第5話アイドルとしての評価値

 芸能事務所にオーデションを受けにきた。

 偶然チーちゃんこと大空チセと同じ組で審査されることになった。


 だが、自分たちの前に、同組の“別の二人”が審査の開始となる。


「それでは24番、自己アピールを三分間でしてください」


「はい、よろしくお願いいたします! 24番、女優志望の……」


 彼女たちは先ほどチーちゃんをイジメていた子。片方は女優部門に応募だった。


「よろしくお願いいたします。25番、アイドル志望の……」


 もう一人はアイドル部門に応募していて、自己アピールをしていた。


 ちなみにビンジー芸能は小さな事務所なために、ジャンルを問わず同じ日にオーデションを行う形式だった。


 彼女たちは順番でそれぞれ自分の自己アピールをしていく。


(ほほう……? 偉そうなことを言っていただけあって、二人とも上手い方だったな……)


 二人の自己アピールを後ろから見て、オレは客観的に感想を述べる。

 二人とも性格は最悪。だが演技と歌とダンス、それぞれが素人女子高生以上の水準にあったのだ。


 二人の性格は悪く気が強いが、顔は整っており、芸能人としての総合力は高い。

 オレ独自の“評価”では二人とも《C-マイナス》といったところだろう。


 あっ、そうだ。

 ちなみにオレ独自のポイント評価は、今の二人を例にすると、次のような感じになる。


 ――――◇――――


 《女優志望の子》

 演技:C

 表現力:D

 ビジュアル:C

 アピール力:C

 天性のスター度:D

 ☆総合力:C-



 《アイドル志望の子》

 ダンス技術:C

 歌唱技術:C

 表現力:D

 ビジュアル:C

 アピール力:C

 天性のスター度:D

 ☆総合力:C-


 ――――◇――――


 といった感じなる。

 各項目の評価値は最高がSで最低がF。

 トレーニングを受けていないデビュー前の子は、Dでもそこそこ凄い方。Cだとけっこう凄い方になる。

 つまり二人とも素人にしては総合力が結構高い方になるのだ。


 ちなみに評価項目はこれ以外にも“トーク力”や“教養度”などがある。今回は短いオーデションだったので、そこまでは見積もることはできないので省略しておく。


 あと、この評価項目と方法。

 これはあくまでも前世でアイドルオタクだったオレ独自の評価方法である。

 黒歴史ノート的なもので、あまり正確ではなく参考程度のもの。恥ずかしいから深く考えないで欲しい。


(さて、次はチーちゃんの番か。本調子でアピールできるか心配だな……)


 大空チセは前世ではトップアイドルの一人になること、が確定している。将来的なアイドルの素質はずば抜けていた。


 だが今の彼女はトレーニングを受ける前の、素人女子高生でしかない。

 それに追い打ちをかけるように、イジメられてきたクラスメイトからのプレッシャーも受けている真っ最中。

 本来の彼女らしさをアピールできる可能性は低い。


 更に追い打ちかける事実。

 前世の歴史では『大空チセはビンジー芸能のオーデションを落第』しているはずなのだ。

 見守っているオレは不安でしかない。


「それでは次は26番の方、自己アピールを三分間でしてください」


 そんな不安の中、チーちゃんの番号が面接官に呼ばれる。いよいよ勝負の時がきたのだ。


「は、はい! 26番、大空チセです。一応アイドル志望です……」


 椅子から立ち上がった彼女は、かなり緊張した雰囲気。握りしめた両手はプルプル震えている。かなり危うい雰囲気だ。


「はい……それでは、自己アピールをはじめてください」


 面接官はストップウオッチをスタートする。ここからの3分間をギリギリに使い、彼女はアピールしなくてはいけないのだ。


「…………」


 だがチーちゃんは歌も踊りも開始しない。

 これはどうしたことだ⁉

 もしかしたら緊張のあまり、面接官の前で固まってしまったのだろうか⁉


「ぷっぷっぷ……でたでた、チセの奴の病気」

「あいつ、肝心のところでノミの心臓だからねー」


 右隣の二人、チーちゃんをイジメていた二人は、小声で嘲笑していた。

 小賢しくも試験官には聞こえないように、二人で動かないチーちゃんのことを馬鹿しているのだ。


 だがクラスメイトのこの二人が言っているなら、この時点でのチーちゃんがあがり症なのは事実なのだろう。

 これはマズイぞ。


(チーちゃん、頑張って! キミなら実力を出せたら、絶対に大丈夫だから!)


 オレは心の中で彼女に声援を送る。今は大事なオーデションの時間、声を出すことはできない。


(キミなら大丈夫……実力を出せたら絶対に大丈夫だから! “大空チセ”は……日本中を笑顔にしていていただろう!)


