贈り物の手がかりへと。
予定より早い帰宅となった遠出から、瞬く間に時間が過ぎ去っていった。
すぐに贈り物を用意すると意気込んでいたレンだったが、クラウゼルに戻って数日経てど、それを用意できていなかった。
なぜかと言うと、迷っていたからだ。
ついでに旧館の管理にかかわる仕事も多く、焦りを募らせていた。
「……ヤバい」
そしてまた一日が過ぎ去って、旧館の掃除をしていた日の昼下がり。
帰ってすぐにレザードから聞いたリシアの誕生日当日まで、もう二週間を切っていた。
もう、掃除をしている場合じゃない。
これも大切な仕事に違いないが、優先すべき事柄はリシアへの贈り物のはずだ。
「こうしちゃいられない」
これまで励んでいた掃除が手に着かず、この日はそれを諦めることにした。
旧館を飛び出したレンは昼下がりの日光に目を細め、どうしようかと腕を組む。
――――それからレンは足を進めた。
夏の日差しに熱さを覚えながら、レンは旧館から本邸への渡り廊下を進まず、本邸の庭園へ周って歩く。
向かった先には、騎士たちに稽古をつけるヴァイスの姿があった。
「情けないぞ、お前たち」
ヴァイスが騎士たちに檄を入れる声が届く。
「その体たらくで領民を救えるかッ! 今年の冬は間違いなく例年にない寒さに見舞われるのだぞッ! いつでも領民のために動けるよう、更に強度を上げた訓練も視野に入れねばならんッ!」
熱の入った声に騎士たちが頷く。
騎士たちはすぐに模擬戦に移ると、意気揚々と声を上げながら訓練のつづきに移った。
(後にした方がいいな)
訓練の邪魔をするのは本意ではなかったから、レンは踵を返そうとした。
旧館に戻り、出直そう。
そう考えてすぐ、彼の耳に「少年?」とヴァイスの声が届いた。
「訓練に参加するつもりだったようには見えんな。もしも私に話があったのなら、屋敷に戻りながらでもどうだ?」
「あれ、訓練はいいんですか?」
「うむ。他の仕事もあるから、常に指導しているわけにもいかんのだ」
そう言ったヴァイスがレンを伴って歩き出す。
隣を歩くレンは時間を得られたことに感謝しながら、少しだけ口を開くのを待った。
彼はヴァイスが汗をタオルで拭い終えるのを待ち、それから口を開く。
「実は――――」
相談事はもちろん、リシアのことだ。
迷っていたことを包み隠さず相談してみれば、ヴァイスはいつものように笑い飛ばした。
「つまるところ、少年が抱く懸念は何を贈ればいいかだな?」
「はい。そんな感じです」
しかしヴァイスは重く受け止めず、肩をすくめていうのだ。
「……何でもよいのではないか? お嬢様のことだ。少年からの贈り物であれば何でも喜ばれると思うぞ」
もちろんヴァイスはおざなりな態度で提案したわけではない。すべて本心からの言葉だった。
そりゃ、贈る者としては喜ばしい限りである。
かと言って、レンにはその何でもが思い浮かばないのが現状なのだ。
「リシア様が欲しいと仰っていたモノとかはありませんか?」
「うぅむ……前にも言ったが、お嬢様はあまり物欲のないお方だからな」
「そこをなんとか! 本当に何でもいいんです!」
「む、むむ……」
ヴァイスは困った様子で腕を組み天を仰ぐ。
だが数秒、十数秒と時間が過ぎていくうちに、レンは頼り過ぎて申し訳ないという気持ちに陥りだす。
すみません。やっぱり自分で考えないと駄目ですよね。
レンがこの言葉を口にしかけたところで、
「そういえば、」
ヴァイスの口が動き、天を仰いでいた顔がレンに向けられた。
「以前、髪飾りが欲しい、と仰っていたことがあったな」
「なるほど……髪飾りですか」
どんな髪飾りがリシアに似合うだろう。
せっかく贈るのだから、気に入ってほしい。
レンは贈ってから喜ばれるまで不安でたまらないが、その実、リシアはヴァイスが言ったようにレンの贈り物なら基本的に喜ぶ。
だが、悩むことにこそ価値があると、傍から見た者は考えるに違いない。
……そこだッ!
