第7話 レイゼル視点

『レイゼル。いい響きだと思わない?』


 そう言って、記憶をなくしていたレイゼルを拾ってくれたのは現聖女デイジアの母グラシアの妹カチュアだった。

 歴代聖女の中でも【聖気】が強く、国を繁栄へと導く心優しい聖女。

 茶髪の美しい女性。

 

 記憶をなくし、ただ茫然と見知らぬ地の花畑で立ち尽くしていたレイゼルを拾ってくれたのがカチュアだった。

 誰もが反対する中、カチュアはレイゼルを自らの従者にした。

 記憶をなくしたレイゼルを差別することもなく優しく接してくれた聖女。

 レイゼルがカチュアに思いを寄せるのは当然だったともいえる。


『この魔法の事は決して他の人にはいってはだめよレイゼル。きっと利用しようとするものがいるはずだわ』


 レイゼルが力を見せたとき、カチュアが言った言葉がそれだった。


『でもすごいわね。この力があれば【聖気】がいらない作物がつくれるかもしれないわ』


「……【聖気】がいらない作物ですか?」


『そう、この世界の作物は育つのにどうしても過剰の聖気を必要としているの。

 だから世界に聖気を分け与えられる聖女が必要。


 でも、作物が育つのに【聖気】が必要じゃなかったら……世界はもっと自由になるんじゃないかしら。

 聖女のいる神殿に縛られない世界に。

 あ、これはみんなには内緒ね、聖女の私がこんなことを言っては怒られてしまうわ』


 そう言って笑ったカチュア。

 その姿がソフィアと重なった。

 カチュアもまた、聖女に頼らないと立ち行かない世界を疑問視していたからだ。


 カチュア死後、レイゼルは無理やりグラシアの男妾の一人として召し抱えらた。

 グラシアに比べて、すべてにおいて優れていたカチュア。

 それが故、グラシアはカチュアが憎くてしかたなかった。

 カチュアが愛したレイゼルを無理やり自分の男妾にしたのも妹への当てつけがあっただろう。


 レイゼルとなら金髪の美しい子が生まれると期待していた。

 だが生まれたのはグラシアが憎んでいた妹カチュアによく似た茶髪の少女ソフィアだったのだ。

 それが故、グラシアの憎しみは全て妹に似ていたソフィアにむいてしまった。


 茶髪の妹 カチュアに 金髪の姉のグラシア

 茶髪の妹 ソフィアに 金髪の姉のデイジア


 グラシアが自分たちの幼少時代を重ねてしまい、ソフィアを差別するようになったのだ。

 カチュアとグラシアの母であり、ソフィアの祖母である先々代聖女が居た頃はまだよかった。

 だが先々代の聖女が死ぬと、ソフィアへの差別はよりひどくなり――とうとうデイジアに力を譲渡するために、本来なら禁呪とされている【セスナの炎】でソフィアは焼かれてしまう。

 焼きただれて息も絶え絶えのソフィアを連れてきて、レイゼルに渡した時のグラシアの顔はいまだにレイゼルは忘れられなかった。


「貴方の大事なカチュアが戻って来たわよ? 看病してあげたら?」


 勝ち誇った表情。


 レイゼルとソフィアは神殿の隅にある離れた小屋を与えられ、そこで二人で暮らす事になる。

 わずかばかりの食料と薬を与えられ、苦しめといわんばかりに。


 結局――ソフィアが酷い扱いを受けているのは、カチュアとレイゼルに対する当てつけでしかない。


 カチュアの死後、生きる意味を見いだせずすべてに流されグラシアと関係を持った事が全ての間違いだった。


(こんなひどい運命を背負わせるために、子をなしたわけじゃない)


「あー」「あー」と心配そうに自分の背をさする自らの娘を抱きしめる。


 どうか、これからは幸せに暮らしていけるように――と。

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