父の容態。

 夕方になる前に屋敷に帰ると、ミレイユが唖然とした顔でレンを迎える。



「ぜ、全部レンが倒してきたの!?」


「はい。こいつら、妙に好戦的に襲い掛かって来たので」



 その数は全部で十二匹。

 おかげで魔剣召喚術と木の魔剣に同じ数の熟練度が追加されていた。



「お父さんだってこんなに狩ってくることは珍しいのに……そ、そうだわ! どうやって運んできたの!?」


「半分は担いで、もう半分は森で見つけたツタで縛って、そのツタが切れるまで引きずってきた感じです」


「そ、そうだったのね……」


(……森で見つけたって言うのは嘘だけど)



 実はツタも木の魔剣で生み出したものだ。

 別のものを生み出せないかと探っていたところで、ゲーム時代の自然魔法を参考に実験をしてみた成果である。



 これは特に難しいことはない。

 木の根よ出ろ! ツタよ出ろ! と強く願って剣を振るだけでよかった。



(他には何も出なかったけど、あくまでも、自然魔法(小)だから仕方ないか)



 だが当然、木の魔剣を消したらツタや木の根は消えてしまう。



(あとは使い過ぎに注意ってとこか)



 自然魔法を使いすぎたらまずいこともわかっている。

 木の魔剣を召喚したときと似通った感覚が全身を駆け巡るから、ある程度魔力が消費されていることは承知の上だ。



 魔力も引きつづき成長させなければならない。

 そう再確認したレンの前で、ミレイユがリトルボアの様子を見て驚きの声を上げる。



「すごいわね! この毛皮ならお父さんが狩ってきたときよりも高く売れるわ!」



「え、どうしてですか?」


「大きな傷がないからよ。お父さんは剣で頑張ってくれてるから、どうしても毛皮に傷がついてしまうの。でもレンは木の剣で戦ってるから、全然傷がないわ!」



 違和感とまではいかないようだが、彼女はレンを見て戸惑っていた。



「レンに鉄製の剣じゃなくていいって言われたときは驚いたけど……」


「使い慣れてる方が安心できますから。それに、俺が持ってるスキルって、力が上がるスキルなのかもしれませんし」


「そうねー……おかげで私もお父さんもすごく助かってるわ。でも、絶対に無茶はしちゃ駄目よ」


「わかってます。男爵様の増援が来るまでの予定ですし、そこそこ頑張るくらいにします」


「そこそこのわりには、お父さんよりたくさん狩ってきてるわよ」


「偶然ですよ。リトルボアは俺を倒せると思って襲い掛かって来てるだけですしね」



 だから探す手間が省けているというのが大きかった。



(明日からも順調に倒せますように)



 ひとまず、あと一週間と少しは。

 レンは心の中で主神エルフェンに願い、うんと背を伸ばして声を漏らす。



「あっ! そういえば、森では迷わなかった?」


「大丈夫ですよ。母さんに聞いた通り、ツルギ岩を見上げて方角を確認してました」


「それならよかった。森の中で迷ったら大変だものね」


「あははっ……ですね」



 こうしていると、意外にも身体が疲れていたことに気が付く。はじめて森に入っての討伐をすることで、自分が思う以上に疲れを催していたようだ。 



「ふぅ……明日も頑張らないと」



 そう呟いたレンの横顔には、決意に満ちた力強い表情が浮かんでいた。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 二日目は初日と同じ数のリトルボアを。三日目は更に数を伸ばし、四日、五日と森に入るたびに戦果を伸ばした。



 怪我をすることなく七日目に突入し、日が傾きはじめた頃のことだ。



『坊ちゃんすごいね!』


『さすが若旦那の跡取りだ!』


『お、今日も頑張ったね!』



 森から帰ったレンの耳に届く村人たちの声。

 最近ではただ散歩をしていたときと比べて声を掛けられることが多かった。そのすべてが開口一番に称賛の声だったから、悪い気はしない。



 ただ、レンはレンで緊張の日々を送っているから、天狗になることもなかった。



(こう見ると、結構倒したんだなー……)



