第6話自己アピールタイム

 芸能事務所にオーデションを受けにきて、いよいよ自分の番となる。

 だが困った事態が起きてしまう。


(ん……待てよ? 何をアピールすればいいだ、オレは⁉)


 三分間の自己アピールで何をするか、実は事前に考えてこなかったのだ。


「27番の方、大丈夫ですか? 何かトラブルでもありましたか?」


 立ち上がったまま固まったオレを、面接官は心配そうにしてくる。


 これはヤバイ。ちゃんと自己紹介をして自己アピールを開始しないと。


「大丈夫です! 27番、市井ライタ、元気です!」


「元気そうですなによりでる。ちなみに市井ライタ君、キミは“アイドル部門”と“俳優部門”のどっちに応募ですか? 応募用紙の項目は空白でしたが?」


「それは……えーと……」


 面接官に確認されて思わず言葉を失ってしまう。


 本当は俳優部門でオーデションを受ける予定だった。

 だが土壇場になって迷って、項目を消してしまったのだ。


(よく考えたらアイドルになるアヤッチの近くにいるなら、やっぱりアイドル部門を受けた方がいいんじゃないか⁉ いや、でもオレはアイドルの才能は無さそうだからな……いや、だからといって俳優の才能がある訳じゃないんだけど……)


 迷って消したのはこうした理由だった。『芸能人になるための一番の目的と到達点』と『今の自分の能力差異』、その二つの違いがありすぎて、頭の中がパニックになっていたのだ。


 でも早く選択をして面接官に答えないと。


(うーん、さっきの二人と、チーちゃんの自己アピールを見た感じだと、オレは俳優としてアイドルとしても、あまりたいしたことがないレベルだからな……どうしよう?)


 自分のことは冷静に分析できないが、評価値は次のような感じだろう。


 ――――◇――――


 《市井ライタ(高校一年生四月:デビュー前)》

 ※俳優として

 演技:D

 表現力:D

 ビジュアル:F

 アピール力:E

 天性のスター度:F

 ☆総合力:E



 ※アイドルとして

 ダンス技術:D

 歌唱技術:D

 表現力:E

 ビジュアル:F

 アピール力:E

 天性のスター度:F

 ☆総合力:E-


 ※自分のことなので《客観視》に阻害補正有り

 ――――◇――――


 おそらくこんな感じだろう。


 演技と歌とダンスのトレーニングを八年間行ってきたので、技術的な部分では一応は苦手なことはない。

 だが人前で演技や歌を発表したことがないため、表現力やアピール度は皆無に近いはず。


 更に前世でも最底辺だったビジュアルは、芸能人になれるレベルではないだろう。

 もちろん“天性のスター度”にいって皆無に違いないのだ。


(ふう……こんな無能でよくオーデションを受けてきたもんだな、オレは)


 今さらながら自分の無謀さに呆れて、ため息が出てしまう。転生した勢いとはいえ、こんなオレが芸能人になろうと思うのは無謀にも近いことだ。


「市井ライタ君、大丈夫ですか? 先ほどからなにかブツブツ言っていますが?」


「えっ? はい、大丈夫です! 改めまして27番、市井ライタ! えーと、俳優志望です! よろしくお願いいたします!」


 さっき客観的に比べてみたら、総合力Eな俳優の方がわずかに可能性が高い。

 そのため俳優部門を受けることを宣言する。


「変な子ね? はい……それでは、自己アピールをはじめてください」


 面接官の最初の印象は、最悪でスタートしてしまう。

 だが言い訳をしている暇はない。自己アピールの時間がスタートしてしまったのだ。


(よし、こうなったらやるしかない! えーと、題目は何にしようかな?)


 次は自己アピールの内容について考える。

 基本的にアイドル部門に応募した人は、チーちゃんと同じように歌と踊りで自己アピールをするのだろう。


 だが俳優部門に応募した人は、特に決まりはないはず。ちなみ先ほどの女優志望の子は、有名な映画のワンシーンを演じていた。


(よし、それならオレも自分が好きな映画の一つのワンシーンを演じてみよう……さて、やるか……)


 小さく深呼吸をして目を閉じる。


 頭の中を真っ白に。


 感情や思考の全てをニュートラルに入れる。


(今日は一発勝負のオーデションだから、少しだけ“深く潜ってみるか”……さて、いくぞ)


 真っ白な自分のまま、映画のワンシーンをインストール。


 主演俳優の演技をトレースする。


 うん……今日はいい感じだな。


 さて、演技を開始するか。


 オレは演技をしていく。


 いや……正確にいえば“演技をする”というよりも、身体が勝手に動いて演技をしている感じだ。


 この演技方法はオレが八年間で編み出した独自のもの。


 “他人になる”ために、慣れない当初は不気味な感じだった。


 でも最近はけっこう上手く潜れるため、気持ちよくできる感じだ。


「「ぷぷぷ……」」


 そんな時だった。例の二人組が後方で、小さく笑い声をあげている。


「ちょっと、あのオタク君、なにやっているの」

「さっきから一言も発しないで、なんか意味不明でゆっくり動きだけで、キモイよね」

「ウケる」

「あれじゃ不合格確定じゃん」


 彼女たちから見たら、オレの動きは演技をしていないように見えるのだろう。

 無意味で気持ち悪いモノを見るかのように、馬鹿にして小声で笑っている。


 ――――だがオレの耳には届いていない。


(ふう……もっと、だ。もっと、いくぞ……)


 なぜなら演技に集中している時、オレは周りが見えていない。

 周りの無駄な雑音が、一切聞こえなくなってしまうのだ。


 演技中のオレは、一切の外部の邪魔な情報をカット。

 “真っ白で無音の部屋みたいな場所”で、オレはひたすら演技を続けていくのだ。


 ――――ピッ、ピッ、ピッ!


