意識の変化と。

 死んでしまいそう、こう歓喜したリシアの姿にレンは確かな手ごたえを覚える。

 彼女は間違いなく贈り物を気に入ってくれている。間近で見せつけられた仕草のすべてが、それを証明していた。



「死んでしまうというのはまずいので、別の品を用意した方がいいでしょうか」



 我ながら男らしくない冗談な気がしたけど、喜ばれたことに胸を撫で下ろし、少し余裕ができたせいで口走った軽口だ。

 あるいは、自分の照れくささを隠すためのたわごとだろう。



「ううん、ダメ。もう絶対に絶対に返してあげないんだからね」



 二人のやり取りを聞いていると、周囲の者たちは贈り物が何か強く興味を引かれた。

 しかし、無粋にも邪魔をする者は一人もおらず、二人のやりとりを依然として見守っていた――――のだが、



「ねぇねぇ、よかったらレンが付けてくれる?」



 リシアのその願いをきっかけに事情が変わる。

 衆目の前でリシアの髪に触れてよいものかと迷ったレンも、その張本人からの頼みだし、誕生日だし、と彼女の願いを聞き入れた。

 レンは箱から髪飾りを取り出して、それをリシアの髪に持っていく。



(……こんな感じかな)



 リシアの髪はよく手入れされており、手櫛を通す必要もなく整っていた。

 そのため、白金の羽があしらわれた髪飾りを付ける際のレンは、その位置に気を遣うだけで済んだ。

 絹のような髪を彩るそれが、遂に集まった皆の目に映し出される。

 これが、皆の驚きを誘う決定的な瞬間だった。



「な――――ッ」



 最初にレザードが驚きに目を見開いた。



「ヴァ、ヴァイス! あれは白金の羽ではないかッ! レンはいったいどこから……ッ!?」


「わ、わかりませぬッ! ですが、帝都でも稀にしか流通しない品が、この町にあるとは到底思えませ――――ま、まさか少年、あの日に冒険者ギルドへ向かったのは……ッ」



 やがて、ヴァイスがその事情に気が付いた。

 先日、レンがリシアの誕生日に悩んでいたその日、相談を受けた後でレンが冒険者ギルドに向かったことは覚えている。

 ということは、その頃からレンは白金の羽を探していたということだ。

 


「……買ったのではなく、自分で見つけ出したということか」



 ヴァイスの呟きを聞いたレザードは、更に驚嘆した。

 二人の驚きに気が付かぬまま、リシアはレンに問いかける。



「似合ってる……かしら」



 はにかみながら聞いたリシアへと、



「ええ、よくお似合いです」



 レンは間髪おかず答えた。

 皆が注目するリシアの姿が、より一層輝いて見える。

 白金の羽の髪飾りは耳のやや後ろ側にあしらわれており、彼女が軽やかに歩くたびにシャンデリアの灯りを反射していた。



「お父様っ! 見て! レンからこんなに素敵な贈り物をもらったのっ!」


「あ、ああ……良く似合っているな。いや……本当に凄い品だが……まさかそれほどの品を……」



 レザードはまさかの贈り物に驚嘆しつづけていた。

 それを知らず、リシアは似合っていると言われて気をよくした。

 彼女は使用人たちにも髪飾りを披露しはじめ、褒められるたびにレンを見て、宝石のように輝く笑みを向けたのである。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 あの後、レンはレザードとヴァイスに問い詰められた。

 どうやって手に入れたのか、と。

 それに対してレンは、運が良かったとだけ答えた。



 実際、白金の羽はこの世界において、運が良ければ手に入るという情報しかない代物だ。

 だからだろう。問い詰めた二人はそれ以上を聞こうとせず、レンは自分が入手方法を知るということを口にせずに済んだ。



 それから場所は本邸の大広間から旧館に移り、二人はそのバルコニーに居た。



「こんな誕生日を過ごせるなんて、夢みたい」



 夜のバルコニーにリシアの声が響き渡る。

 既に誕生日パーティは終わっているのだが、終わってすぐ、リシアの発案で二次会がてらこの場が設けられた。



「お父様たちったら、ほんとに驚いてたわね」


「ですね。俺も色々と問い詰められて大変でした」


「当たり前よ。こんなに素敵ですごいものをくれたんだから、お父様も気になって当然だわ」




 リシアはそう言って、レンが淹れた茶が注がれたカップに手を伸ばす。

 古いバルコニーはレンが手入れをしているから綺麗で、しかも新しいテーブルをわざわざ運んでいるから、小さな夜会会場が如く情調を湛えている。

 ここで楽しそうに笑うリシアの髪で、白金の羽の髪飾りが揺らいだ。



「ところで、リシア様」


「うん。なーに?」



 満天の星を望むバルコニーの席で、彼女が可憐に微笑んだ。



「ここに来る前は、俺に用事があると仰っていたと思うのですが」



 リシアの誕生日パーティが終わってすぐ、今日の主役である彼女が口にしていた言葉がある。

 レンを旧館に誘う際、一つ用事があると口にしていたのだ。



「……うん」



 レンの予想を証明するかのようにリシアが頷く。

 そして、彼女が足元に置いていたものを手に取った。



「こ、これ――――っ!」



 彼女はそれをテーブルに置いて、レンに差し出す。

 これは旧館に来る前に、リシアが自室に寄り取ってきたものだ。

 真っ白な絹に覆われた何かで、贈り物の正体はまだ不明だ。



「時間が掛かっちゃったけど、その分、ちゃんと選んだから……っ!」



 まさか誕生日の相手から贈り物をされるとは思ったこともない。

 驚いたレンは「見てもいいですか?」とリシアに尋ねた。

 尋ねられたリシアの頬は、夜でもわかるくらい真っ赤に上気している。



(さっきまでの俺みたいだ)



