第3話芸能事務所へ

 不遇の死を遂げたはずの俺は逆行転生。

 謎の死をとげた最推しアイドルの少女を救うため、自らの力で運命を変えることを決意する。


「それじゃ、母さん、父さん、行ってくる」


 転生から八年後、高校一年生の春のとある日曜。

 芸能事務所のオーディションを受けるために、オレは出かけていた。


 アヤッチこと鈴原アヤネが入所する事務所で、新人俳優のオーディションがこれからあるのだ。


 ◇


「さて、ここが“ビンジー”か……」


 電車を乗り継いで到着したのは、都心から離れた裏路地の雑居ビルの前。今回オーディオを受ける“ビンジー芸能”がここにあるのだ。


「ふう……前世と同じで、なんかパッとしないというか事務所だなよな、ここは」


 ビンジー芸能は芸能界に数ある芸能事務所の中でも、かなり小さな部類にある。所属する芸能人はマイナーな俳優やアイドル、芸人ばかりだ。


「アヤッチは本当に、またここに所属してもいいのだろうか?」


 ビンジー芸能は業界で一番大切とされている“コネ力”が弱い、と噂されていた。そのためアヤッチの所属していたグループも長い間、日の目を浴びることなかった。

 できれば今世では一日でも早く、彼女にメジャーデビューして欲しいものだ。


「いやいや……その前にアヤッチの命を救わないと! そのためにオレが同じ芸能事務所に所属するのが、一番確率が高まるはず……よし、頑張って合格するぞ!」


 今世の目的はあくまでアヤッチの不遇の死を防ぐこと。

 深呼吸をして気持ちを切り替え、薄暗い雑居ビルのエレベーターに乗り込んでいく。


 ◇


 エレベーターを事務所がある階で降りる。降りた所に受付があり、事務員らしき女性がいた。

 ネットで申請しておいたオーディオの申し込み用紙を、オレは渡す。小さなマイナー事務所なのでいきなりオーディオ審査があるスタイルだ。


「はい……では、この椅子でお待ちください」


 案内されたのは、事務所の前の廊下。長椅子が等間隔で置かれており、すでに20人以上の若い男女が待っていた。


「おお……これが他にオーディオを受ける人たちか……ん⁉ もしかしたらアヤッチもいるのか⁉」


 探してみるが、アヤッチらしき少女の顔は見つからない。おそらく彼女は違う日にオーディオを受ける運命なのだろう。

 もしかしたら若かりし頃のアヤッチに会えるかも⁉ と期待していた夢が、一瞬で崩れ落ちる。


 でも、これも仕方がない。

 オレが前世の知識で知っているのは、彼女が今年にこの事務所に所属することだけ。正確な合格日までは分からないのだ。


「とにかく今は自分の面接に集中しよう! っと、その前に、トイレに行ってこよう」


 気合を入れたら、急に尿意がもよおしてきた。上着を椅子に置いて、雑居ビルの共用トイレに向かう。


「…………ふう、すっきりした! ん? なんだ、この声は?」


 用を済まして男子トイレを出た時だった。雑居ビルの廊下の奥から、何やら複数の女性の声が聞こえてきた。いったい何だろう?


「……ちょっと、あんた!」

「……いい気に……なって!」

「……す、すみません……」


 何やら若い女の子どうしが揉めている、そんな雰囲気の声だった。

 この階にはビンジー芸能以外は入所していない。つまりオーディオを受けにきた者同士のトラブルかもしれない。


「女の子同士の喧嘩は怖いよな。一応、事務所の人に教えてきた方がいいかもな。ん? あれ……この声は……?」


 立ち去ろうとした時、揉めている声の一人に、聞き覚えがある女性の声があった。


 この特徴ある声は……まさか⁉


 気がつくと廊下の奥に、オレの足は向かっていた。脳内のオタクエンジンが始動したのだ。

 奥に進んでいくと、ちょうど掃除用具置き場らしき場所に、三人の女の子がいた。


「ねぇ、あんた。どうして、またこんな事務所のオーディオを受けにきているの⁉」

「そうよ⁉ あんたみたいな奴がいると、こっちまで迷惑なのよね!」


「ご、ごめんなさい……迷惑をかけているつもりはないんだけど……」


 雰囲気的にはキレイだけど気の強そうな二人の子が、一人の気の弱そうな可愛い子を追いつめている感じだ。


「んん? おお! やっぱり、あの子は⁉」


 オレの視線に真っ先に入ったのは、問い詰められている気の弱そうな子だ。

 この声といい、あの顔の雰囲気……ああ、間違いない! 彼女は前世で見たことがある少女だ!


「ちぃーちゃん……大空チセちゃん⁉ “あの大手芸能事務所”に所属するはずのちーちゃんが、どうしてこんなところに⁉」


 二人に問い詰められていたのは、前世で押していたアイドルの一人だった。


 まさかのことにオレのアイドルオタクが限界突破。


「こ、こ、こ、こんにちは、ちぃちゃん! はじめましてです!」


 気がつくとオレはトラブル発生中の最中に、全力で飛び込んでいたのであった。

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