久しぶりに剣を振った日の夜に。
クラウゼル家に仕える者たちの意識が一つにまとまったのは、レンがリシアと立ち合いをした日の夜のことだった。
屋敷のホールに集まった者たちが、口々にレンについて語っている。
「見事だった。まさかあれほどとは」
「しかし思えば当然だ。シーフウルフェンに留まらず、マナイーターを討伐するだけの実力があるのだからな」
と、騎士たちがレンを讃えれば、
「レン様の人となりも忘れてはなりません」
「それに、皆様も見たでしょう? あっさり敗北してしまったお嬢様は悔しそうでしたが、それ以上に、レン様を誇らしそうに見上げていたあの表情を。お二人の相性も忘れてはなりません」
つづけて給仕たちが言った。
会話にある通り、リシアはレンを相手にあっさり敗北した。
一冬超えて成長した彼女は強くなっていたけど、イェルククゥとの戦いを経たレンも同じく強くなっていた。
「というわけですので、ヴァイス様」
皆を代表して、一人の騎士がヴァイスに言う。
「我々といたしましては、レン殿にこの屋敷に残っていただきたいのですが」
「……うむ。気持ちはわかるのだが」
「ヴァイス様。我ら給仕も同じ気持ちでございます」
「もう一度言うが、気持ちはわかるのだ。しかし少年は村に帰ると言っている。あれほどの逸材を屋敷に置けないのは惜しいが、ご当主様としても、多大な恩を受けたアシュトン家の、少年の意向に沿うと仰せなのだ」
騎士や給仕たちがはぁ、とため息を吐く。
理不尽な強権を嫌うレザードがそう言ったのであれば、皆が頼み込んだところで、彼が折れることはないだろう。
皆、こう思ったのだ。
◇ ◇ ◇ ◇
その頃、レンが借りる客間にて。
「いつまでここに居てくれるの?」
湯上りのリシアが遠慮なくその客間を訪ね、レンが寝るベッドに座って口にした。
レンは机に向かって本を読んでいた最中だったため、そのまま机の傍にある椅子に座っている。
(これはさっさと帰れという……のではなさそう)
いまの言葉を、レンはあと何度立ち会えるかという意味に受け取った。
「もう何度かリシア様と立ち合ってからと思ってましたが……何度くらいがいいですか?」
「千」
「はい?」
「だから、とりあえず千回でいいわ」
「…………」
毎日一度立ち会ったとしても、三年近いではないか。
実際、毎日は無理だからその倍は覚悟したいところだ。
(腕を買われるのは悪い気がしないけど……)
自分を見上げ、どこかおっかなびっくりなリシアを見て。
吸い込まれそうな美しい瞳を向けられ、つい頷いてしまいそうになる。
「と、とりあえずですね。仮に千回立ち合うとしたら、長い計画になるわけですよ」
「この部屋に住んでいいわ」
「仕事は――――」
「レンはアシュトン家の人間なんだから、この屋敷で騎士として仕事をすればいいと思うわ」
「いえ、正確にはまだ騎士ではなく、その倅ですね」
「も、もうっ! いいじゃないっ!」
いつになくリシアが強情だった。
だが、よく見れば彼女の顔は焦りを漂わせていた。
「いいでしょ? ……千回とは言わないから、もうちょっとゆっくりしていってよ……」
約束していた立ち合いを一度消化してたことで、レンがさっさと帰ってしまわないか不安だったのだ。
彼女のいじらしさには、レンも心が強く揺さぶられる。
(ま、まぁ……俺も一度きりのつもりはなかったし……)
結果、折れてしまう。
あと何回と明言はしないが、
「もうちょっとだけ、お世話になりたいと思ってます」
でもレンは、心の内で言い訳する。
一度ではなく何度か立ち会うと言ったのは、間違いのない事実。
ともあればこれは、約束を守るためなのだと。
「ほ、ほんとに!?」
リシアがベッドの上で身を乗り出し、レンに詰め寄る。
「でも、レザード様にも許可をいただかないと」
「安心して! お父様ならいつまでも居ていいって言ってたから!」
「それじゃお言葉に甘えて……」
「や、約束だからね!? 嘘ついたら許さないんだから!」
あっという間に上機嫌になったリシアが枕を手に取り、強く抱きしめて喜んだ。
(俺の枕が……いや、借りものだけど……)
「あっ、そろそろお部屋に戻らないと」
時計を見れば、もう夜の十二時を過ぎたところだった。
リシアは枕から手を離すと、ベッドから立ち上がる。
「明日は訓練が休みなんだけど、レンは用事とかある?」
「世話になるだけの身なので、むしろ仕事があればいただきたいくらいでして」
「わかったわ。それじゃ、朝ご飯を食べたら仕事をしてもらおうかしら」
世話になるだけな現状に肩身が狭い思いをしていたレンが喜ぶ。
して、どんな仕事だろう?
