者たちのことも担いでもらったんだぜ? だってのに、アイツは恩知らずだろ?」


「我らの立場では何とも言えません。逆にこちらも受験生たちの避難を手助けいただいてますし」


「それを言っちまえば堂々巡りだっての」


「そうさ。持ちつ持たれつでやってきたんだから、こんなところでそれを言ってもな」


「……俺たち冒険者は、恩に応えないならやがて見放される。メイダスたちの気持ちもわかるが、あいつの相棒が死ぬことはないんだから、こっちを手伝うべきだったんだよ」



 幸い、騎士と冒険者の間にわだかまりはないようだ。

 特にここにいる冒険者たちは騎士の側に立って意見を言い、メイダスに呆れてしまった者も少なくない。



「ともあれ、英雄殿」



 と、一人の冒険者がレンの肩に手を置いた。

 周囲にフィオナをはじめとした受験生がいないことで、遠慮なく英雄殿と呼んだ。



「俺たちは最後まで付き合うぜ。鋼食いのガーゴイルの件では、若いもんを助けてもらった恩もあるしな」



 レンはその言葉に心強さを覚えた。

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