 レンは村人に返事を返すと、防具をめくり腕輪を見た。



 ・木の魔剣   (レベル1:97/100) 



 魔剣召喚術の熟練度は見なかった。

 リトルボアを倒すと魔剣召喚術と木の魔剣はいずれも熟練度を “1”しか習得できないから、魔剣召喚術の次レベルがまだ遠いことは知っている。



 先は長い。

 だが、木の魔剣のレベルが上がれば楽しみが待っている。

 ……というのは、



 ・鉄の魔剣   (開放条件・魔剣召喚術レベル2、木の魔剣レベル2)



 この鉄の魔剣のことだ。

 新たな魔剣が開放されると思うと、日々の戦いにも身が入る。

 これは文字を見るだけではただの剣のように思えるが、木の魔剣のように、特別な力があるはずだ……とレンは予想している。



 現状では鉄の魔剣の文字に触れても説明はない。

 これは恐らく、開放後に読めるようになるのだろう。



(鉄が特別な力を持ってるのは想像できないけど)



 いずれにせよ楽しみである。間違いなく明日には解放されると思えば、気分が高揚して仕方がなかった。



 レンの足取りは軽く、今にもスキップを披露しそうなほど。

 それでも多くのリトルボアをツタで縛り上げて運んでいるのだから、村人から見れば異様な光景だ。



 ――――しかし。

 その軽い足取りは、屋敷に近づいたことでピタッと制止した。



「…………どうしたんだろ」



 レンは屋敷の窓の奥で、廊下を忙しなく駆け巡る人影を見た。遠目にもわかる。いまのはミレイユとリグ婆の二人で間違いない。

 いったい、その二人がどうしてあんなに忙しなく……。



「ッ…………もしかして」



 レンはすぐに何かあったのだと思った。

 だから運んでいたリトルボアを乱暴に置くと、慌てて屋敷の中に入った。慌ただし駆けるミレイユはレンの帰宅に気づいていなかった。



 やはりおかしいと感じたレンは彼女の後を追い、彼女が駆け上がりはじめた階段を進んでいく。



「母さん! どうしたんですか!?」



 彼女がロイの部屋に入る直前、彼女が握ったドアノブの上から手を重ねて言った。



「レ、レン!? そ、そうね……もう帰る時間だったものね……っ!」



 どうにも挙動不審だった。

 レンのことを邪見にしているわけではないのに、すぐにでもレンの手を払って部屋の中に入りたそうにしており、視線が落ち着きなく左右に動いていた。



「あの――――」



 口を開いたレンに対し、いつの間にか近くに来ていたリグ婆が言う。



「坊ちゃん! 退いてくださいッ!」



 鬼気迫る表情で近づいたリグ婆はレンの身体を強く推すと、自らの手でドアノブを開けて部屋の中へ入っていく。

 その手には、煎じた薬草が入った木桶が握られていた。



「奥様もしばらく外にいるようにッ! 邪魔になりますからお部屋には入らないようッ!」



 するとリグ婆はガタンッ! という大きな音を立てて扉を閉じた。

 残されたレンは唖然とした。



 その隣にいたミレイユがそっとレンに手を伸ばすと、少し汚れた床に膝を付きレンの身体を抱き寄せる。

 ………その身体は小刻みに震えていた。



「父さんに何かあったんですね」



 レンの身体を抱くミレイユの腕に力が込められた。震えが更に増していく。



「母さん。俺に出来ることはありませんか?」


「…………ないわ」


「何でもいいんです。俺に出来ることがあれば何でも――――」「ないの。私にも、リグ婆にだってできないのよ」「――――どういうこと、ですか?」



 食い気味に説明したミレイユはレンと顔を見合わせた。

 彼女の瞳から零れ落ちた涙が床を濡らす。



「よく聞きなさい。――――お父さんはもう、駄目かもしれないの」



 震える声で言ったミレイユがつづける。

 事の発端は一時間ほど前であるそうだ。



「リグ婆が様子を見に来てくれてからすぐ、お父さんの様態が急変したの」