「俺は何をすればいいんですか?」
「明日は久しぶりに買い物に行くの。だから、その護衛をしてもらおうと思って」
「俺がですか? リシア様には専属の騎士が居ますし、ヴァイス様もいますけど」
「ええ。明日はそのヴァイスに余裕があるから一緒に来てくれるんだけど、レンも一緒に来てほしいの」
「わかりました。そういうことでしたらお任せください」
これもレザードに許可を取るべきと思ったが、傍にヴァイスがいる。
(なら俺はおまけみたいなもんだ)
連絡は必要だとしても、許可を取るほどのことではないだろう。
「それじゃ、おやすみなさい。――――また明日ねっ!」
リシアはレンに手を振り客間を後にした。
彼女を見送ったレンは、机の上に置いた読みかけの本を開く。
これは屋敷の書庫から借りたいくつかの本のうちの一冊で、レンが療養中に読んでいた本の一つだった。
タイトルは、『七英雄の聖遺物』
このタイトルが差す聖遺物は、七英雄が使っていた装備のことだ。
ゲーム・七英雄の伝説でも実際に見つけることができる装備のことで、対応したキャラに装備させると、戦闘力が見違えるほど向上する貴重品。
プレイヤーたちの間では、それらを英雄装備と呼ばれていた。
「面白かったな、これ」
レンにしてみれば既に知っている情報ばかりだった。
そもそも彼は、どこにその装備が眠っているのかも知っている。
なのにこの本が面白かったのは、七英雄の伝説で明らかにならなかった情報があったからだ。
――――勇者・ローレンの剣はいくつかの破片に砕けた。
それは、七英雄の伝説Ⅲまでお預けと言われていた
この本によると、その神剣は既に存在しないらしい。魔王を討伐した後、祖国レオメルに持ち帰ると同時に砕け散り、土に還ってしまったようだ。
「うん? 英雄装備を見つけて売れば、結構な金になるのか」
使えるなら使いたいが、あれは使用者が限られる。
手にしたところで、レンにとってみれば売る他に道はなかった。
かと言って、売ったら売ったで英雄派から妙なことをされそうだから、やんごとなき事情がない限り手を出さない方が賢明だろうとも思う。
なので残念だが、一度この話は忘れることにした。
「……もうちょっと読もうと思ったけど、寝るかな」
今日は久しぶりに身体を動かしたからか、瞼が急に重くなった。
瞼を擦ったレンは、先ほどの英雄装備繋がりで腕輪を見る。
――――――
レン・アシュトン
[ジョブ]アシュトン家・長男
[スキル] ・魔剣召喚(レベル1:0/0)
・魔剣召喚術(レベル3:239/2000)
レベル1:魔剣を【一本】召喚することができる。
レベル2:魔剣召喚中に【身体能力UP(小)】の効果を得る。
レベル3:魔剣を【二本】召喚することができる。
レベル4:魔剣召喚中に【身体能力UP(中)】の効果を得る。
レベル5:*********************。
[習得済み魔剣]
・木の魔剣 (レベル2:988/1000)
自然魔法(小)程度の攻撃を可能とする。
レベルの上昇に伴って攻撃効果範囲が拡大する。
・鉄の魔剣 (レベル1:988/1000)
レベルの上昇に応じて切れ味が増す。
・盗賊の魔剣 (レベル1:0/3)
攻撃対象から一定確率でアイテムをランダムに強奪する。
――――――
イェルククゥとの戦いはもちろん、それ以外の戦いによる熟練度が溜まっている。
魔剣召喚術は一段階強くなり、魔剣を二本同時召喚することができるようになっていた。
ついでに言えば、次のレベルで得られる力もわかった。
次は身体能力UP(中)となり、つづけて成長が楽しみである。
代わりに魔剣本体は、あまり魔石を吸う機会がなかったからまだ上がっていない。
幸いにも、今回必要となる熟練度が十倍ではないことも、喜びの要因だ。
が、あの魔剣の名前は依然として消えたままだった。
「……絶対にリシア様の魔石が関係してるはずなんだよな」
イェルククゥが命懸けでエルフの封印を解き、マナイーターを強化したとき。
圧倒的な実力差に対して死が目前まで迫っていたレンは、リシアの傍に倒れ、彼女の胸元に手を置いた。
彼女の胸とレンの腕輪が光り、『?』としか記載がない不思議な魔剣を召喚できるようになったのはそのときだった。
眩い閃光と光芒を放つ魔剣の姿を思い返すと、神聖魔法を扱うリシアを想起して止まない。
(なんだったんだろ、あれ)
シーフウルフェンのような特別な魔物の魔石から魔剣が得られるように、一部の聖女が身体に宿す魔石にも、特別な意味があれば……。
(いやいやいや、さすがに無理が……)
いくらファンタジー世界であっても、突飛すぎる予想だと思った。
可能であれば検証したいが、レンは魔石の力を吸収することで魔剣を得る。それでリシアに万が一があるかもしれないと思うと、検証する気にはなれない。
大体、なんて言うのだ。
胸に手を当てさせてください、だろうか?
……無茶が過ぎる。
返答次第では犯罪者が誕生だ。
ただでさえ前科があるというのに、これ以上ヤバい奴にはなりたくない。
それに、もう『?』の魔剣は消えてるのだし、確かめる術はない。素直に忘れた方がいいと思える状況だ。
「……寝よ」
忘れることにしたレンは本を閉じ、机の上に置き直してから部屋の明かりを消す。
いつものようにベッドの上で横になり目を閉じると、思いのほか早く意識を手放したのである。
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