再会。

 二週間近くの逃避行を経て、顔見知りと出会う。

 文字だけ見れば、喜んで当然と思ってもおかしくない。



 しかし、レンとリシアは警戒を極めた。

 こんなところまで来てギヴェン子爵の騎士たちに会うなんて、元からの事情も相まって、計画的に思えて然るべき。



 そのためレンは、いつでも剣を抜いてリシアを守れるよう身構えた。



「我らはクラウゼル男爵に協力を仰がれ、二人のことを捜索していたのだ」


「……俺たちを?」


「ああ。さぁ、まずはここを離れなければ。我らが安全な場所まで連れて行こう」



 ……いくらなんでも、その言い分は無理があるだろう。

 しかし、完全に包囲されている。

 前後左右、見えないが森のいたるところにも騎士を潜ませている可能性が捨てきれない。

 どうやら穏便に行かせてくれる様子はなさそうだ。



(戦うか、さっさと逃げるか)



 圧倒的に後者の方がいいのだが、思うところがある。

 それはギヴェン子爵がレンの村を襲わせた証拠がほしいということだ。

 ここでの邂逅はあまり無駄にしたくない。



「――――レン」



 リシアの声がレンにだけ届く。

 彼女が振り向いてレンの顔色を伺ったのを見て、レンは彼女も同じことを考えているのだと思った。



「ここまで来たら、できるところまでやってしまいますか」


「……いいの? レンも危険な目にあうかもしれないわよ」


「それは今更ですよ。この状況ですし、俺だって全部覚悟の上です。……どうせ何を言ってもひと騒動構えるでしょうしね」



 すると、リシアはレンの顔を見たまま微笑んで、



「私に任せて貰える?」



 凛然とした声で言った。



「ええ、リシア様の思うように」



 レンも劣らず悠然と口にした。

 こうしていると、二人を取り囲んだ騎士たちが顔をしかめだす。

 二人がささやき声で相談しているのに対し、若干警戒しはじめていた。



「貴方でいいわ」



「む、私か?」



 返事をしたのは、レンと度々やり取りを交わしていた騎士だ。



「そうよ。安全な場所に連れてってもらうかどうかは、貴方の返事で決めるわ」



 すると、リシアは馬の横っ腹に掛けてある荷物を漁った。

 荷物の中からネックレスを模した魔道具を取り出し、腕を伸ばして騎士に見せつける。



「ご覧なさい。コレに見覚えがあるでしょ?」


「……ございませんが」


「あら、一瞬眉が吊り上がったわよ」


「ですから存じ上げません。いったいそれは何なのですか?」



 惚けるなとは言わない。

 あくまでも情報を得るため、段階を踏む。



「コレね、私と彼を攫った賊から奪った魔道具なの」


「……そうであったか」


「ふぅん……あまり気にならないみたいね」


「そのようなことはございません。是非とも、証拠物品として預かりたいと思っております」


「ダメよ。コレは後で商人ギルド、、、、、に調べて貰うんだから」


「――――は?」



 ギヴェン子爵の騎士たちが同時に唖然とした。

 リシアの後ろで話を聞いていたレンも実は戸惑っていたけど、黙って耳を傾ける。



「前に帝都へ行ったとき、ギルド長と知り合えたからどうにかなると思うわ」


「そ、それでどうするというのですか?」


「だから、調べてもらうのよ。この魔道具を売った商人とか、前に保有してた人とか、何でもいいから情報を得るためにね」


「……不可能です。レオメル帝国内に、どれだけの魔道具があると思うのですか?」


「そうね。けど、これは間違いなく高価な品よ。一般に流通してる魔道具と違って、手掛かりを知る人が居てもおかしくないじゃない」



 これはブラフだ。

 だが与太話と一蹴するには、リシアの言葉に強い説得力があった。

 騎士たちの間にあった小さな動揺が、大きくなりだす。



「それがわかれば、コレは賊が自分で手に入れた魔道具なのか、他の誰かから渡された魔道具なのか明らかになる。万が一後者だったら経緯はどうあれ、渡した者は審判の場で真偽が問われるでしょうね」


