白銀の出会い。
少年少女たちは冒険者たちの登場に慌てふためく。
彼らは一様に驚きの声を上げながら、対峙する魔物から目をそらさず、器用に戦って見せた。
「だ、誰なの!?」
「わからないが、油断するなッ!」
少年少女たちがそう言えば、
「こちらも状況はわかっていないが、君たちに協力するッ!」
その不安をメイダスが払しょくした。
やってきた冒険者や騎士が魔物と戦うのを見て、驚いていた少年少女はひとまず考えることをやめた。
辺りに怒号と、剣戟の音色が鳴り響く。
少年少女の中には魔法を駆使する者が何人もいた。
魔法と言えば、この世界ではスキルを生まれ持っていなければ扱えないため、こうも贅沢に使われる力ではないのだが、
(すごいな)
魔法を扱う少年少女は全員、その扱いに長けていた。
ある者は火球を放ち、ある者は吹雪に勝る風を放ち魔物の皮膚を切り裂いた。
これなら、あまり助けは要らないのかもしれない。
と、レンが思いかけたその刹那、吹雪が更に荒れ狂う。
レンはその吹雪の中で、離れた場所で戦う孤立した者の存在に気が付くと同時に、その周囲に多くの魔物の影をみた。
手を貸すべきはあちらだと思い、レンの足がそちらに向けられる。
「俺はあっちの人に手を貸してきますッ!」
「承知しましたッ! もう一度言いますが、絶対にご無理はなさらぬようッ!」
「はいッ! 皆さんもご無事でッ!」
レンが騎士に言い、離れた先で戦う者の傍へ向かう。
この辺りの雪は、これまでと違い膝が隠れるほどではなかった。
でも足首は当たり前のように埋まってしまうから、レンは身体能力に物を言わせて、風のように駆ける。
やがて、吹雪の先で戦っていた者の下へたどり着いた。
そこで戦っていたのは一人の少女で、レンはその少女の背を狙っていた魔物を鉄の魔剣で切り伏せる。
少女はその音に振り向き、驚きの声を上げる。
「っ――――貴方は!?」
「俺は皆さんを救助に来た者ですッ!」
戦闘中だというのに、少女の声は不思議なくらいすっと耳に入ってきた。
ただ、少女の顔立ちは吹雪のせいで窺えなかった。
代わりにレンは驚いていた。彼女が吹雪に黒髪を靡かせながら、両腕から魔法を放つ姿に。
だが、驚いていたのは少女も同じだ。
……すごいな、この人の魔法。
……この方の剣、すごい覇気。
互いに声に出すことなく驚きつつ、押し寄せる魔物を倒していく。
苦戦は論外。二人の戦いぶりが魔物を圧倒した。
(こんなに戦える子たちが、どうしてバルドル山脈に……)
苛烈さにヴァイス仕込みの堅実さも持ち合わせたレンの剣戟は、ここでも魔物を寄せ付けない。
少女が気が付けば、一匹、また一匹と魔物が斃れていた。
「離れたところの魔物は、お任せします」
「――――ええ。わかりました」
レンは少女に言い、少女はすぐに応じる。
いつしか二人は、自然と背中を任せていた。
剣の間合いはレンが。
少し離れて、少女が放つ氷の刃が魔物の身体を貫く。
まるで観劇の一場面のような、流麗な戦いぶりで。
……なんだろ。戦いやすいな。
……どうして? まるで私以上に私を知ってるみたい。
互いの間合いにあわせてときに向きを変え、気が付けば魔物は残り一匹。
その一匹はレンの剣と、少女の魔法がほぼ同時に身体を貫いた。
少女は辺りの新雪が魔物の血潮で深紅に染まっているのを見て、戦いが終わったことを知る。
やがて少女は、全身から力が抜けた様子で、
「終わったんですね……」
レンの傍ですとん、と腰を落とした。
いまの声からも、力が抜けたことが聞いてとれる。
「大丈夫ですか?」
「す、すみません……っ! こんなに多くの魔物と戦ったことがはじめてで、終わったと思ったら、つい身体から力が抜けてしまって……っ」
少女は清流が如く澄んだ美声に、一生懸命さを感じさせる態度で言った。
