第2話

俺はある場所にジジイを連れていくために電車に乗りこんだ。当然だが、ジジイは幽霊だから、無賃乗車して俺の横に座っている。隣が空いている席を選んだのは間違いではなかった。

もう夏休みは終わり、世の中の人たちの出かける意欲も少なくなったのか、電車の中はまばらに人が座っている程度で、思っていたよりは空いていた。窓から見える景色が普段見慣れない風景に移り変わっていく。

車内のアナウンスが目的地の駅に到着することを告げていた。降りることをジジイに伝えるために横を見たら、ジジイはすっかり眠っていた。もうとっくに永眠しているくせにまだ寝足りないのか。仕方がないので小声でジジイに話しかけた。

「おい、もうすぐ降りるぞ」

しかしジジイは反応しなかった。それどころか、周りの乗客から怪しい目で見られた。そうだ、このジジイは俺にしか見えていないのだった。だが、あることを思い出した。ジジイは俺の近くに無理やり戻されてしまうらしい。つまり俺が電車を降りれば寝たままのジジイがそのまま降りてくれるかもしれない。

電車がホームに滑り込み、俺は降りる準備をした。ジジイはまだ寝ている。ドアが開き、俺は電車を降りた。そして、ドアが閉まり、電車がホームから去っていった。後ろを振り返ると、ジジイの幽霊が空気椅子よろしくそのままのポーズで線路上に浮いていた。シュールな光景だ。去っていく電車の音に気付いたのか、浮いたままのジジイはようやく目を覚ましたようだ。

「なんだ、もう着いたのか」

そののんきな声に、俺は呆れて溜息をついた。


駅を出てしばらく歩いたところに目的地はあった。ここは俺の住んでいる街から少し離れたリゾート地にあるホテルだ。この地域の中ではそれなりに大きな規模なのだろう。入口に前にはバスやタクシーが入れるロータリーがあり、近くの石碑のようなものにはお洒落な横文字でホテルの名前が書かれている。その後ろにはお洒落なホテル特有の水が流れる壁があり、ここがただのホテルでないことを感じさせる。やはりシーズンとずれた時期に来たからだろう、規模の大きさの割に客の数は少ないように感じる。

「なんだ、ホテルじゃないか。ワシが行きたいのは海だぞ」

ジジイがぶつくさと文句を言い始めた。

「まあまあジイさん、ここに来たのにはちゃんとワケがあるんだって」

なだめるように言い、俺とジジイは玄関の自動ドアをくぐった。もっとも、自動ドアが反応したのは俺だけだが。

カウンターで一人分のチェックインを済ませ、部屋に向かう。廊下のあちこちに美しい調度品が置かれており、このホテルの格式を物語っていた。こんなジジイと一緒でなければ、さぞかし快適な休暇を味わうことができただろう。しかし、今はそんなことを言っている場合ではない。平穏な生活を取り戻すためにも、今は我慢するしかない。

部屋に着き、一通り荷物を置くと窓際の椅子と机があるスペースにジジイと向かい合わせで座った。確かちゃんとした名前があったはずだと思いながら煙草に火を着けた。吐き出された煙が窓の外へ流れていく。

「良いホテルなのはわかるが、わしゃ旅行がしたかったわけじゃないぞ」

「ジイさん落ち着けって。さっきも言ったけどワケがあるんだってば」

「まあそれなら良いんだけどよぉ」

不満げな顔をしながらジジイは窓の外を見た。窓の外にはさっきまで歩いてきた街並みが見えている。確かにジジイの言うビキニを着た女がいるような海や浜辺は見えない。ジジイが不満なのもまあわかる。吸い終わった煙草を灰皿に押し付けながら、俺は言った。

「ひと休みできたし、そろそろ本命に行くぞ」

ジジイはなんだかよくわからんという顔をしている。俺はそれを横目に、鞄からスポーツメーカーのロゴが入った小さな袋を取り出した。

その袋を手にしながら、俺はジジイを連れて部屋を出た。

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