 だからオレは心の中で叫ぶ。

 一歩も動けずにいる彼女の背中に向かって、魂を込めて命の限り声援を送る。


「ふう……」


 そんな中、チーちゃんは静かに息を吸い込む。

 やった! いよいよ歌を歌い出すのだろうか⁉


「ふう……実は私は自分に自信がありません。でもこんな私のことを『絶対に輝くアイドルになれる』って真剣に言ってくれる人がいました……初めて会ったばかりなのに、本当に真剣な顔で……」


 驚いたことに、チーちゃんは静かに語り出していた。

 制限時間が3分間しかなく貴重な中、自分の気持ちを語りだしたのだ。


「だから私も少しだけ信じてみます。私にもアイドルになれる可能性があることを。では聞いてください! 大空チセ、歌います!」


 そして全ての感情を吐き出した後、チーちゃん……大空チセは歌い出す。


 それは彼女が幼い時から好きなアイドルの歌。


 まだ成長しきれない子供っぽい声……でも一生懸命に感情をこめて、懸命にステップを踏んで歌っていった。


「はぁはぁ……ご清聴ありがとうございました!」


 オレが見惚れている間……あっとう間に制限時間となった。

 彼女の自己アピールタイムは終わる。


 前半にもたついたために、先ほどの二人よりもアピールできた時間は遥かに短い。


 だが彼女は息を切らしている。

 全身全霊で歌って踊ったため、一気に体力を使いきったのだろう。


 そんなチーちゃんのアピールを見て、面接官が少しだけザワつく。


「ほほう……この子は……」

「たしかに技術や体力的な部分はあまり高くはないけど……もしかしたらダイヤの原石かもしれないわね……」

「ああ……そうだな……」


 声は聞こえないが、彼らの反応を見ているだけは分かる。チーちゃんの評価は間違いなくそ高い雰囲気なのだ。


 そんな時、オレの右隣もザワつき始める。


「そ、そんな馬鹿な……」

「あ、あのダメチセが、あんなに凄い歌の表現を……できた⁉」

「それに私たちの時は、面接官はあんなに反応していなかったのに⁉」


 別の意味でザワツいていたのは、彼女をイジメていたクラスメイトの二人。


 彼女たちも腐っても芸能界を志している者。今まで見たことがない大空チセの表現力に、自分の目と耳を疑っていたのだ。


(ナイスだ、チーちゃん! 今の自己アピールをだったら……少なくとも『総合力:B』は超えていたはず。やったね!)


 自分のこと以上にオレも喜ぶ。

 ちなみに今の大空チセの自己アピールの分析は次のような内訳だ。


 ――――◇――――


 《大空チセ(高校一年生四月:デビュー前)》

 ダンス技術:D

 歌唱技術:C-

 表現力:B

 ビジュアル:B

 アピール力:A

 天性のスター度:A

 ☆総合力:B


 ――――◇――――


 といった感じだろう。

 たしかに今の彼女は歌とダンスの技術は高くはない。


 だがそれを補っても余りあるほど、“表現力”や“アピール度”、なにより“天性のスター度”が高かった。


 しかも彼女の凄いところは、まったく緊張をだせずに、今の自分を120%表現できたことだ。

 これでプロである面接官も、彼女の長所が十分に分かっただろう。


「チーちゃん……お疲れさま!」


 隣の席に戻ってきた彼女に対して、オレは小声でガッツポーズの合図をする。


「ありがとう……ライタ君のおかげで頑張れたです」


 彼女は何か小声で言いながら、満面の笑みで小さくガッツポーズを返してきた。見ているだけで微笑ましいポーズだ。


「では次は、27番の方、お願いいたします」


 そんなことをしていたら、面接官は次の番号を呼ぶ。


「ん? 27番? あっ、はい! オレです!」


 ずっとチーちゃんのことばかり心配していから、自分のことを忘れていた。

 そうだった。今日はオレもオーデションを受けにきていたんだ。


 さてと……頑張るとするか。

 ん? オレが席を立った時、右となりから小さくボヤが聞こえてくる。


「クソッ……こうなったら、このオタク野郎だけでも、大失敗しろ!」

「このオタクが失敗したら、ウチらも合格できる可能性が!」

「こんな奴、たいしたことがないだろ!」


 ちゃんと確認をしなくても分かる。ボヤキながら悪口を言ってくるのは、例の二人組。にらみつけるようにオレが失敗することを祈っていた。


 だがオレの耳には届いていなかった。


(さて、自己アピールタイムか。ん……待てよ? 何をアピールすればいいだ、オレは?)


 何故なら三分間の自己アピールで何をするか、オレは考えてきてなかったからだ。これは困ったぞ……。

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