白金の羽。

「『白金の羽、、、、』を探してるんです」



 それは磨き上げられた純銀のように煌めくことから、多くの女性を虜にしている素材のこと。

 なお、基本的に換金アイテムでしかない。

 装備に加工したところで、特別な効果が得られることはない。



 ……が、それを聞いた狼男が驚愕した。



「白金の羽というと、ホワイトホークが稀に生やす羽のことかい!?」 


「あ、あまり大きな声で言わないでください! 諸事情で、可能な限り内緒で探してるところなのでッ!」


「す、すまない……。しかしあの羽は、努力で得られる代物では……」



 白金の羽は、すべてのホワイトホークが生やす羽ではない。

 生まれつき魔力の多い個体……と言ってもユニークモンスターというわけではない。他の魔物や生物にたとえれば、生まれつき身体が大きいか小さいか程度のものなのだが、白金の羽はそうした個体が稀に生やす羽のことだ。



「英雄殿も知っていると思うが、あれは本当に運が良くなければ手に入らないぞ?」



 なぜかと言うと、白金の羽はそれが生えたホワイトホークを討伐すると同時に、一瞬で普通の羽になってしまうからだ。

 理由は羽から魔力が抜けて、普通の羽になるからとされている。

 また、敵を察知しても逃げるために魔力を使うため、同じように普通の羽になってしまう。



 だから狼男が呟いたように、白金の羽は入手方法が不明とされている。

 ……あくまでも、一般的には。



(その点はもう攻略済みなんだ)



 レンはどうすれば入手できるか知っている。

 まずはホワイトホークが満腹状態であることが前提で、更にそのホワイトホークに見つからないように昏睡させなければいけない。

 そして、起きないうちに生きたまま白金の羽を拝借するのだ。

 別に命まで奪う必要はない。



(ゲーム時代はホワイトホークと出会って、しかも見つかっていない状況のまま食べ物を放り投げたんだっけ。で、食べさせてから昏睡させたんだ)



 昏睡させる手段は魔法か、頭部を狙い物理的にどうにかするかの二択だ。

 また、満腹でならない理由だが、ホワイトホークの体内にある魔力はその方が安定するとのことである。



 こうした前提に加え、ホワイトホークが基本的に狩り辛い魔物であることも影響して、白金の羽を人為的に得る方法は一般的には知られていない。

 入手方法を探る者も皆無に等しいというわけだ。

 そのため、市場に出回っている品のすべてが偶然見つかった代物である。

 恐らく、自然に抜け落ちたものだろう。 



「しかし、英雄殿はどうして白金の羽を?」


「贈り物に使うんです。既にどこか売ってる店はないかと思って探したんですが、残念なことに見つかりませんでした」


「では、帝都の商会に手紙を送るのはどうだい? 英雄殿は鋼食いのガーゴイルの件で資金は潤沢だろうし、多少高くとも手に入れられると思うが」


「あはは……それだと遅いんですよね……」



 何せリシアの誕生日まで一か月もない。

 帝都に手紙を送り、それで買えることになったところでそのやりとりに時間がかかってしまうだろう。

 行動に移すのが遅かったことには、悔やんでも悔やみきれない。



「お嬢様への贈り物かい?」


「――――そんなところです」



 優し気な微笑みを浮かべた狼男へ、レンははにかみながら答えた。



 ……最初は距離を置くべきと考えていた人物に対し、白金の羽のような貴重な品を送るのは整合性が取れないかもしれない。

 でも不思議と、レンの頭にはその疑問が浮かばなかった。

 せっかくだから喜んでもらいたい。また、村の復興にも尽力してくれている主君の娘へ贈る品と考えれば、下手な品を送ることだって避けたかったからだ。

 


 しかし問題は、そのホワイトホークがあまり現れないことだ。

 自分で探せばいいと思い立ってみたものの、ここからが問題である。



「随分と自信があるように見えるが、手掛かりでもあるのかい?」


「いえ、まったく」



 レンはあっけらかんとした態度で言い放った。



「むしろホワイトホークを探すところからどうしようかというほどですから、前途多難どころじゃありません」


「そ、そうかい……相変わらずの行動力だな」



 しかし、



「……入手できるかはさておき、ホワイトホークの群れが通る場所なら知ってるぞ」



 狼男の口から、何よりも欲してた言葉が発せられた。

 それを聞いたレンはテーブルの上で身を乗り出す。



「ほ、本当ですか!?」


「ああ。場所は……そうだな。あっちの地図で教えよう」



 彼は掲示板の傍にある地図に行こうと言った。

 しかし、レンは食事中。

 このことに気が付いた狼男は「後にしよう」と言ったけど、レンは居てもたってもいられず、ホワイトホークの情報を優先した。



 狼男を急かすように壁に掲示された地図に向かい、そこで話を聞いた。

 どうやらその群れは、東の森を昼前に通過するようだ。



(なるほど……)



