檻の外へ
シヨゥ
第1話
常識とは檻である。つまり常識にこだわりを持つ人間は囚人といっしょだ。
常識という檻の中で暮らすことを、誰から強いられたわけでもないのに、自分で強いる。自ら行動を制限してなにが楽しいのだろうか。それが心地よいというならそれでもいいが、はっきり言って自分に酔っている勘違い野郎でしかない。はたしてその常識は誰が定めたものなのだろうか。
常識は社会によって作られる。
みんながこうしているから。こうしてきたから。こうされたから。
抗うことの難しい社会という巨大な何かによってぼくらの常識は形作られてきた。
社会という枠組みを生きるぼくらがそれに合わせるのはたしかに正しいことかもしれない。
しかし、社会を変えるのもぼくらであることを忘れている、いや忘れてようとしている人がなんと多いことか。
けっきょくのところ常識を作るのは今を生きるぼくらである。
先立たれた諸先輩方が作った常識にとらわれる必要なんてない。
だからぼくは先生に向かってこう言うのだ。
「大好きです! 付き合ってください!」
教師と生徒の恋愛なんて非常識。そんなの誰が決めた。ぼくはこの気持ちにうそをつくことはできない。いや嘘をつきたくない。
「気持ちはありがたいけど、関係性がね。あるしさ」
「教師と生徒という関係性ではなく、男と女という関係性で答えてほしいんです。常識なんて取っ払って、先生の本音が聞きたいんです」
常識を盾に逃げようとする先生をぼくは逃したくなかった。
「そうは言われても、ね」
「逃げようとするなんて先生らしくない。いつもサバサバしていて、思ったことをはっきり言ってくれる先生が大好きなんです。好きか、嫌いか。その2択でお願いします」
あおる様にぼくは言葉を重ねた。先生の瞳を瞬きもせずにじっと見つめ続けること数秒。
「分かった」
揺れのないまっすぐな一言が返ってくる。いつもの先生の声だ。
「私の負けだ。私は君が好きだよ。そういうまっすぐなところが好きだ。そのまっすぐなところがかわいいとも思う」
「それじゃあ」
「ただし!」
前のめりになったぼくの鼻先に人差し指が突き立てられる。
「次の関係性へ進むのは卒業を待ってだ。私はこの仕事が好きだからな。仕事を追われるようなことをするのはごめんだ」
「……わかりました」
それが妥協点だろう。
「助かる。それじゃあしばらくは教師と生徒というパートナーということで」
先生は握手を求めてきた。
「はい。よろしくお願いします」
その手を握り返したその瞬間、強く引っ張られた。体勢を崩し前のめりになったぼくの唇に先生の唇が重なる。
「よろしくな」
その顔を、その感触をぼくは生涯忘れないだろう。それが常識の檻を抜け出して感じた世界のはじまりなのだから。
檻の外へ シヨゥ @Shiyoxu
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