 面接官のストップウオッチのアラームが、高音で鳴り響く。

 だが集中しているオレの耳には、入ってこない。演技は続けていく。


「――――はっ⁉」


 反応したのは面接官の一人だった。


「も、もう三分が経っていた⁉ あまりにも見入ってしまって、時間が飛んでいたような、不思議な感覚だった⁉ い、市井ライタ君、時間です! 自己アピールを終了してください!」


 面接官は我に返り、終了の声をかけてきた。急いで声をかけてくる。


 ――――だが申し訳ないが、集中しているオレに、面接官の声は届かない。


 そのまま演技を続けてしまう。


「えっ、こんなに大きな声も聞こえていない⁉ だ、大丈夫⁉ 市井ライタ君⁉ 私の声が聞こえている⁉ 戻ってきてちょうだい⁉」


 血相を変えて面接官は飛んでくる。

 演技しているオレの肩を掴んで、心配そうに声をかけてきた。


「……ん? あっ、もしかして……?」


 身体を揺すられて、ようやく我に返る。制限時間が終わっていたのだ。

 演技を止めて、部屋の中をおそるおそる見回す。


(あっ……ヤバイ、この空気は⁉ もしかしてオレはやってしまったのか、また……)


 部屋の中の雰囲気は異常だった。


 血相を変えて止めにきた面接官は、心配そうにオレの顔を覗き込みながら『えっ……この子、前髪の奥はこんなにイケメンだったの⁉』みたいな何やらビックリしていた。


 あと、もう一人の強面の面接官は椅子に座ったまま『今の演技は“あの無声映画”⁉ まさかあの超難易度の演技を⁉』みたいな呟きながら、眉間にしわを寄せてオレを睨んでいる。


 例の二人組は何が起きたかまだ理解できずに、ケラケラと声をあげて笑っていた。


 最後、チーちゃんは真剣な顔で、オレのことをジッと見つめている。


 ああ……これはどう見ても『オレはやってしまった』のだろう。大失態をおかしてしまったのだ。


「す、すみませんでした! 制限時間をオーバーして勝手に続けて! 本当にすみませんでした! あと、今日はオーデションを受けさせてもらって、本当にありがとうございました! 失礼します!」


 あまりの恥ずかしさにオレは頭を深くさげ、ダッシュでオーデション会場を後にする。


 部屋の中から面接官が『えっ⁉ ちょ、ちょっと、待ちなさい、市井ライタ君⁉ 聞きたいことが……キミの今後について話したいことがあります!』と叫んでいたような気がする。


 だが間違いなくオレの聞き間違いだろう。

 とにかくオレは顔から火が出るほど恥ずかしい。階段を飛び降りながら、雑居ビルを後にする。


(ああ、どうしよう……やってしまった……これで不合格は間違いなく確定だ……)


 顔を手で隠しながら恥ずかしさと、後悔のまま駆けていく。

 あまりにも演技に没頭してしまい、ルールを破ってまで、演技を続けていたことに対する後悔だ。


(ああああ……これでビンジー芸能は120%間違いなく不合格……アヤッチを助ける作戦は振り出しに戻ってしまった……これからどうしよう……?)


 後悔をしながら帰路へ。

 電車に乗りながら今後について考えていく。


 彼女を助けるために、なにか他に策を考えないといけない。

 だが芸能界に入れないなのなら、今のオレは無力な高校一年生男子でしかない。


 アイドルとなるアヤッチに近づくこともできず、助けることも不可能。

 まさに詰み状態だった。


(ああ……どうしよう……)


 ◇


 そうして何も浮かばないまま、いつの間にか家に到着。

 失意のまま玄関に入っていく。


 ――――だが玄関に入って驚いたことが起きる。


「あっ、ライタ? おかえり。ちょうどよかったわ。たった今さっき、ビンジー芸能事務所ってういうところから、あんたに電話連絡あったわよ」


「えっ、ビンジーから電話が⁉」


 高校一年生のオレは携帯電をもっていない。そのため申し込み用紙に書いておいた家電話に、事務所から連絡がきたのだ。


「ご、ごめん、お母さん……」


 おそらくオーデションをいきなり飛び出してきたことに関して、怒りの電話だったのだろう。電話を受けた母親に、申し訳ない気持ちになる。


「えっ? 何言っているの? オーデションは合格だったから来週末か再来週に、また事務所に来てちょうだい、だって。よかったわね、ライタ! 今夜はお祝い会をしないとね!」


「へっ? どういうこと……?」


 こうして訳の分からないまま、オレはオーデションに合格。アヤッチと同じ芸能事務所に入所することができたのであった。


 でも、どうしてだろう……?

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