とある手配書と。

 クラウゼルは山なりの地形に沿って、らせん状の道が設けられた町だ。

 頂上に位置したクラウゼル家の屋敷からは、その全貌が見渡せる。

 ――――冒険者ギルドは人の出入りと物資の搬入のため、その町の中でも城門を通って間もないところにあった。



 レンは久方ぶりにこの辺りに足を運び、先の騒動を思い返す。



 途中、レンの顔を覚えていた住民から声を掛けられ、露天を開く店主からリンゴに似た果実を貰ったりと、住民たちと友好的な掛け合いをしながら冒険者ギルドにやって来た。



「ここか」



 冒険者ギルドの店構えを見る。

 一見すれば、木造の年期のある建物だ。

 足を踏み入れる者を見れば、皆一様にファンタジーな姿、、、、、、、、に着飾っている。



 革の防具や妙に角ばった骨の装備。

 他にも、杖を手にした者たちだって居るし、人間と少し違った姿の者も居た。

 彼らは一言に異人と呼ばれる者たちで、イェルククゥのようなエルフもそれに該当する。他にも容姿が獣のようだったり、爬虫類の特徴を持つ者だって居る。



 レンはそうした賑わいのあるギルドの扉に手をかけ、ゆっくりと開けた。

 キシィッ――――と木製の扉が鈍い音を上げ、中の様子がレンの視界に収まった。



(ああ、中の様子は結構似てるんだな)



 思い出すのは七英雄の伝説の光景だ。

 冒険者ギルド内部はこげ茶色に染まる無垢の床が広がり、壁は白い布があしらわれていた。天井は床と同じ無垢の木材が張られ、魔道具で動いてると思われるシーリングファンが回る。



 また、一方の壁に張られた巨大な掲示板。

 内部に併設された酒場など、男心が躍る光景だった。



(めっちゃ見られてる)



 ギルドに居た大の大人たちがレンを一斉に見た。

 魔法使いのような服装をした女性も、屈強な男もそうだ。

 何人かの異人に加え、受付に立つ女性だってレンを見た。



「おい、ありゃ確か」


「はいはい、不躾に見ないの」


「君も見ていただろうに」



 幾人かの冒険者たちの声が聞こえてきた。

 レンは彼らの横を通り、受付へ向かう。



「登録をお願いします」



 慣れた口調で頼めたのは、手続き自体は七英雄の伝説で何度も経験しているからだ。



「かしこまりました……ですが、よろしいのですか?」


「と言われますと?」


「失礼。クラウゼル男爵は何と仰っておりましたか?」


「大丈夫ですよ。さっきご許可をいただいて参りましたから」



 ところで、ギルドは世界に跨る中立組織だ。

 そのため通常、国や貴族の事情に口を挟むことはない。

 ただレンの場合、先の騒動の影響が大きくて、ギルドの受付嬢も思わず尋ねてしまったというところだろう。



「登録料はこれで。文字の読み書きはできるので説明は大丈夫です」


「……重ねて失礼ですが、ご登録ははじめてでお間違いありませんか?」


「ええ、そうですが」


「そ、そうですよね……随分と手慣れたご様子でしたので、つい」



 受付嬢の疑問はもっともだし、間違えていない。

 だがレンはどこ吹く風で、受付嬢から貰った紙に必要事項を記入していく。



(これも魔道具なんだっけ)



 登録料が安くない理由の一つだ。

 ギルドはすべての支部で情報を共有するため、特別な紙に情報を記入して管理する。

 それを可能とする仕組みは、七英雄の一人が開発した魔道具によるものだ。

 該当の七英雄は天才的な魔道具職人だったと言われており、ギルドが彼に依頼して開発されたという逸話がある。 



「これでお願いします」



 書き終えたレンが紙の向きを反対にして、受付嬢が見やすいようにして渡す。

 内容に間違いはない。

 あっさりだが、これで手続き自体は完了だ。



 レンは最後にトランプ大のカードを一枚受け取り、そこに書かれた自分の名前と、『Gランク』の文字を確認した。



「ランクアップの条件のご説明は――――」


「本で読んだので知ってます。ギルドカード、、、、、、を紛失した際の再発行手数料も、再発行ができるギルドが、自分の記録が残っている場所に限られることも把握しています」



 これにて全工程が終了だ。

 レンはギルドカードと口にしたトランプ大のカードを懐に入れ、肘を乗せていたカウンターを離れる。



(どうしよっかな)