 場所は先日足を運んだ大地の裂け目から、また数時間ほど奥まった箇所だ。

 狙うなら、いつもより早くクラウゼルを発たないと間に合わないだろう。



「現地での狩りも手伝いたいんだが、自分は自分で、依頼のためにしばらくこの町を離れなくちゃいけないんだ。この後すぐにね」


「教えていただいた情報で十分ですよ。でも、しばらくですか?」


「そうなんだ。バルドル山脈が例年になく冷えてることは知ってるかい?」



 レンが即座に頷いた。



「それで、クラウゼル男爵からギルドに依頼が来てね。薪や魔道具なんかを、色々な村に運ぶ依頼を請け負ったってわけさ」


「そういえば、今年の冬はすごく冷えそうって話ですからね」


「ああ。自分の冒険者としての経験から言っても、今度の冬は大変だと思う。夏のうちに動くことに決めたクラウゼル男爵は、やはり仕事が早いお方さ」



 その寒さに備えるための依頼とならば、なおのことこれ以上力を借りることは避けたい。

 レンはもう一度礼を言い、狼男に頭を下げた。



(早速、明日から挑戦しないと)



 ――――今後を考えるレンと、隣でそのレンを見る狼男。

 その男はレンの瞳をじっと見つめ、その奥に何かを探るよ、、、、、、、、、、うに黙りこくっていた、、、、、、、、、、



「すまない。私はもう行くよ」


「出発の直前までお世話になってしまってすみません。道中、気を付けてください」


「ははっ、構わないさ。言ったろ? 持ちつ持たれつだってね」



 ――――やがて彼はそう言って、レンと別れてギルドを出る。

 彼は同行する冒険者らと合流してから、夕方からの出発ということで経路を確認する一行の中……一人、クラウゼルに振り向いて、



「……愚かしいくらいの優しさは、滑稽ですらあるな」

 


 口の端を緩ませて密かに呟いたのだった。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 翌朝、レンはいつもより数時間も早く旧館を発った。

 日が昇る前に門に到着し、門番を務める騎士に挨拶をしてから街道に出る。しばらく進んだところで、朝日が少しずつ辺りを照らし出した。



「頑張るか」



 そうレンが言えば、



「ヒヒンッ」



 と、元イェルククゥの馬が嘶く。

 ちなみに名を「イオ」と言う。

 レンがこの世界の小説の登場人物からもらった名で、既にその名で呼べば返事をしてくれるくらいには気に入っている……と思われる。

 なお、性別は雌だ。



「急がないとなー」



 のどかに鳴る蹄鉄の音を聞きながら言う。



「白金の羽が手に入ったら、服を買った店のご主人に加工してもらうんだ。その時間も考えないといけないから、急いで手に入れないと間に合わない」


「……ブルゥ」


「あの、よくわからないからって、路肩の草を食べないで」



 馬はレンの言葉を気にせず路肩の草を食みだした。

 屋敷では満足な食事をしているはずなのだが、何故だろう。



「ま、まぁいいや……」



 やがて満足して歩きはじめてくれたから、何も言うことはない。

 レンは街道を逸れたところに広がる森の奥を見つめ、それから天を仰ぎ見る。

 良い戦果を得られますようにと、主神エルフェンに祈りをささげた。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 ――――数時間が経った。



 レンは予定していた狩場こと、ホワイトホークが空を通過する付近に足を踏み入れた。



 辺りには背の高い木々が何本も生えており、ブドウを思わせる鮮やかな赤い果実を実らせている。

 狼男が言うには、ホワイトホークの好物なのだとか。

 朝にはその果実を食べにくる個体が群れを成すという話である。



(ちょうどいいな)



 ホワイトホークを満腹にさせる手間が省ける。

 後は見つからないよう、なるべく自然に見えるように木の魔剣の力を駆使して潜んだ。なお、人の臭いは冒険者ギルドで買った、匂い消しの香水でどうにかしてある。

 レンは太い枝の上で木の葉やツタに隠れ、声に出さず考える。



(問題は、白金の羽をもってる個体が現れるかなんだけど)



