第8話再演技
自分が本当に合格したのか、ビンジー芸能に確認にきた。
レッスン場で鉢合わせしたのは例の二人組、チーちゃんをイジメていた気の強そうな女子だった。
「どうしてあんな奴が合格して、私たち二人は不合格なんですか⁉ 納得がいきません!」
「あいつの演技は意味不明だったし、素人丸出しで、私たちの方が何倍も上手かったのに⁉」
「やっぱりコネとか、そういうですか⁉」
二人は面接を行った事務所スタッフに対して、かなり強気で言い寄っていた。
雰囲気的に彼女たちは不合格だったのだろう。かなり納得がいっていない様子だ。
合格通知を手にしたオレを睨みながら、面接官に対して意見していた。
「落ち着いて下さい、二人とも。オーデションは公平に審査して、皆さんに結果をお伝えしております。不合格だった方は、残念ながら今回は当事務所とご縁がなかったということで……」
面接の女性スタッフは三十代くらいの女性。眼鏡をかけたキレイ系のお姉さんっぽいタイプだ。
興奮する高校生の女子をなだめるように、冷静に対応している。
「えー、公平な審査って、どうき基準なんですか⁉」
「ちゃんと公表してくださいよ! 納得がいきません!」
「いや、だから、そういのは……」
段々と二人組は言葉が悪くなっていく。女性スタッフはかなり困っている様子だ。
あっ……よく見ると、女性スタッフのこめかみがピクピクしてきている。
かなり怒りを抑えているのかもしれない。これはマズそうな雰囲気になってきたぞ。
――――そんなレッスン場が緊迫している時だった。
「おーい、ミサエちゃーん。どこにいる? おっ、そこにいたか?」
レッスン場に、別の事務所スタッフが入ってきた。
四十代くらいの大柄の男性だ。
この人は……先日のオーデションで見たことがある。ずっと椅子に座って、無言で審査して強面の人だ。
「ん? どうした、ミサエちゃん? トラブルか?」
「あっ、社長⁉ はい、申し訳ありません。実は……」
なんと強面の男性は事務所の社長だった。ミサエと呼ばれている女性スタッフは、小声で社長に事情を説明している。
「……なるほど、そういうことか。がっはっはっは! そいつは災難だったな、ミサエちゃん」
説明を聞いて強面社長は豪快に笑いだす。先日のオーデションではずっと無言だったので、やけにイメージが違う。
「もう、笑いごとじゃないですよ、社長! でも、どう対応しましょう?」
「そんなのは簡単だ。その不合格な二人の嬢ちゃんに、合格した兄ちゃんの実力を見せたらいいんだろう?」
そう言いながら強面社長は、こっちに近づいてくる。
うっ……近くで見ると、本当に怖い顔だぞ。
社長というよりはまるで“組長”……カタギではない職種の怖さがあるぞ、このオジさんは。
「えーと、たしか市井ライタだったか?」
「は、はい! 市井ライタと申します。本日お邪魔したのはどうして、自分が合格したかの問い合わせでして……」
「それじゃ、ライタ、また三分ばかり演技をしてくれ」
「へっ? 演技……をここで、ですか?」
いきなりの指示だったので、思わず変な声を出してしまう。
どうして合否の質問にきただけなのに、また演技をしないといけないのだろうか?
あっ……もしかして。これは再オーデションなのだろうか?
前回オレは途中で逃げ出したから、また改めて審査をするのかもしれない。それなら仕方がないな。
「今回はあの二人にも分かるように“簡単”なのにしてくれ。お前、普通の日本映画の演技もできるか?」
「えっ? 日本映画ですか。はい、一応はできます」
前回のオーデションの時は、外国の無声映画の演技をした。そのため面接官には表現が伝わっていなかったのだろう。
社長から改めてお題を出された。
「えーと、それじゃ、27番、市井ライタやらせていただきます!」
事情はまだ理解できていないけど、再審査の場を与えられたのは有りがたい。オレはリュックを降ろして演技の準備をする。
――――そんな時、例の二人が大きな声を上げる。
「ちょっと、オジさん! いきなり割り込んできて、どういつもり⁉」
「社長っていうことは、この事務所の偉い人なんでしょ⁉ だったら、ちゃんとウチらが不合格な理由を説明してよ!」
怖いモノがない女子高生なのだろう。強面社長にも噛みついていく。
「不合格の理由が知りたいだと? それなら黙って見ていろ。それが答えだ」
強面社長は得体のしれないオーラの持ち主。
「「うっ……くそ……」」
怖いモノ知らずの二人を、たった一言で黙らせてしまう。二人は八つ当たりかのように、怖い顔でオレを睨んできた。
おかげでレッスン場にいる全員の視線が、準備中のオレに向けられる。
(さて……と)
だがオレは視線がすでに気にならない。
意識を集中しているため、外部の雑音や視線がカットされているのだ。
(お題は『あの二人にも分かるように』で『日本映画』……か。それならアノ映画がいいかな?)
