死んだジジイが俺に憑いてくる

なのさP

第1話

「はぁーっ」

仕事が終わり、溜息を吐く。少し寒くなったな、と空気を吸いながら感じる。そして、いつもの帰り道をいつも通りひとり歩く、つもりなのに、

「やあやあお仕事おつかれさん」

何故かジジイの幽霊が俺に付いてくる。いや、憑いてくると言うべきか。


このジジイは俺の家の隣に住んでいた。いつも白いシャツに腹巻きという正しい日本のジジイスタイルでいつも俺にお節介を焼いていた。短い白髪の頭をぽりぽりと搔きながら「よぉ、一杯やらねえか」と声をかけるのが日常だった。一度ジジイの家の縁側で吞みながら将棋を指したことがあるが、互いに意地を張り合って一晩中指し続け、べろんべろんになったことがある。途中から絶世の美女とは何かというくだらない議論が勃発していた記憶もある。

ウザいところもあるが、なんだかんだで良い隣人だったとは思う。そんなジジイだが、割とあっさり死んでしまった。回覧板を渡しにジジイの家に行ったら、縁側で横になっているのを見かけた。どうやらその段階でもう息を引き取っていたらしい。というわけで、第一発見者が俺ということになるらしい。

親族等はすでに他界しているらしく、身寄りのない老人を支援するボランティアと俺で身の回りの整理をした。遺品の整理をして気づいたが、どうやら結婚はしていたらしい。しかし随分昔に向こうへ行ってしまったようだ。それで隣に住む俺にちょっかいをかけていたのかもしれないと、勝手に納得をしていた。

ただ隣に住んでいただけなのに、こんな面倒くさいことに付き合う俺もかなりお節介だとは思うが、これまで世話になったことを考えれば、これくらいは恩返しの範疇に入るだろうと考えた。

しかし、一通り落ち着いて数日経ったある日、このジジイは無事に成仏するどころか現世にへばりついて、何故か俺に憑いてきやがった。そして今に至る、というわけだ。


家に帰ってきたは良いものの、やはりジジイが一緒に入ってくる。おいおい、俺のプライバシーはどうなってんだよ。

「おいジイさん、化けて出るのはしょうがないとして、なんでずっと俺に付きまとうんだ」

自分の分だけのお茶を淹れながらジジイに文句を言った。

「ワシだって好んでアンタのとこに居候してるわけじゃないぞ。遠くに行こうとしてもアンタの近くに戻されるんじゃ」

どういうシステムなんだ。まさか最後に会った人物を拠り所にしないといけないルールでもあるのか。

「じゃあ、なんで成仏せずに現世に居座ってんだよ。とっとと天国にでも地獄にでも行ってくれよ」

「それがよ、霊界の窓口とやらで、あなたはまだやり残したことがあるので成仏の手続きを受けられませんって言われちまったんだよ」

霊界の窓口?成仏の手続き?随分と事務的な世界なんだな向こうは………

「全然わかんねえよジイさん。冗談言ってる場合か?」

「ウソなんかついてねえよ。その窓口のねーちゃんが言うにはな、やり残したことをやってくれば手続きできるかもしれませんって言うんだよ」

思ったよりシンプルな仕組みかもしれない。お茶をグッと飲んでから言った。

「つまりアンタのやり残したことを片付ければいいんだな。ジイさん、アンタが生前やり残したことってなんだよ」

少しの沈黙のあと、ジジイは言った。

「ビキニのねーちゃんがたくさんいる海に行きたい!」

「………は?」

俺の隣人だった奴は、ただの変態ジジイだったようだ。

「おいジジイ、真面目に答えてくれよ。どこか綺麗な景色が見たいとか、そういう願望ねえのか」

「そんな願望はない!ビキニのねーちゃんがたくさんいる海に行きたい!」

二度も言いやがった。正真正銘の変態なのかもしれない。しかし、海と言ったって今は秋だ。ほとんどの海水浴場がもう閉鎖しているだろう。

「季節的に海水浴やってる奴なんかほとんどいねえよ。諦めな」

「となるとワシはずっとアンタのとこに居候し続けなきゃいけませんなぁ」

残念そうな顔をこちらに向けてジジイはそう言った。腹立だしいが、このままずっと憑かれたままなのも非常に困る。しかし、今の時期に海は難しい。うーんと悩んだあげく、一つだけ思いついた。

「ジイさん、海じゃねーけどビキニのおねーちゃんが見られるかもしれない場所ならあるぞ」

そう言いながら、俺はスマホを開いて、ある場所の検索を始めた。


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