第3話
ジジイを連れて向かった先は同じホテルに併設されているとある施設だ。ホテルの裏側に入口があり、渡り廊下のような通路でホテルと接続している。外観はデカい体育館のような建物で、一体何の施設なのか一見しただけではわからない。とりあえず建物の中に入ると受付があり、係員が二人ほど待機していた。その横には「更衣室」と書かれた通路があり、奥の方で二手に分かれていた。
俺は受付を済ませ、男子更衣室の方へ向かった。
「ここは一体何の施設なんじゃ?」
ジジイはまだわからないという顔をしながら俺に聞いてきた。少し蒸している更衣室に入りながら俺は答えた。
「そろそろ気づいてくれよ。ここは室内プールだぜ」
ジジイの顔が変わった。すげえワクワクしている顔だ。
「さすがにこの季節だと海は厳しいけど、室内プールなら人もいるだろうし、ジイさんのお目当てもいるんじゃねえか」
空いているロッカーに荷物を入れ、俺は水着に着替えた。ジジイは着替えるわけでもなく、そわそわしていた。まあ幽霊だし着替える必要はないかと思いつつジジイのことを眺めていた。正直ちょっと気持ち悪い気がする。いやちょっとどころではない、結構気持ち悪い。だがまあやり残したことと言うくらいだし、それくらいになるのも仕方がないと考えた。
「さて、ジイさん行くぞ。心の準備は大丈夫か」
「もうとっくにできとるわい」
誇らしげな顔をしてジジイは俺より先に行こうとした。
更衣室を抜け、プールエリアに俺たちはやってきた。中はかなり広く、ウォータースライダーや流れるプールまである。ウォータースライダーがある関係だろうか、天井はかなり高く、それが余計に広く感じさせている。端の方には、小さな売店と休憩スペースがあり、ある程度くつろげるようになっているようだ。全体を見渡すと、客の数は決して多くはないが、この時期の割には随分にぎわっているように感じる。
「おい!あれ見ろ!」
ジジイが興奮気味に叫んだ。ジジイが指している方を見るとビキニを着た女性が二人、浮き輪につかまって流れるプールをぷかぷかと流れていた。さらにその向こうにも、同じように流れている女性グループが見えている。
「ああ………、ここは天国か」
「その天国に行くためにこんなとこに来てるんだけどな。どうだジイさん、満足したか?」
「いや、もっと近くに行きたい!アンタちょっと話しかけて来い」
「はああ!?」
このクソジジイ、ふざけたこと言いやがって。
「おいおい、男が一人で話しかけに行ったらどう見ても怪しい奴だろ。さすがに勘弁してくれよ」
「となると、わしゃ成仏できないかもしれないなあ」
そう言うとジジイは残念そうなふりをした。だがもっと近くに行かなければ成仏してくれない可能性もある。ひとしきり悩んだあげく俺は決めた。
「わかったよジジイ、一回だけだ。一回だけ挑戦してやるから、その老眼にしっかり焼き付けとけ。わかったか」
「いやあ助かるなあ」
ジジイはニコニコした顔をしている。一時の恥だと決心し、深呼吸をしてから流れるプールに向かった。
プールの水は、室内プールらしくぬるい温度となっていた。自分たちの少し前にさっきの二人組が流れている。俺は二人に追いつこうと、流れを使って追いつこうと床を蹴った。ふと横を見ると、ジジイがエロ男子中学生のような顔つきになっていた。
二人組に近づこうとしたそのとき、向こうもこっちに気付いたらしく、こちらの方に振り向いてきた。二人ともさっきと同じように浮き輪につかまっている。俺は一か八かで二人に話しかけた。
「こ、こんにちは~」
怪しい男が来たと言わんばかりの目つきで俺のことを見ている。俺は意を決して続けた。ジジイは自分が俺以外に見えないのをいいことに、二人に大接近していた。胸のギリギリにまで顔を近づけており、実際に見えていたら警備員を呼ばれるレベルだ。頼むからやめてくれ。俺は必死に見えてないふりをしながら二人に話した。
「も、もしよかったらなんだけど、向こうで一緒に飲み物でもどう?」
我ながら下手クソな誘い方である。いや視界に入ってくるジジイが悪い。ていうかジジイさえいなければこんなことをする必要はない。どうしようもない気持ちが頭をぐるぐる回った。
ビキニの二人は少し顔を見合わせてからこう言った。
「お兄さん一人でしょ?一人と二人じゃバランス悪いからさ」
「うんうん、そういう訳だから、別のとこあたってみてよ」
そういうと二人は近くのスロープを使って流れるプールから離脱してしまった。完全にフラれる形になってしまった。ジジイのためとはいえあまりにも恥ずかしい。一方そのジジイの方はホクホクした顔をしていた。
「いや~眼福眼福」
「アンタのせいで酷い目に遭ったんだが」
「まあまあ、それを言わんでくれ」
ジジイは満足そうな顔をしている。そりゃあんな近くで見れれば本望かもしれないが、本当にこんなので成仏できるのだろうか。
「ジイさん、これで未練はないか?」
「ああ、アンタのおかげでなんとかなりそうだ。ありがとよ」
ジジイは簡単に礼を言った。こんなジジイだが、これからいなくなると考えると、少し寂しい気もする。そんな複雑な気持ちを感じながら、俺はプールから上がった。
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