最近、日本の若者の間で大人気となった映画がある。あの映画なら女子高生の二人も観たことがあるだろう。
映画のワンシーンを思い浮かべて、集中していく。
(前回は気合いが入り過ぎて、ちょっと“深く潜り”すぎたから、今回は“ほどほど”にしておこう)
意識を集中して、主演俳優と自分のイメージを重ねていく。
演技するシーンを脳内に透写。
透写した演技と自分の意識がシンクロさせる。
(よし、いくぞ!)
シンクロが完了したところで、演技を開始。
主演俳優として、映画のワンシーンを演じていく。
今回演じているのは映画のクライマックスで、かなりセリフが長いシーンだ。
だが特に問題はない。
演技やセリフは記憶しているのではなく、イメージとして脳内に残しているだけ。
そのため一度見た演技を間違えることはないのだ。
よし、今回もいい感じ。
最後まで自分なりに完璧に演じることができた。
「ふう……こんな感じかな?」
無事にもワンシーンの演技が完了。
演技から意識を戻す。
現実世界のレッスン場に意識を向ける。
あっ、そうだ。
今度はちゃんと演技ができたか、強面社長に確認をしてもらわないと。
――――だが先に声を上げたのは、例の二人組だった。
「えっ……今のって、『永遠の愛の彼方へ』のワンシーン⁉」
「あ、あの難しい映画を……完璧に演技をしていなかった、あのオタク君……!?」
「と、というか……あのオタク君が、主演のムラタク様に見えちゃったんだけど……⁉」
「ウチもそう見えたよ……ど、どういうことなの、今のは⁉」
二人は声をあげながら絶句して立ち尽くしていた。
まるで信じられないモノでも見るかのように、オレのことを凝視してくる。
いったい、どうしたのだろうか?
そんな不思議な現象が起きている時、強面社長が口を開く。
「お前たちも一応は芸能人を目指した身、それなら今のコイツの演技の凄さも体感できただろう? 前回のコイツの無声映画の演技は、ハイレベルすぎてお前らには理解不能だったはずだ。つまり芸能界っていうのは、こういうレベルじゃないと足も踏み入れられない世界。だからお前たちは不合格だった、という訳さ」
「「うっ……くっ……」」
強面社長の説明を聞いて、二人は言葉を失ってしまう。ぐうの音のも出ていない。
何やら自分の不甲斐なさと無力さに、恥ずかしそうにしている。
でも、どうしてオレのつたない演技を見て、彼女たちはこうなってしまったのだろうか?
「し、失礼しました!」
「か、帰ります、ウチら!」
二人には何かを察して、急にしおらしい態度になる。急いで荷物をまとめで、レッスン場を逃げるように飛び出していく。
出口に付近にいたオレとすれ違う時、二人の異変に気がつく。
「うっ……芸能界なんて、やっぱりウチらには……」
「もう……ぜったい夢なんて見ないから……」
二人は顔を隠しながら涙を浮べていた。驚きの表情だった。
だが何となく察する。
芸能界を夢見ていた二人は、“何か得体のしれない現実”を突きつけられて、芸能界を夢見ていた心が折れようとしていたのだ。
「「うっ……」」
二人はそのまま廊下に飛び出して、エレベーターホールへと駆けていく。
「さて、待たせたな、市井ライタ。それじゃ次はお前の質問に答えるとするか」
「ありがとうございます。でも、ちょっと待ってください! すぐ戻ってきます!」
「はぁ?」
強面社長の説明を一時中断してもらい、オレもレッスン場を飛び出していく。
向かう先は二人が乗り込んでいくエレベーターの中。
廊下を全力でダッシュして、なんとか扉が閉まる前にギリギリで間に合う。
「えっ⁉ きゃっ⁉ なに⁉」
「ウ、ウチらをボコりに来たの⁉」
いきなり全力疾走の男が、エレベーターの扉を抑え込んできたのだ。
二人はギョッとして、怯えた顔になっていた。
「いきなり、ごめんなさい! でも、これだけは伝えたいんです! 二人とも先日のオーデションの自己アピールは素敵でした! 歌もダンスも演技も、本当に良かったです!」
オレが急いで伝えたかったのは、二人の自己アピールの内容について。
たしかに二人とも褒められた性格ではないかもしれない。
でも、先日の自己アピールを見たオレは感じていた。
この二人はチャラそうに見えて、実は演技とアイドルに関して、本気なことを。
今まで見えないずっと努力をしてきた人物なことを、感じていたのだ。
その証拠の一つは、彼女たちが今この場に来ていることだ。
普通は不合格の通知を受けた者は、わざわざ事務所に理由を訪ねに来たりはしない。
おそらく彼女たちは『絶対に女優・アイドルになりたい!』という想いが強すぎて、ここまでやってきた。
つまり上辺だけではなく、本気で芸能人になりたい二人なのだ。
「オレが言うにも変だけど……二人とも、夢を諦めないでください! 諦めなければ、どんな形になるか分からないけど、絶対に花を咲かせることはできます!」
だからオレは伝えたかった。
先ほどの彼女たちが『ウチらには無理』と『もう……ぜったい夢なんて見ないから……』と心が折れかけていたことを、見過ごすことが出来なったのだ。
「ちょ、ちょっと、あんた、いきなり何を言いだすのよ⁉」
「そ、そうよ……あんたみたいに才能の奴に、そんなに褒められたら、どう答えたらいいのよ……」
二人の表情が急変、顔を赤くして困惑していた。
困惑しながらも、何やら凄く嬉しそうな顔をしている。
ああ、しまった!