 何もせずに帰るのももったいない気がしたので、壁に張り出された掲示板の前に行き、そこに張り付けられた多くの依頼書を見た。



 クラウゼル領は滅多に強い魔物が観測されない。

 そのため、Dランクの魔物すら情報が数枚しかない。

 あってもクラウゼル領と面した別の領地の近くだから、遠すぎてクラウゼルの管轄ともいえないところだった。



「……あ」



 しかし、それらのDランクの魔物とは別に用意された、違う魔物の情報が彼の目を引く。

 端に張られた紙に書かれた情報に気を取られたのだ。



「お、英雄殿はそれが気になるのか?」



 ふと、そんなレンに声を掛けた屈強な男。

 振り向くと、その男は仲間と思しき狼男ワーウルフと居た。



「英雄殿?」


「ああ、君のことだ。あの愚かな子爵とのやり取りは見事だったからな」



 先に声を掛けてきた男と違い、狼男の物腰は柔らかかった。



「評判の少年が来たとあって、俺たちも興味があってね。ついでに面白い情報を眺めてると思って声を掛けたところだ」


「おうとも。――――しっかしまぁ、そいつ、、、は止めといた方がいいぞ」


「ああ。そいつはDランクだが、放っておけば人に手は出さないから放置されている。しかし手を出したことによる反撃は、ランク通り強力だ」


「その情報が届いたのも半年以上前だったな。けど、誰も討伐しようとしてないってわけだ」


「俺たちも一度狙ってみたが、疾いし硬いしで撤退した」



 レンは二人の会話に耳を傾けながら、「なるほど」と訳知り顔で頷いた。

 とりあえず、事情は分かった。

 しかしレンとしては、無視できない魔物の情報だ。



 ――――鋼喰いのガーゴイル、、、、、、、、、



 レンの前世で怪物をかたどった彫刻とされるガーゴイルは、この世界では石の身体に翼を生やした、コウモリとドラゴンを混ぜたような大柄な人間大の魔物だ。

 そのガーゴイルの中には極稀に、他の魔物の肉ではなく金属を餌にする個体が誕生する。

 それが、鋼食いのガーゴイルである。



 先ほどの冒険者たちが口にしたように、非常に堅牢な体躯と疾さが特徴だ。

 また、レンには必ずや倒しておきたい理由があった。



(……ユニークモンスターなんだよなぁ)



 また、得られる経験値や熟練度がそれはもう潤沢。

 素材だって高価な上に、新たな魔剣を得るチャンスと思うと、どうにかして倒したいと思わざるを得ない。



 悩みに悩み、少しクラウゼルで生活することに決めたその矢先。 

 まさかこんなにも早く、最初の目標を得られるとは思ってもみなかった。



(戦うなら、レザード様にも許可を取ってからだな)



 いずれにせよ、諸々が落ち着いてからになるだろうが。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 屋敷に戻ったレンは、ヴァイスを通じてレザードとの約束を取り付けた。

 レンはレザードの執務室に行き、ギルドへの登録が終わったことを報告すると共に、近日中にでも魔物の調査に出向くことを告げた。



 すると、ヴァイスが折りたたまれた一枚の紙をレンに渡した。



「ヴァイス様、こちらは?」


「近隣の地図だ。よければ活用してくれ」



 レンはそれを有難く受け取り、頭を下げた。



「さて、この件はお嬢様には内緒にしておかねばな」


「やっぱり、そうですよね」


「うむ。少し落ち着いてからの方がよいだろう。少年も慌ただしくなるやもしれんからな」



 ついでに住む場所も、もうしばらくはこの屋敷である。

 レザードからの給料が無ければ、魔物を狩って売ってもいないから、いまはまだ無一文だ。

 活動が軌道に乗るまでは、レンも申し訳ないが甘えることにした。



「やっぱり、甘え過ぎな気がしてしまいます」


「ん? そうか?」


「だって今回の提案って、俺に有利すぎるじゃないですか。報告書をお届けするという仕事はありますけど……」



 仕事の合間に魔物を狩ってもいいし、冒険者ギルドで依頼を受けてもいい。

 正直言って、緩すぎる気もしていたのだ。



「……正直に言えば、私には一つだけ打算がある」



 と、不意にレザードが心の片隅にあった思いを吐露する。



「もしもレンがこの町に残ると決めたら、頭を下げようと思っていたことがあってな」



 それはもう申し訳なさそうで、遠慮がちな声色だった。



「暇を持て余し、気が向いたときで構わない。もしよければ、偶にリシアと立ち会ってやってほしい」



 ……レザードはいつだってこうだ。

 レンに何かを強要したことがなければ、こうあるべきだ、という価値観を押し付けたことだって一度もない。

 その彼が、父の顔でレンに頼みこんでいた。



(なんだろうな、この感じ)



 仕える主たる男爵が自分に頭を下げていることへの、筆舌に尽くしがたい居心地の悪さ。

 それは決して嫌悪感によるものではなく、そうさせてしまったことへの申し訳なさによるものだ。



 こんなことをさせてはならない。

 たとえ相手が、自分に救われた身であってもだ。



「俺で良ければ、リシア様とまた剣を交わさせていただきます」



 そう言ったレンは、明るい表情を浮かべたレザードと握手を交わす。



(実際、最近もリシア様と約束したし)



 いまになってリシアと縁を切るなんて不可能だ。

 なら、彼女とはなるべく良い関係でいたい。そうした方が、回避したい未来が遠ざかるはずと信じて。



「少年、私からも礼を言う」


「とんでもございません。ヴァイス様には帝国剣術を指導していただくわけですし、礼を言うのは俺の方ですよ」



 それもまた、この町に残る理由の一つなのだから。

 と言ったところで、レンは少し考える。

 レザードに仕事を任されることになった件などを、生まれ故郷にいる両親へ伝えなければ。



 そうと決まれば手紙を認めないと。

 何せ、アシュトン家の村までは往復二十日近くもかかるのだし。


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