第11話登校初日

 堀腰学園の芸能科への通学初日がやってきた。


「おお、ここがあの堀腰学園か……」


 学園の正門前に立ち、思わず感慨深くなる。

 なぜなら、この堀腰高等学園は全国でも数少ない、“芸能科”がある特別な高校。

 創設約40年間で、数々のアイドルや俳優を輩出してき聖地なのだ。


「ネットや動画では見ていたけど、こうして実際に見るとオーラが凄いな」


 堀腰学園は芸能科があるために、普通の高校と雰囲気が違う。

 敷地の周囲は高い塀で守られており、出入り口には専任の警備員がガードしている。

 アイドルオタクや芸能リポーターは中を覗き込むことすらできない、厳重な雰囲気なのだ。


 転校初日ということもあり、オレは普段よりも朝早くに登校している。他の生徒の姿は正門には見えない。


「あっ……警備員さだ」


 噂をすれば影が差す。正門で立ち尽くしているオレに向かって、警備員が近づいてくる。

 お仕事ご苦労様です!


 ん?

 でも警備員さんはどうして、そんな険しい顔をしているんだろう?


「えーと、そこのキミ? ここは当校の敷地内だから、立ち止まらずに退去してください」


「えっ? オ、オレのことですか⁉」


 あっ、しまった。そういうことか。


 急に転校が決まったために、堀腰学園の制服が届いていない。今のオレはまだ前の制服を着ているから、他校生に勘違いされてしまったのだ。


「実は今日からこちらでお世話になる市井ライタと申します。これが転校証で、こちらが芸能事務所からの書類です!」


 転校生である証明書を、慌てて鞄から取り出す。これで誤解を解いてくれだろう。


「ふむ……芸能科への転校生だったのか、キミは? それにしてもあまり芸能人っぽくないな。では通りなさい。事務室はそこの建物の一階にあるぞ」


「あっ、はい、ありがとうございます!」


 多少のトラブルはあったものの、親切な警備員さんのお蔭で、事務室にたどり着くことにできた。


 関係書類を事務員さんに見せて、事務室で説明を受けていく。


「……以上が当芸能科でのカリキュラムと校則となります。理解できましたか、市井ライタ君?」


 芸能科であるために仕事用の頭髪に関してはかなり寛容だが、それ以外に関しての校則がかなり厳しい学校だった。


 特に制服の乱れや、校内での男女恋愛の禁止など、普通の高校より厳しい校則が多いのだ。多感で思春期の高校生にとっては、かなり窮屈な規則だろう。


「はい、分かりました。今後はよろしくお願いいたします!」


 だが前世ではブラック会社で働いていたオレにとって、この程度の校則を守ることは特に問題ないない。

 むしろ校則が厳しいほど、なんか安心さえしてしまう。


「そろそろ朝のホームルームが始まっているので、クラスに案内しますね」


 事務員さんに案内されて、教室前まで移動していく。

 説明時間がけっこうあったため、既に他の生徒たちは教室に入っていた。時間的に朝のホームルームをしている最中だ。


「こちらがクラスとなります。当校の評価システムによって一年D組になります。色々と大変かもしれませんが、これから頑張ってください」


「色々と大変……? はい、こちらこそ頑張らせていただきます!」


 事務員さんは少し変なことを言っていたが、あまり気にしないでおく。

 何故なら今のオレは緊張と興奮の最中にいたから、余計なことを考えている余裕がないのだ。


(さて、いよいよ芸能科に入っていくのか、オレは⁉ よし……最初の印象は三年間を決める、という言葉があるから、元気よく挨拶をしよう!)


 そんな気合いを入れていると、教室の扉が開く。

 中にいた担任の教師から、中に入るように指示される。


 教室の前の一段高い教壇の上に、オレは案内される。

 うっ……緊張のあまり、教室の中を見回すことはなだできないな。


「えーと、それは新しいクラスメイトが転校してきました。それは自己紹介をどうぞ」


 担任に促されて、ついに自己紹介タイムとなる。


「ふう……市井ライタと申します! 趣味は“映像鑑賞”です! みなさんよろしくお願いいたします!」


 深く息を吸って、一気に自己紹介をする。挨拶内容はこの数日間で考えたものだ。


 ちなみに本当の趣味はアイドル鑑賞だが、映像鑑賞と言い換えてある。


 なぜなら芸能科に転校してきた奴が、いきなり『オレの趣味はアイドル研究と鑑賞です!』と言い出したら、ドン引きされるに違いないからだ。


 さて、クラスメイトの反応は大丈夫かな?


 し――――ん


 教室の中は気まずく静まり返っていた。


 ああ、これは……もしかしたらオレは滑ってしまったのだろうか?