これはオレ、またやってしまったかもしれない。
何故ならいきなりオタクな男に説教されたら、困惑するのも無理はないだろう。
「いや……いきなり意味不明なこと言ってごめん。あっはっはっは……」
狭いエレベーターの中で気まずくなったので、笑ってごまかす。
変な汗を額にかいてしまったので、前髪をかきあげて汗をふく。
ふう……これでスッキリしたぞ。
「えっえ――――⁉ あ、あんたって、そんなにイケメンだったの⁉」
「ちょ、ちょっと、マジ心臓止まりそうなんだけど⁉」
「まつ毛長すぎイケメンすぎ……」
ん?
どうしたのだろうか。何やら二人の態度が更に変化していた。
口を押えながら絶句している。
前髪を上げたオレの顔を凝視して、目がハートマークになっていた。
これはいったいどうしたのだろうか?
「あっ、ごめんごめん。こんなキモオタが近くにいたら気持ち悪いよね!」
相手の反応がおかしい理由に、ようやく気がつく。
何しろアイドルオタクな男がエレベーターの扉を開けたまま、興奮して説教していたら誰だった怖いはず。
「色々と変なこと言ってごめん! それじゃ!」
オレはエレベーターから離れて、二人に頭を下げる。エレベーターの扉がゆっくりと閉まっていく。
「「あっ……」」
二人は何かを言い出そうとしている。
もしかしたら罵声をぶつけてくるかもしれない。覚悟をしておく。
「あ、ありがとう、イケメンオタク君……」
「ウチら、諦めないで……また他のオーデションもまた受けてみるよ……」
だがエレベーターの扉が閉まる前に聞こえてきたのは、何やら別の言葉。
よく聞きとれなかった。
でも『芸能界への夢は諦めない』二人が口にしていたように聞こえたのだ。
チーン。
エレベーターは行ってしまう。
誰もいなくなったエレベーターホールに一人で立ち尽くす。
(あの二人……まだ夢を諦めなくて、よかったな……)
何が起きたか理解はできていなかった、それだけは感じていた。
きっとあの二人は今後も他のオーデションを受けていくのだろう。
彼女たちが芸能人になれるかは、神のみぞ知る世界。
だが夢さえ諦めず努力を重ねて、なんどでもチャレンジしていけば、必ず形は実るかもしれないのだ。
「ふう……なんか、良かったな……」
最悪の別れぎわは何とか回避。おかげで心がポカポカしてきた。
「あっ……そうだ⁉ レッスン場に戻らないと!」
エレベーターホールで立ち尽くして、ふと我に返る。
そういえば事務所の人を待たせたままだった。
早く戻って話の続きをしないと。
どうして自分が合格できたか、どうしても知りたいのだ。
チーン♪
そんな時、エレベーターの音が鳴る。
誰かがこの階に降りてくるのだ。
「……あっ、ライタ君⁉」
エレベーターから降りてきたのは、先週ここで会ったばかりの少女“大空チセ”だった。
オレの顔を見て、困惑しながらも嬉しそうな顔をしている。
「もしかしてライタ君も合格だったの⁉」
「うん、まぁ、一応はそうみたい。あれ? 『も』ってことは……もしかしてチーちゃんも⁉」
「はい、そうです! これからよろしくお願いいたします、ライタ君! 嬉しいな……」
まさかの事件が起きていた。
前世ではビンジー芸能のオーデションを落ちていたはずのトップアイドル“大空チセ”が、同じ事務所に合格して同期になろうとしていたのだ。
これは何が起きたのだ?
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