第8話 グラシア視点



 がしゃぁん!!


 リザイア家の神殿で、グラシアの投げたグラスが床にはじけて盛大に割れた。

 グラシア用に用意された執務室で、グラシアはいらだちまみれにワイングラスを投げたのだ。

 慌てて部屋にいた侍女たちが片付けにはいるが、グラシアはそれも気に入らなくて、ちっと舌うちした。


 グラシアがイラつくにはわけがあった。

 帝都の西に100年に一度現れるという厄災の魔獣が復活したのである。

 魔獣は瘴気を放ち、その地を瘴気に染めてしまう巨大なトラ型の獣。

 放っておけば世界が滅びかねず、人間の国すべてが協力して倒さなければならない人類の脅威。

 その魔獣討伐のために神殿中があわただしくなっている。


(なぜ私の代で魔獣なんて面倒なものが復活するのかしら――)

 

 そう思いグラシアはいらだちながら爪を噛む。

 

「魔獣討伐の進行はどうなの?」

 

「はっ。今討伐部隊を編成しているところです」


「任せるわ、まったくなんで私の代でこうも問題が」


 そう言ってグラシアは頭を抱える。

 以前だったらイラついたときソフィアをなじって憂さを晴らしていたが、今はソフィアは喉が焼けたたれろくにしゃべれず、ベッドで寝たきりのはずだ。

 そんな役立たずに嫌味を言ったところで憂さがはらせるとは思えない。


「そういえば最近、ソフィアの様子はどうなの?」


 火傷が酷くて動けないと報告を受けてからは、満足してしまってすっかり興味をなくしていた自らの娘を思い出し、グラシアが訪ねる。


「はっ。お世話係と散歩にでているのはよく見かけるようです」


「散歩?そこまで回復したの?」


「はい。全身酷い火傷とは聞き及びますが」


「……まさかそこまで回復するなんて」


 ただでさえ魔獣の件でイラついているのに、ソフィアでむかつくことになるなんて。

 あんな出来損ないの娘、火傷で苦しみながらベッドで悶え死ねばよかったのに。


 母のイラつきに、隣でお茶を飲んでいたデイジアがため息をついた。


「お母さま、確かそのお世話係は回復魔法を使えたのですよね?」


「ええ――そうだけれど」


「でしたら、魔獣盗伐で派遣してしまえばいいのよ。

 そうしたらあの子一人なら何もできなくて野垂れ死ぬんじゃないかしら。

 ついでだからそのお世話係の死体を目の前に置いてあげてもいいかも」


 そう言ってデイジアはなんの悪意もなく微笑んだ。

 

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