……はぁああッ!
……もう一度いくぞッ!
訓練場から届く騎士たちの雄々しい声を耳にしながら、レンは屋敷につづく道すがら必死になって考えた。
頭の中にリシアの姿を思い浮かべつつ、思い付くデザインを重ね合わせてみる。
しかし、どうにもしっくりこない。
(なーんも思い浮かば――――ん?)
ふと、空を見上げたレンの視界に映った鳥の群れ。
あれは恐らく、ホワイトホークだ。リシアとの逃避行中にも狩ったことのある、純白の羽を生やした鳥の魔物だ。
その群れを見ていたレンは、思わず足を止めてまばたきを繰り返す。
隣を歩いていたヴァイスは不思議そうにその姿を眺めながら、自分も足を止めて空を見上げ、つづけてレンの顔を見た。
そのときのレンは、さきほどまでと違い晴れやかな表情を浮かべていた。
「どうした? 何か思いついたのか?」
「……はい。問題は手に入るかですけど」
レンはホワイトホークの群れを見上げながら言った。
だが、脳内にあるのはホワイトホークについてではなくて、
(
関連した、とある素材についてである。
入手方法がそれはもう厳しい素材なのだが、レンの頭の中は、その素材のことでいっぱいになっていた。
もはや、他には目もくれぬ勢いである。
「ないかもしれませんが、前にもお世話になった仕立て屋とか、ギルドで話を聞いてみます」
これならどうにかなるかもしれない。
レンは相談をはじめた際と違い、憂いを感じさせぬ笑みを浮かべてヴァイスに頭を下げた。
そして、これから町に出てみると口にする。
向かう先は、いま口にしたばかりの二か所の予定だ。
「少年の目的の品があると良いな」
「ですね。なかったら――――そのときはまた考えます」
まずは確かめないと。
レンはもう一度ヴァイスに頭を下げてから、クラウゼル家の本邸を飛び出した。
◇ ◇ ◇ ◇
空の端が茜色に浸食されだした頃、レンは冒険者ギルドに居た。
そのレンは早めの夕食をここでとっていたのだが、普段と違い少し悩んでいる様子だったことが、他の冒険者たちの注目を集めていた。
「どうしたんだい? 英雄殿」
そこへ、例によって狼男が声を掛けた。
彼はレンの対面の席に腰を下ろし、優しげな瞳をレンに向ける。
「困っているようだが、手伝えることはあるかい?」
「い、いえいえ! 個人的なことなのでお気になさらず!」
「構わないとも。英雄殿に助けてもらった身としては、是非とも協力させてもらいたくてね」
「お礼なら、もうお金という形でいただいてます!」
「気にしないでいい。今度また困ったときに助け合えればそれでいいさ」
狼男の彼は穏やかな声で言う。
レンはその優しさに甘え、素直に答えることにした。
「探している素材があるんですが、手に入れるのが難しくて」
「素材? 英雄殿でも困る素材なのか?」
問いかけられたレンはすぐに頷いた。
というか、いまのレンにとっては入手に困る素材の方が多いのだが、その点はわざわざ指摘しない。
「実は――――」
だがレンは、一縷の望みを込めてその素材の名を口にする。
できればこの狼男が手掛かりを知っていると願い、そして自分でもどうにかできる可能性を願って。
――――――――――
昨日はたくさんのお祝いのコメント、ありがとうございました。
(もちろん、普段から頂戴するコメントも拝見しております……!)
中々時間がなくお返事ができず申し訳ないのですが、活動の糧にさせていただいております!
これからは進行中の二章に加え、改稿中の書籍版もどうぞよろしくお願いいたします!
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