「な――――っ」


「だって、渡した者が私たちを貶めようとしたも同然でしょ? どうかしら、貴方たちもそう思わない?」



 緊張が走る。

 レンとリシアはその緊張を余裕に見える顔の下に隠していたが、騎士たちはとうとう余裕を失ってしまい、左右を見渡し仲間同士で顔を見合わせた。



「実際、確かめられるんですか?」


「無理よ。ギヴェン子爵も馬鹿じゃないんだし、気を遣ってるに決まってるわ。よほどの大貴族様、、、、、、、、が味方になってくれたら、もしかするかもしれないけど」


「……ですよね」


「でも安心して。少しでも疑念を抱いてくれたら……ほら、」



 二人がささやき声で話をしてすぐ、



「であれば尚更、重要な品でございましょう。是非、我らにその魔道具をお預けください」



 対する騎士が強い口調で言った。



「愚かね。貴方たちに預ける義務はないわ。そもそもここは当家の領内よ。彼の村であったことだって、当家の管轄だわ」


「しかしッ!」


「はぁ……十分よ。道理を弁えない騎士には守れたくないから、これ以上話すのは止めておくわ。さぁレン、もう行きましょ」



 嘆息交じりの彼女の言葉を聞き、レンは手綱を引いた。

 それを見た騎士たちは迷った。



「護衛が必要でありましょう!」


「要らないわ。町までもうすぐなんだし、彼以外の護衛は信用できないの」


「くっ……だが……」



 猶も食い下がろうとしていたが、彼らは遂に意を決する。



「申し訳ないが、お二人には我らと同行していただく!」



 馬が動き出す。

 レンとリシアを逃さぬために。



「レン。私が責任をとるわ。だから馬を走らせて、無理にでも止めてきそうになったら剣を抜いて――――ッ!」


「はい、お任せくださいッ!」



 レンもまた、馬の横っ腹を蹴って勢いよく走らせた。

 面の前に立ちはだかっていた騎士の真横を通り抜けようとすれば、その騎士は剣を抜いてレンに向けて横薙ぎ一閃。



 が、騎士の剣は鉄の魔剣に迎撃され、抉れるように刃こぼれした。

 このとき、騎士はレンの返す刀で、、、、、、、、、、手の甲に切り傷を負、、、、、、、、、、った、、



「この……ッ!」



 それでも猛勇に手を伸ばした騎士に対し、今度はリシアが手を伸ばす。

 彼女の手から発せられた眩い閃光が、騎士の手元に真っ白な、、、、、、、、、、火傷を負わせた、、、、、、、



「ありがとう、愚かな騎士さん」



 馬と馬がすれ違う瞬間。

 リシアが上機嫌に、可憐に笑う。



「貴方が私に手を出してくれたおかげで、別件でも、ギヴェン子爵を審判の場に引きずり出せるようになったわ」


「この……ッ! 追えッ! 逃がすなッ!」



 騎士が咆えた。

 もはやあの魔道具の持ち主と、ギヴェン子爵の関係を吐露したも同然である。



(可能性を信じてしまった時点で、アイツらの負けだったんだ)



 リシアが仄めかした商人ギルド関連の言葉を、ブラフと信じ切れなかった。

 その瞬間、ブラフにしか使えないはずだった魔道具に、大きな意味が生じた。

 もしかすると、と考えてしまったことで、レンとリシアを何が何でも捕縛しなければなくなってしまったのだ。



 また、リシアの凛とした姿を前に冷静さを欠いていたのもあろう。

 彼女の言葉の節々から、語られる言葉が真実であるかも――――と思わせられたのだ。



「殺してはならんぞッ! だが何としても捕まえろッ!」



 追ってくる者たちは必死だった。

 逃すことで生じる主君からの勘気に加え、主君が失脚する可能性を恐れた。

 何としても二人を捕まえなければ、と額に汗を浮かべる。



 しかし木の魔剣による妨害のせいで、思うように距離を詰められない。



「くっ……お前らは二人を追えッ! 私はクラウゼルに急行し、子爵へ報告をする!」



 レンと顔見知りだった者が途中で道を逸れた。

 相手も必死だ。



(リシア様はずっとこうするつもりだったのか)



