第4話いざこざ
芸能事務にオーディオを受けに来たら、女の子同士のトラブルに遭遇。
その一人はなんと前世で知っているアイドルに一人だった。
「こ、こ、こ、こんにちは、ちぃちゃん! はじめましてです!」
まさかの人物との遭遇に、オレは思わずトラブルの輪の中に飛び込んでしまう。
なぜなら“ちぃーちゃん”こと大空チセは前世でも大人気アイドルの一人。
彼女はアイドルとしての才能があるだけではなく、大手芸能事務所に所属しており、バックボーンも完璧だった。
(ああ、まさか⁉ こんなところであのちーちゃんに会えるなんて、なんてオレは幸運なんだ! 転生して本当によかった! ……ん? あれ?)
限界オタク突破していたオレは、ふと我に返り気がつく。自分が飛び込んでいた場所に。
ここはただ今トラブルらしきものが大発生中。空気が読めない男として、全力で飛び込んでしまっていたのだ。
「ねぇ、ちょっと、あんた、いきなり話に入ってきて何様よ⁉」
「一般人でしょ、あんた? ここは立ち入り禁止なんだけどー?」
ちーちゃんに絡んでいた二人組の子から、怖い顔をされてしまう。
この反応も無理はない。深刻な話をしていた時に、いきなり見ず知らずの男が興奮して入り込んできたのだから。
警察を呼ばれないように、早く誤解を解かないといけない。
「す、すみません。えーと、オレは一般人じゃないです。一応は今日のオーディオを受けに来た者です」
誤解を解くために、慌ててオーデションの受付番号を見せる。これで誤解は解けるはず。
「えっ、あんた、オーディオを受けにきた奴だったの⁉」
「そんなパッとしない格好で⁉ オタクみたいな髪でオーデションを⁉」
「あっはっはっは……ウケる!」
二人が大爆笑するのも無理はない。今のオレの服はたしかに地味で、前髪も長くてオタクっぽい。
一応、自分なりに一生懸命にコーディネートしてきたつもり。だが前世から引き継いだファッションセンスは、いくら転生してもなかなか治せないものなのだ。
「……そこの人たち、何を騒いでいるんですか?」
そんな時だった。事務所のスタッフらしき人がやってくる。
大声で騒いでいる二人組の声が聞こえたのであろう。
「オーディオを受ける人は、指定の椅子で静かに待機していてください」
「「はーい!」」
事務所スタッフの前では二人は猫を被り、待機場所に戻っていく。かなり計算高い感じだ。
二人は去り際、オレをチラリと見て、小声で笑っていた。かなり小馬鹿にした感じだ。
「ふう……これで静かになったか」
うるさい二人がいなくなり、一息つく。たしかにオタクっぽい外見を馬鹿にされたのは、少しだけ頭にきていた。
だがオレがアイドルオタクであることは間違っていない。
それに自分がオタクであることは、なによりの大事なアイデンティティー。自分にとって大切な宝であり誇るべきものなのだ。
むしろ『オタクっぽい!』と笑われることは何よりも褒め言葉。逆に感謝したいくらいだ。
「あ、あの……助けてくれてありがとうございました……」
いきなり後ろから声をかけられる。いったい誰だろう?
「ん? へ? ちーちゃん⁉」
もちろんこの場に残っているのは彼女しかいない。ちいさく声をかけてきたのは将来的にトップアイドルなる大空チセ様だ。
オレは思わず変な声を出してしまう。急いで振り返って、直立不動の姿勢になる。
「そ、そんなかしこまらないでください。えっと……」
「あっ、自分は市井ライタと申します!」
「市井……ライタ君。改めて、さっきは助けてくれてありがとうございます」
「いえいえ! 助けただなんて、とんでもないです! こちらこそ急に話に割り込んできて申し訳ないです!」
まさかの将来トップアイドルからの言葉だった。ちーちゃんはオレの目をじっと見て、感謝を述べてくる。
一方でオレはまともに見返すことはできない。こんな至近距離で将来トップアイドルの目を見つめたら、興奮のあまり目玉が破裂してしまうからだ。
でも目線はそらすことは失礼だろう。
よし、それなら。ちーちゃんの目を見ている風にして、彼女の首の辺りに視線を向ける。
これなら相手には普通に会話しているように見える、オレの得意の会話方法だ。
「……ん? 『助けてくれてありがとう』……ということは、さっきのは……」
ちーちゃんの言葉で気がつく。
やっぱりさっきの気の強そうな二人に、彼女が絡まれていたことに。さらにオレが助けたと、彼女は誤解しているのだ。
「はい、恥ずかしながら……実はさっきの二人は中等部時代のクラスメイトで、偶然、同じここのオーディオを受けていたんです……」
ちーちゃんは少し暗い顔で、自分の身の上話をする。
何でも先ほどの二人はクラスの中でもイケている二人組。一方でちーちゃんはあまり目立たないグループに所属していた。
そのためにトイレで行った帰りに偶然遭遇。二人に陰湿に絡まれてしまったという。
「あの二人が言っていたように、こんな私が芸能界に応募しようなんて、やっぱり身の程知らずだったのかも……」
身の上話をしながら、ちーちゃんの顔は更に暗くなる。自信を喪失して、彼女らしさある明るさを失ってしまう。
(あっ……そういうことか)
そんな彼女の態度を見て、オレはあることに気がつく。今回彼女と出会ったことに関して。
(もしかして、今回ちーちゃんは、このオーディオは落ちてしまうのか……?)