 多くの人は無言でオレのことを見てくる。まるで何かを観察しているような視線だ。


 それ以外の人は、最初から興味無さそうに、視線すらこっちに向けていない。


 さすが芸能科ということもあり、クラスの皆は美男美女が多い。だが異様に重い空気にさせてしまい、そんなことに喜んでいる余裕すらない。


 うっ……なんだ、この気まずい重い雰囲気は?

 まるで品評会に出された豚のような気分だ。


 ――――だが、そんな時だった。


 パチ、パチ、パチ!


 誰か一人が、精一杯の拍手をして歓迎してくれた。

 おお、嬉しい! 

 いったいどんな人だろう?


「ん……チーちゃん⁉」


 視線を向けて気が付く。

 なんと拍手をしてくれたのは大空チセことチーちゃんだった。

 満面の笑みで一生懸命に拍手をしてくれている。


 ……パチ、パチ、パチ


 感化を受けたかのように、他の数人もまばらに歓迎の拍手をしだす。

 ほとんどの人が『仕方がない』といった感じだけど、それだけも有りがたい。


 何故なら“あの”堀腰学園の芸能科の人たちに、感謝の拍手を受けているのだ。それだけでオレは天国に舞い上がる気持ちなのだ。


「えーと、それでは市井ライタ君の席は、そこにどうぞ」


「はい、分かりました」


 担任の先生に指示されて、自分の席に移動する。窓際の明るい席だ。


「ライタ君、おはようございます。隣の席だね、私たち……」


 驚いたことに、席の隣はチーちゃんだった。

 彼女は何故か頬を赤くしながら、小声で挨拶をしてくる。


「こっちこそ、よろしくね」


 チーちゃんと軽く挨拶を返す。

 本当はちゃんと話もしたいが、これから授業も始まってしまう。


 あと、堀腰学園内では男女交際は、校則で禁止されている。

 ということは公の場では、あまり女生徒は視線を合わせたり、話さない方がいいかもしれないだろう。


「……えー、それでは一限を始めるぞ!」


 そんな感じで自重を心がけていたら、一限の授業が始まる。


(よし! 勉強も頑張るか!)


 学生の本分は勉強。気合を入れて午前の授業に挑むのであった。


 ◇


 午前の授業が終わり、昼休みになる。

 芸能科といえども授業の内容は、特に変わったことはなかった。国語や算数、英語など普通の高校と同じように授業だ。


「ふう……あっという間に昼休みか。それにしても……」


 午前を乗り切って、少し気になることが何個あった。鞄から弁当を出しながら、思い出していく。


(このクラスに人たちって、休み時間も静かというか、なんかピリピリしていたよな?)


 普通の高校だと休み時間ごとに、教室内は生徒同士の雑談で騒がしくなるもの。


 だがこのクラスの生徒は、休み時間でも騒ぐ人がほとんどいなかった。

 休み時間、彼らは各自で本を読んだり、何やら作業をして人がほとんどだった。

 他人と絡んでバカ騒ぎしている人がおらず、なんというか大人しい雰囲気だったのだ。


(あと、どうして、今日はこんなに欠席して人が多いだ?)


 もう一つ気になったのが、クラスに異様に空席があること。全体の三分の一が欠席しているのだ。

 今は特に風邪やインフルエンザが流行っている時季じゃない。

 それならこれらはどういうことだろう?


(あっ、そうだ。チーちゃんに聞いてみような?)


 この学園で知り合いは彼女しかいない。

 午前中の休み時間では、周りの視線が気になるから彼女とは一回も話せなかったが、今は長い昼休み時間。


 校内のひと気のない所で、ゆっくり彼女と話しができるかもしれない。

 あっ、それなら一応、弁当も持って行こうかな?


 今日は天気もいいから、敷地内のベンチで、弁当を一緒に食べられるかもしれない。まさに夢にまで見た明るい学園ライフだ。


 ――――だが、そんな時だった。


「なぁ、自分。あのビンジー芸能の新人君やろ?」


 なんと弁当を手にしたオレに、いきなり声をかけてきたクラスメイトがいた。

 長めの金髪の男で、耳には何個もピアスを開けている跡があり、喧嘩も強そうな雰囲気。


 生粋アイドルオタクをしている自分とは、まるで別世界の住人だ。


「は、はい、そうだけど……」


「それなら、この昼休み、ちょっと校舎裏に顔貸してくれへん?」


「えっ……校舎裏に⁉」


 こうして明るい学園ライフの夢は、瞬時に海の藻屑と消えてしまう。


 転校初日なのに、怖そうなクラスメイトに校舎裏に連行されてしまうのであった。

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