 相手が切羽詰まったのを見て、レンが唸る。



「これでギヴェン子爵と、魔獣使いの関係をしっかり確認できたわね。後はギヴェン子爵にも瑕疵がある状況を説明できるなら十分よ。――――私に手を出してきたんだから、ね?」



 ギヴェン子爵を追い詰めるための証拠が得られないから、これまでの状況を利用して、別の瑕疵を生み出した。

 つまり、こういうことだった。



「アイツらと会わなかったら、どうするつもりだったんですか?」


「会うって確信してたわ。魔獣使いが私たちを逃がしちゃったんだもの。しらみつぶしに探して当然よ」


「言われてみれば、そんな気がしてきました」



 追っ手との距離が瞬く間に開いていく。

 怒号も比例して遠ざかったが、二人は少しも落ち着けなかった。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 息をつく暇のない時間がつづいた。

 ときに追っ手をやり過ごし、進んだ先に潜んでいた新たな騎士を避けながらクラウゼルを目指していたレンは、不意に空を見上げた。



(もう夜か)



 手綱を握る手に疲れを感じ、すぐに全身の気だるさに気が付いた。

 何時間も逃走をつづけていたからか、心身ともに疲労が募りつつある。

 馬も疲れで足が重くなっている。それでも、足を止めようものならすぐに包囲されてしまうだろう。



 時折、僅かでも休憩をとれたからどうにかなっているだけなのだ。



(もうちょっとだけ、一緒に頑張ってくれよ)



 馬のたてがみをそっと撫でると、馬が短く嘶いた。

 元は魔獣使いの馬車を引いていた馬だけど、いつの間にか仲間意識が生まれていたのかもしれない。



「……いざとなったら、私を置いていっていいから」


「何を馬鹿なこと言ってるんですか」


「ば、馬鹿って何よ!」


「端から端まで馬鹿ですよ。変なこと言ってないで、ここから先の逃げ道を考えてください!」



 敬語ではあるが、だからなんだという話である。

 レンの声は普段の落ち着きを欠き、必死だ。

 どこか有無を言わさぬ強い声色のせいで、リシアは素直に言うことを聞いた。



「このまま真っすぐよ! 止まらないで走って!」


「はい! それ以外、逃げ場所はないですからねッ!」



 それからも馬を懸命に走らせた。

 二人が乗る馬はもうずいぶんと前から息を切らしていたのに、その脚は一向に勢いが変わらない旺盛さを誇った。



「この馬、凄すぎませんか!?」


「多分だけど、魔物の血を引いてるんだと思う!」


「なるほど、道理で!」



 懸命に馬を走らせた。

 更に一時間、また一時間と時間が過ぎていく。




 ――――やがて、遂に。



「リシア様ッ! あれが例の丘陵ですか!」



 森を抜け、広い丘陵が見えてきた。

 星明だけでも、この辺りは雲一つない空のおかげで森の中に比べて見通しが良い。



「うんっ! このまま丘陵を越えれば、人の住む場所までもうすぐよっ!」



 久しぶりの喜色が孕んだ声だった。

 レンもリシアの声を聞いて少し頬を緩める。



(良かった……)



 馬の奮起で順調だ。

 もしかすると、予定より半日近く早い時間で、森を抜けたのかもしれない。

 道理でギヴェン子爵の騎士たちが追い付けないのだ。




 願わくば、このまま最後まで。

 レンがそう願ったところで、彼は眉根を寄せた。



(ここで来るかよ――――お前ッ!)



 ……丘陵を進んだ先に、奴の姿が見えた。

 奴はそこにあった大岩の上に座り、頬杖をついてこちらを見ていたのだ。



 レンとリシアに緊張が走る。

 もう避けては通れない。

 いますぐ、戦う覚悟をしなければ。

 



「お前たちは、必ずここを通るだろうと思っていた」




 魔獣使いの声が、寂然せきぜんと揺れる草花の音をかき消した。

 その声を発した魔獣使いは大岩の上で立ち上がり、両腕を翼のように広げる。



 ……彼が着たローブの裾が靡いたことで、その両腕に複雑な紋様が刻まれているのが見えた。

 それを見たレンは、密かに眉をひそめたのである。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る