前世で大空チセはビンジー芸能には所属していない。
記憶によるとたしか、他の大手芸能事務所に所属するのは、年数的に今から一年後となるはず。
つまり前世でも彼女はこの場で、先ほどの二人に遭遇。自信を失ったままオーディオを受け、ビンジー芸能は不合格となる。
きっと、その後は苦労を重ねて、一年後にようやく他の事務所でアイドルデビューするのだろう。
そんなことを推測している中、ちーちゃんの話は続いていく。
「恥ずかしながら私、実は小さい時からアイドルに憧れていたんです。でも気が付きました、私なんかには無理なのかも。アイドルの才能が少しもないだろうな……あの二人みたいに綺麗で活発な子しか、芸能人にはなれないのかも、きっと……」
前世のアイドルだった時でも見たこともない顔。ちーちゃんはかなり暗い顔になってしまう。
このまま彼女がビンジー芸能のオーディオに落ちてしまったら、どうなるだろうか? きっと彼女の心の傷は深いものになるであろう。
そしてオレには聞き逃せない彼女の言葉があった。
「ちーちゃんが『アイドルの才能が少しもない』だって⁉ そんなことはないよ! だってキミは誰にも負けないくらい、強く輝くアイドルになる子なんだよ! たしかに最初は技術的にも未熟で、自分に自信がないかもしれない……けど、ぜったいにキミは絶対に才能はあるから大丈夫だ! だからもっと自信をもってよ!」
気がつくとオレは、彼女の両手を握りしめていた。前世で眩しくいた大空チセを思い浮かべながら、彼女の良さを次々と語っていく。
「……ん? ん? あっ――――⁉ しまった⁉」
だが次の瞬間、我に返る。
なぜなら彼女は将来のトップアイドルとなる子。こんな説教じみたことを、素人のオレがしてよいはずはない。
というか年頃の女の子の手を、初対面の男が握るなんて、かなり犯罪行為。
間違いなく、ちーちゃんも不快に思っているだろう。下手したら警察を呼ばれてしまう犯罪行為だ。
「こ、こんな私でも『絶対に輝くアイドルになれる』⁉ それに『ぜったいにキミは絶対に才能はあるから大丈夫』⁉ そう言ってくれて、ありがとう。そんな嬉しいことを言われたの、初めてです……」
だが彼女は警察には通報しなかった。
むしろ自分自身に何かを言い聞かせながら、逆にオレの手を握り返してきた。まるで神に感謝するかかのように、オレの目を見つめてグイグイ近づいてくる。
ちーちゃんの握り返す力は弱弱しい。だが先ほどとは違い、彼女の表情は明るくなっていく。自分自身に自信を取り戻したかのようだ。
「いえいえ。こっちこそ、ちーちゃんが元気になってよかったよ! でも至近距離のこの体勢は、ちょっと恥ずかしいかも……」
「えっ? きゃっ、ご、ごめんなさい!」
ふと我に返ったちーちゃんは、ぐいぐい近づいていた自分に気がつく。顔を真っ赤にして慌てて手を放す。
(ふ、ふう……危なかった……)
一方でオレは顔には出していないが、心臓はバクバク状態。あのまま更に近づいていたらオレの心臓は止まってしまい、また天に召される寸前だった。
「……オーデションを受ける人……26番と27番の人いますかー? そろそろオーディオの順番です!」
そんな時、また事務所のスタッフの声が聞こえてくる。椅子にいない人を探しているようだ。
「えっ、26番⁉ 私だ! はい、すぐにいきます! それじゃ、ライタ君、またね……」
26番はちーちゃんだった。大慌てで返事をして、席に戻る準備を始める。
「こっちこそ、ありがとう。オーディオ頑張ってね」
「うん、頑張ってくるね」
何故か顔を少し赤くしながら、ちーちゃんは立ち去っていく。少し変な感じだったけど、あの分だと彼女もオーディオで実力を発揮できるだろう。
見送るオレも一安心する。
「さて、オレも席に戻るとするか。そういえばオレの番号って何番だ?」
ポケットから受付用紙を出し、自分の整理番号を確認する。
「ん? 27番……だと⁉ やばい、オレもじゃん!」
急いで席に戻り、オーデション会場に入っていく。かなり慌ててしまったけど、なんとかギリギリセーフで間に合った雰囲気だ。
「さて、最後の一人がきたか。それでは次はこの四人でオーデションする」
ちょうどオレが最後の入室者だったらしい。試験官が開始の説明を始める。
オレは息を整えて横に視線を向ける。左となりにはちーちゃんもいた。少し恥ずかしけど、これはかなり嬉しい。
それにしても同じオーデションの順番になるとは。もしかしたらオレたちは運命の赤い糸で結ばれているのだろうか⁉
いや……ただ申し込み順が重なっただけだろう。淡い期待をしないでおく。
「「ぷっぷっぷ……」」
ん?
そんな時だった。右隣から笑い声が聞こえてくる。
隣にいるということは、オレと同じくオーデションを受ける人だろう。だが明らかにオレの方を見ながら笑いをこらえている。
いったい誰だ?
笑っている右側に視線を向ける。
「ぷっぷっぷ……ウケる。さっきのオタク君じゃん」
「ダメチセとオタク君が同じ組か~。この二人が一緒なら、うちらが引き立って合格じゃん」
「ラッキー」
笑っていたのは先ほどの二人組。ちーちゃんを蔑んでいたクラスメイトの子だった。
そのためちーちゃんの表情もまた少しだけ暗くなっている。
(これは……ちょっとマズイ環境だな。ちーちゃん、大丈夫かな……)
こうして不幸が重なったまま、一発勝負のオーデションが幕を開けるのであった。
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