第62話 甘い言葉

 

「本当にこれで私は聖女になれるの?」


 大神殿の一室。

 椅子に鎖で繋がれた金髪の美しい竜人の少女を前にして、デイジアは大司教に尋ねた。

 部屋には大きな魔方陣が描かかれ物々しい数の札があちこちにつけられている。


「はい。体を入れかえれば、ただし激しい痛みを伴いますが」


 そう言って、気を失っている竜人の少女の横に用意された椅子に座るようにデイジアを誘導する。


「かまわないわ、絶対あの女に復讐するまで終われない!!」


 そう言ってデイジアは歯ぎしりする。

 自分が今どん底にいるのはすべてソフィアのせいなのだ。

 あの女を見返さなければデイジアのプライドが許さない。


 そして冷たく捨てた母にも絶対に復讐してやる。

 そのためには手段など択ばない。


「立派な心意気でございます」


 そう言って、大司教は、デイジアを横に座らせるとにやりと微笑んだ。



 ◆◆◆


(おいしいっ!!)


 わたしは視察先のお屋敷で出してもらったケーキがおいしくて片手でほっぺを押さえた。

 竜王国ではこれがおいしいって表現なんだって。


「お気に召していただいたようで光栄です。

 ソフィア様のくださった苗から育てたコチの果実でつくったものですよ」


 視察に訪れた土地の領主様が教えてくれる。

 私たちは研究所で渡した苗を栽培している土地を見た後、領主様の館で食事を用意してもらっていた。


「ちなみにこれが既存品です」


 領主様がまた別のケーキを差し出してくれた。テオさんが鑑定したあとそれも食べてみるけれど、こっちは同じ実のはずなのに、すっぱい。でもそれはそれで美味しいの。

 そのほかお茶やジュース、ジャムなど差し出してくれるけれど、どちらもおいしいけどやっぱり味が違う。

 一つは甘味が強くて、もう一つは酸味のあとに甘味が来る感じ。同じ実のはずなのに。


「……ふむ。これも悪くないな」


 ルヴァイス様が既存品と私が改良した苗から作ったものを食べ比べて言う。


「はい。ソフィア様のくださった苗は甘味に特化しております。

 ですが既存のものの酸味のあるこちらの実もこの味だからこそ、できる料理があります。

 確かにルヴァイス様たちのくださった苗に切り替えることはできますが、慣れ親しんだ味の物の栽培をやめ、全部を切り替えろといっても納得できない領民もいるでしょう。

 聖気のない土地で育ち、栽培したときの収穫量が豊富なのはとても魅力的ではありますがその土地に慣れ親しんだ味というものもあります。

 特にこの土地に住むものは土着愛が強いのでこだわる傾向がありますので……」


 そういって領主様がルヴァイス様に申し訳なさそうに微笑んだ。


「あー、なるほどなぁ。そこは俺のミスだ。

 ちょっと甘味だのの数値にこだわりすぎた。

 既存の味になるべく似せるというのを忘れてたな」


 と、同席していたジャイルさんがぽりぽりと頭をかく。


「わかった、既存の作物に味を似せたものも、作成してみよう」


 ルヴァイス様がコチの実で作ったワインを見比べながら言う。


「わたくし共の意見を取り入れてくださり、ありがとうございます」


 領主様が頭を下げると、ルヴァイス様は笑って


「いや、貴重な意見だ。

 こちらこそ礼を言う。【聖気】と収穫量ばかり気をとられていてそういった観点がぬけていた」


「研究肌の人間はそういった点がいけませんね」


 テオさんがジャイルさんをちらりと見て、ジャイルさんがうっとする。


「あー、わかってるよ、そこは俺が悪かった」


「いえ、いただいた苗から作成した作物は【聖気】の加護のない地域で既存品の二倍の収穫量ですから、こちらが出回り次第、若い者にはその味が定着し、何十年か後には定着するでしょう。

 ただ年寄りは断固と「家庭の味」にこだわる傾向がありますから」


 そういって会話をしている大人の人たちを見て思う。


 やっぱり実際に育てるとなるといろいろ問題があるんだね。

 この視察が終わったら既存にある作物の味に似せたものを作ることになると思う。

 やることがいっぱいだから頑張らないと。


 私はケーキに視線を落とした。

 おばあ様が死んでからはいつも薄い味の野菜のちょっと入ったスープと固いパンしか出なかったから、私にとっては慣れ親しんだ味はあのスープとパン。


 レイゼルさんが作ってくれた食事も、お城で出る食事もおいしい味に感動してしまって、慣れ親しんだ味という発想がなかった。家庭の味かぁ。

 レイゼルさんがよく作ってくれたスープを思い出して、私はさみしくなる。

 また飲みたいな。


 レイゼルさんはいつ会いにいってくれるかな。


「どうしたソフィア?」


 ルヴァイス様が聞いてくれて、私は「あー」って微笑んだ。

 そうするとルヴァイス様がふむと頷いてくれて。


「……そうだなこれからは定期的にソフィアの好きなものをだすようにしよう。

 それが私とそなたの家庭の味になるだろう?」


 耳元でそうささやいてくれて手の甲にキスしてくれる。

 それがうれしくて私は顔がかぁぁぁって赤くなる。


 前に座っていた領主様が顔を赤くして視線をそらして、ジャイルさんが「あーまたやってる」とお菓子をぱくぱく食べだして、テオさんは咳ばらいをしていた。

 キュイは「きゅいー♪」と甘いお菓子をパクパク食べてる。


 ……番のふりってやっぱり大変。

 ルヴァイス様が恥ずかしい事を平気で言うんだもん。うれしくて心臓がもたない。


 ありがとうルヴァイス様。毎日とっても幸せだよ。


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