背中を預けるような姿勢で戦っていたから、レンはまずその少女へ身体を向けた。レンが手を貸そうと思い腕を伸ばせば、いつの間にか吹雪は止んでいる。
その影響で、レンはようやく少女の全貌を視界に収められた。
「あっ……ありがとうございます」
「いえ、お気になさらず」
そう言った彼女の姿は、辺りの殺伐とした景色を一瞬で変えてしまうほどの圧倒的な華だった。黒曜石と紫水晶が入り混じったような髪。磨き上げられた宝石を想起させる顔立ちは、この場と相まって雪の精霊のよう。
リシアを常に間近で見ているレンにとっても、神秘的な印象を抱かざるを得ない少女だった。
その少女が、差し伸べられたレンの手を見る。
そして、レンの手を取ったのだが――――
「……あれ?」
「……え?」
二人の手が合わさった刹那、だった。
少女の首元を飾るネックレスから、刹那に紫電が迸った気がする。
気のせいだったのかと思うほどの一瞬だったせいで、二人は特に気にすることなく、僅かに首をかしげるに留めた。
が、レンがそのネックレスに目を向けると、彼は密かに疑問を抱いた。
(――――
間違いない。
あれは七英雄の伝説内にも登場した、装備するタイプの魔道具だ。
ゲーム時代と外見が同じだから、勘違いではないはず。
(なんであんなハズレ装備をしてるんだろ)
破魔のネックレスは七英雄の一人が造った魔道具にして、世界に数個しかない貴重なアイテムだ。
しかし、その貴重さに性能が比例しない。
更に破魔のネックレスには、紫電を放つ効果はない。
やはりさっきのは勘違いだろう。レンは少女が立ち上がったところで手を離した。
「よかった! そちらも大丈夫だったようだなッ!」
そこへメイダスの声が近づいてきた。
彼は防寒具に付いた雪を払っていた二人の傍にやってきて、すぐに少女へ問いかける。
「あっちの人たちから聞いている。どうやら君が、皆のまとめ役だそうだね」
少女が静かに頷いた。
彼女はメイダスやレンの素性を尋ねたそうにしていたけど、間を置くことなくメイダスが話をつづけたため、自分は耳を傾けるにとどめた。
「早速で悪いが、何故君たちのような少年少女が、こんな危険な地に集団で足を運んでいたのか教えてほしい」
「……お答えする前にお教えください。そちらにいらっしゃるのは、クラウゼル家の方々でお間違いありませんか?」
遅れてレンたちの下へやってきたクラウゼルの家の騎士を見て、少女は確信めいた声音で尋ねた。
騎士たちの装備に刻まれた紋章を見たからだろう。
「はい。我らはご当主様より命を受け、この地の冒険者たちを救助すべく足を運んだのです」
騎士の佇まいと返事を聞き、少女はそれが嘘ではないと思った。
おかげで安堵したのか頬が僅かに緩んで、小さな声で「よかった」と呟く。
寒風に混じる白い吐息は、安堵したことによる短い溜息だった。
「どうやら、そちらに任せた方がよさそうだ」
ここでメイダスは半歩下がり、この場を騎士に任せることに決めた。
すると、騎士はその意を汲んで少女に尋ねる。
「失礼ですが、貴女様は?」
「あっ……も、申し遅れました」
見目麗しい少女はその声を聞き、ハッとした様子で騎士に顔を向けた。
佇まいを正し、騎士へ凛麗な所作で一礼する。
ここが夜会の会場であれば、間違いなくすべての異性を虜にしたであろう婉麗さを湛えていた。
「――――私は、」
次の句を聞いたとき、誰もが驚きで言葉を失うことになる。
……きっとレンが稀代の賢者であろうとも、この出会いは予想できなかっただろう。
これほどの想定外は、リシアと出会った頃を思い出してしまう。
「――――私はフィオナ。ユリシス・イグナートの一人娘です」
その可憐な唇から発せられた言葉は、皆の表情に衝撃を植え付けた。
中でもレンは、まばたきを繰り返すことしかできなかったほどである。
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