 レンはリシアが緊張する姿を見て、照れていた自分の姿を思い返す。

 コクリ。声に出さず頷いたリシアがそのまま俯いたのを見て、早く贈り物を見て、感想を言ってあげないと、こう思って止まない。



 目の前の布に手を伸ばしたレンは、布の肌触りの良さに驚きつつも中を検める。

 やがて彼の双眸に映し出されたのは……



(これって)



 野営の知識をヴァイスに指南してもらった夜に頂戴した、持ち手の底を擦って火を起こすこともできるあの短剣を思い出す。あれはイェルククゥとの戦いの際、リシアに貸して以来どこかへ紛失してしまった。



「――――リシア様が絶対に返すと言っていた短剣のこと、ですよね?」



 コクリ、とリシアがまた声に出さず頷いた。

 それを受けて、レンは目の前にある白い鞘に入った短剣を見た。

 持ち手もまた白かったけど、持ち手や鞘の先端に施された金色の装飾を眺めると、腰に携えた際の自分がどれほど精悍に見えるか想像してしまう。それくらいの逸品だったのだ。



「高価な品のようですが、別にこんな――――」


「イヤ……なの?」



 顔を上げたリシアは真っ赤に上気した頬のまま、不安そうな声で尋ねた。目元は微かに涙で潤み、いまにも零れ落ちそうなほど頼りない。

 自分の過ちに気が付いたレンが「すみません」と言ってつづける。



「いえ、嬉しいです」


「……ほんとに?」


「嘘は言いませんよ。お恥ずかしながら、腰に携えたらカッコいいかなー……と想像していたくらいですから」



 するとリシアの頬から不安が消え、彼女はくすっと笑った。



「ただ、こんな高そうな品になって帰ってくると思っていなかったんです。だからつい、嬉しい気持ちの前に驚いてしまいました」


「――――だって、」



 リシアはぷいっと顔を反らし、テーブルに頬杖を突いた。

 その横顔は照れ隠しのためにむすっと不満そうだが、上気したままのせいで可愛らしい。



「……私だって、レンの誕生日をお祝いしたかったんだもん」



 レンの誕生日は春なのだが、今年は生まれ故郷の村でその祝いは済んでおり、次は来年まで待たなればいけない。



 リシアはその事実を知ったとき、一人、自室で愕然とした。

 だが、返す予定の短剣の存在を思い出し、そこに誕生日の贈り物としていい品を贈ることを考え付いたのだ。



「来年まで待てなかったの! だから今日は一緒に渡そうって――――っ」


「ぷ、くくっ………」


「っ~~もう! どうして笑ってるのよっ!」



 目の前のいじらしさに密かに笑っていたレンに、リシアはテーブルの上で身体を乗り出す。

 けれど、レンは笑ったままだった。

 日頃の大人びた姿ではない、身近に感じる笑みにリシアが目を奪われる。



「すみません。お互いに一日緊張してたとわかったら、つい」


「な、何よ! 私が緊張したらダメなの!?」


「駄目じゃないですよ。ただその、俺たちは意外と似た者同士だったんだなーって思って、ちょっと面白かったんです」



 依然として笑いが混じったレンの言葉にリシアは異を唱えられなかった。

 何故かというと、心の中の自分は似た者同士という言葉に喜び、あまり見ないレンが素直に笑う姿に目を奪われていたせいで。



 だが、照れくささはまた別の話だった。

 今度は一日緊張していたと悟られたことに、彼女は羞恥心の限界が訪れて顔を両手で覆う。



「もう知らない知らないっ! 別に緊張なんてしてないんだからっ!」



 そのままテーブルに上半身を突っ伏して、じたばたと両足を前後に動かすことで照れ隠しに勤しんだのだが、



 ……やがて、その両脚がぴたっと止まる。

 レンが短剣への礼を述べた後、何の気なしに言った言葉を聞いて。



「これからも、よろしくお願いします」



 特別な意味はなく、言葉通りのことでしかないはずだった。

 しかし、リシアはゆっくり顔を上げる。



「これからも……?」



 彼女はそのままの体勢でレンを見上げると、瞼に大粒の涙を浮かべた。

 涙の存在に気が付いたレンが理由を尋ねようとすれば、その刹那にポロポロ、と彼女の頬を伝っていく。



「言質、取ったんだからね」


「げ、言質? ――――って、どうして泣いてるんですかッ!?」



 でもリシアの顔から、悲哀は微塵も感じられない。

 それどころか明らかな喜色が浮かんでいた。



「秘密。私が緊張してるのを笑ったレンには、絶対に、ぜーったいに教えてあげないんだから」



 リシアは嬉しかった。それだけだ。

 一年前まで自分とは距離を置こうとしていたレンに「これからも」と言われ、言葉に言い表せない喜びが全身を駆け巡っていた。



 だが、先ほど言ったようにこれは秘密だ。



 笑われたことへの仕返しとして……それと、慌てて自分を気遣うレンの姿を見て、そんな彼の優しさにもう少し甘えていたくなってしまったから。



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