 懸念を抱いてすぐ、近くの空に白い雲のように動くナニカが現れる。

 間違いない。ホワイトホークの群れだ。



 その群れは真っすぐにレンが待つ方角へ向かって飛んでいる。それを確認したレンは一層身を隠し、息を潜ませた。

 やがて、周囲に生えた果実を目指してホワイトホークが枝に留まる。



(いないかなー……)



 一羽一羽の外見を確認する。

 が、思えばゲーム時代は数百羽と出会ってやっと一つ得られるかどうか。

 しかも、ホワイトホークに見つかっていない状況で戦闘をはじめないといけないから、面倒どころではない確率の上で得られるアイテムだった。



 だから、得られなくて当然。

 何度も探して見つからなければ、諦めて別の贈り物を用意しなければいけない。

 考えているうちに、ホワイトホークが入れ代わり立ち代わり位置を変える。



 最初は何羽いるのか数えてみたけど、途中から諦めた。

 最初にやってきた群れは数分もすればこの場を去り、つづけて別の群れが入れ替わりにやってきたからだ。

 しかし、一向に見つからない。

 白金の羽と思しきものは数十羽……百羽を超えても見当たらない。



 ともあれ、先ほども考えたがそれで当然なのだ。

 ゲーム時代の確率を思えば不思議じゃない。

 さすがに無謀だったかと、今更ながらレンは苦笑いを浮かべはじめたのだが……。

 ふと、 



(……ん?)



 不意に眩しい光がレンの双眸を刺激した。

 それは、どこかに反射した日光だった。

 しかし反射するようなものはないはずなのに、とレンが眩しい光が届いた方を見た。



(……んん!?)



 正直、有り得ないと思った。

 見つけるのは至難だと思っていた自分が一瞬で消え、視線の先で果実を食む、一羽のホワイトホークに目を奪われる。

 そこに居たのは、煌びやかな尾羽を持つホワイトホークだ。



『クルゥッ』



 レンの胸が早鐘を打ち、太い枝をつかむ手元に汗を浮かべた。



(居るじゃんッ!)



 果実を食むそのホワイトホークに目が釘付けになる。

 尾羽で存在を主張する白金の羽を見て、何としても手に入れなければと思った。

 それには、あの個体が飛び去る前に昏睡させなければいけない。



 だが、レンが石をホワイトホークの頭部に狙いを定め、もってきていた石を投擲しようとした――――そのときのことだ。



(ッ――――ちょっと!?)



 食事を終えた個体から空に飛んでいき、つづけて一羽、また一羽と羽ばたいていく。

 白金の羽が生えた個体も倣って羽ばたき、これまでいた木から足を放してしまう。

 そもそも投擲が得意でもないため、レンの狙いは一瞬でずれた。

 無理に狙いでもして失敗してしまえば、白金の羽がなくなってしまう。



 ……そうだ。



 投擲による昏睡は難しいと悟り、でもレンは別の手段を思い付く。

 盗賊の魔剣を召喚して指に装着すると、可能な限りの力を込めて身体を任せていた太い枝を蹴っった。



『クルゥッ?』



 宙に飛び出した彼の音が気になって、狙っていたホワイトホークが振り向きかけた。

 しかし、振り向き終えるその直前。



(これしか方法はないんだッ!)



 レンの腕が一瞬先に振り下ろされ、それにより一陣の風がホワイトホークの身体を撫でた。



『ガァッ! ガァッ!』


『クルッ! クルルゥッ!』



 周囲のホワイトホークたちも一斉に鳴き声をあげ、唐突に現れたレンから離れるべく慌てて翼を羽ばたかせる。



 それを、宙に飛び出したレンは落下しながら見上げていた。

 落ちることへの恐れはない。

 レンは召喚していた木の魔剣を大地に向けて振り、木の根やツタを生み出しそこに落下した。



 やや遊びを持って張られたツタがレンの身体を受け止めると、彼は手元にあった感触に気が付いた。



 ……どうかあの羽でありますように。



 何かを盗めたという実感はあったけど、見るのが怖くてしり込みしてしまう。

 だから確認できたのは、たっぷり数十秒経ってから。

 意を決して顔の上に運んだ手のひらを開くと、ひらっ、ひらっ、と数本の羽が舞い降りる。



「……ははっ」



 乾いた笑いは、緊張で喉が渇いていたせいだ。

 しかし、頬に浮かんだ喜色は格別のもの。



「もしかしたら、一生分の運を使い果たしたかも」



 ただでさえ数が少ない白金の羽。

 それを確率でアイテムを奪える盗賊の魔剣で得ることは、確率に計算したらどれほどの奇跡なのだろう。



 レンは胸元に落ちた白金に輝く羽を見て、これまでに感じたことのない喜びに全身を震わせた。



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