 気丈に言葉を紡ぐミレイユ曰く、ロイの様態は瞬く間に悪くなっていき、いまでは貴重な薬草をふんだんに用いてようやく生命を維持できているのだとか。

 このままなら、峠を越えるまで薬草を使えばどうにかなるようだ。



「薬草があれば大丈夫なら……」



「……ううん。もう……ないの。薬草は今晩の分しか残っていないのよ……」



 これこそ、彼女がもう駄目かもしれないと言った理由である。

 レンは絶句した。頑張ってきたことに対して報いがあるべきとは言わないが、それでも、こんなことはないだろうと怒りだってこみ上げてきた。



 両手の握り拳には爪が食い込んで、ポタッ……と鮮血が床に滴った。



「奥様ッ! 私の家にある調合箱を持ってきてくださいッ! 旦那に聞けばわかりますのでお願いしますッ!」



 リグ婆が扉から顔だけ覗かせて言った。



「わ、わかったわッ! それじゃレン、リグ婆の邪魔をしないで、お部屋で静かにしてるのよッ!」



 一帯の領主夫人を顎で使うような振る舞いのことを、この場の誰も気にしていない。

 ミレイユは当然と言わんばかりに立ち上がり、レンをもう一度抱きしめてから屋敷を飛び出した。



 ――――一方のレンはリグ婆が部屋に戻った後で、遠慮なしにその部屋へ足を踏み入れる。

 ミレイユには部屋にいるよう言われたが、話を聞かずにはいられなかった。

 ロイの部屋では薬草を調合するリグ婆が息をつく暇もなく薬草を調合していた。

 しかし、だからと言って遠慮している場合じゃない。



「リグ婆ッ!」



 レンは気後れすることなく声を掛けた



「必要な薬草って、この近くにはないのッ!?」


「この辺りにはもう自生していませんよッ! 昔はツルギ岩のふもと、、、に生えていましたけど、十数年前の寒冬で全滅してしまったみたいですからッ!」



 発せられた返事はミレイユの返事と違い明らかに煩わしそうだった。

 ロイを助けるために精一杯なときに、邪魔をするかのように声を掛けられたら苛立ちもしよう。



(薬草の特徴は……)



 レンはリグ婆が調合する前の薬草を見た。

 幸い、煎じられる前の薬草も置いてあったから、どういう薬草か見て取れる。

 それは五芒星に似た葉が特徴的で覚えやすい。



(――――薬草って、ロンド草、、、、のことだったのか)



 ロンド草というのは、七英雄の伝説におけるごく一般的な薬草だ。

 田舎生まれの主人公でも町の店から買うことが出来る程度の品なのだが、レンが住む村は田舎どころか相当な辺境。

 冒険者や商人が滅多に寄り付かない最果てにある。



 もちろんいくらかの備蓄はあったようだが、満足な数はなかったようだ。



(何度も使ったアイテムだ。見間違えるはずがない)



 であれば採取に行ける。

 リグ婆が口にしたロンド草の全滅という言葉を、レンは自分の目で確かめるまで信じることができていなかった。



 だから、こんなところでじっとしてはいられない。

 でも、恐れもあった。

 こんな時間から森に入ることに加え、あのシーフウルフェンの脅威が消え去っていない。

 なのにツルギ岩まで足を運ぶ……怖くて当然だった。



 しかし、



(……迷ってる場合かよ)



 自分が何もしなければ父は死ぬ、この言葉が脳裏を掠めた。

 また、その時間は刻一刻と近づいている。

 この事実が、レンの心に新たな恐怖を覚えさせた。

 


(行こう。他に道はないんだ)



 レンは握り拳に力を込め、勇気を振り絞って決断した。

 それからリグ婆に何も言わずにロイの部屋を出て、ふと、畑道を駆けていく母の姿を窓の外に見つけた。



「……ごめんなさい、母さん」



 その後姿に一言謝罪したレンは森を見る。

 彼は一人頷くと、視線の先にある森のさらに奥に目を向けた。

 その先にそびえ立っているであろうツルギ岩を見て、勢いよく屋敷を飛び出したのである。

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