第2話新しい人生
不遇の死を遂げたはずの俺は、なぜか小学生時代に逆行転生していた。
「さぁ、お兄ちゃん、学校にいこうよ!」
「あ、うん……」
その後、まだ訳の分からないまま、俺は小学校に向かう。
混乱のまま、一日の授業があっという間に終了。
下校時間になって、ようやく自分が置かれて状況を認識することができた。
「そうか……やっぱり俺は逆行転生していたのか……」
学校が終わり、今は一人で帰路の最中。自分の置かれている状況をまとめていく。
「俗に言う“タイムリープ”していたのか、小学二年生の春に……」
これは今日の学校で確認できたことだ。
通っていた小学校やクラス、担任、クラスメイトの面々は、記憶にある前世の時と、まったく同じだった。
学校に張られていた日本や世界地図や情勢も、前世とまったく同じで変化はない。
つまり別世界や別の日本に転生したのではなく、自分の人生をやり直すタイムリープをしていたのだ。
「どうしてこんなことが起きたんだ? いや、原因は探しても、人智の範疇では及ばないだろう。それよりも今回のケースは、どうすればいいんだ、これから?」
歩きながら今後について考える。
タイムリープもののラノベや映画。多くの場合、その時代の歴史を改ざんした場合、何かしらの事件や問題が発生してしまう。
最悪の場合だと改ざん者……つまり自分の存在が、改ざんした矛盾が生じて、俺の存在が消失しまう危険性もあるのだ。
「消失はヤバイな……ということは、今回の俺は前世と同じ道を歩んで、安全な人生を歩んでいくのが正解なのか? 特に何の力も発動しないし……」
朝から何度か試しているが、転生ものに有りがちなチート能力は一切授かっていなかった。
つまり何の力もない無力な小学生として、二度目の人生に歩まなければいけないのだ。
「でも、本当にそれでいいのかな? オレはどうすればいいんだろう……ん? あれは……」
そんな迷っていた時だった。
いつの間にかたどり着いていた商店街、その一角にある家電屋が視線に入る。
「あっ……あれは……」
店頭のテレビに映されていたのは、地上波の歌番組だった。
見たことがない三人組のアイドルが、満面の笑顔で歌っていたのだ。
「アイドル……そうだ……オレは彼女を……アヤッチのことを死の淵で想って……」
アイドルたちが歌う姿を見て、前世の記憶が一気に込み上げてくる。
不遇の死を遂げた最推しの少女の笑顔が、まるで映画のように目の前に広がっていく。
「あっ……これは、涙?」
気がつくと俺は涙を流していた。呆然と立ち尽くしたまま、大粒の涙を流していたのだ。
「ああ、そうか……この時代にはまだ彼女は、どこかで生きているんだ……」
これは感動の涙だった。
アヤッチはまだ今の時代は生きていることに、思わず安心して涙してしまったのだ。
「アヤッチ……今ごろどうしているのだろう。きっと元気にしているんだろうな、彼女なら……」
プロフィールによると彼女はオレと同じ歳。
つまり日本のどこかの小学二年生として、元気に暮らしているのだ。
推しがまだ生きている……自分のこと以上に嬉しくなってしまう。
「あっ……でも、このままでいったら、彼女は……」
彼女は前世と同じ運命をたどってしまう。
十数年後には本格メジャーデビューを目前にして、謎の急死を遂げてしまうのだ。
「せっかく彼女が生きている時代に転生できたのに……くっ……また、あの辛い思いを味あわないといけないのか、俺は……」
前世を思い出しただけでも、胸が張り裂けそうになる。
せっかくアヤッチが生きている時代に転生できたのに、俺は無力な一般人のままなのだ。
また傍観者として、大好きな彼女が亡くなるのを、指をくわえたまま見ているだけなのだろうか。
「いや……そんなのは……」
――――その時だった。
「嫌だ……“絶対に”嫌だぁ!」
胸の奥から、フツフツと熱い感情が込み上げてきた。
今までこんな激しい感情は、感じたことは一度もない。
これはいったい何だろう?
「今度は絶対に……させない……二度とさせない!」
――――いや、この強烈な感情を抱いたことは、一度だけあった。
あれは前世の死ぬ間際のこと。
死よりも辛い後悔と、熱い感情で決意を決めた時に、これと同じ熱い感情が芽生えていたのだ。
「……絶対に彼女を不幸にさせない……たとえ俺の人生が、どうなってなっても構わない……」
俺は前世の死に際を思い出す。
自分の込み上げてきた声に発する。
後悔だらけの前世で、最期の瞬間に自分に誓った想いの言葉を。
「――――そうだ……今度こそは絶対に! 次こそはアヤッチを……愛するアイドルを守ってやるんだ どんな手段を使っても! たとえ自分自身が消滅しても!」
気がつくと商店街の真ん中で、俺は大声で叫んでいた。
通行人が奇妙な目で見てくるが、そんなことを構わない。
「よし……やるぞ! やってやるぞ!」
気がつくと走り出していた。
溢れ出してくる熱い感情で、オレは商店街を全力で駆けだす。
同時に頭をフル回転。これから自分がしなければいけないことを考えていく。
「アヤッチの命を助けるためにはどうすればいい? 今は何もできないからな……」
アヤッチは出身地など個人的な情報を、すべて非公開にしていた。
そのため小学生時代の彼女に会って、運命を変えることは不可能だ。
「ということはマイナーデビューするまで、何もオレはできないのか? いや、オレは一般人で彼女の接点はゼロだ……」
彼女がマイナーデビューした後のことは記憶している。
だが彼女はマイナーアイドルとはいえ、芸能事務所に所属する芸能人。
一般人であるオレがいきなり『キミはこれから数年後に謎の死をとげるから、気を付けて!』なんて忠告しても、逆に不審者だと思われてしまうのだ。
「くそっ……これは想像以上難しい問題だぞ。一般人と芸能人の壁は⁉ よし! それならオレが彼女の事務所に就職して、マネージャーとして助言をすれば? いや、それも無理だな……」
たしかアヤッチの事務所は、マネージャー業は大学卒しか雇っていない。だがオレが大学を卒業する前に、彼女は不遇の死をとげてしまうのだ。
タイムリミットよる詰み状態だった。
「くっ……どうすればいいんだ? 十代のうちにアヤッチの近くにいれて、彼女の死亡フラグを防げるような立場になるためには……」
走りながら更に頭をフル回転させる。
前世の記憶と経験を掘り起こし、彼女を助けるための最適な道を探す。
「あっ……そうか。そうだ……これなら、いけるんじゃないか?」
そんな時、一つの方法が浮かんできた。
かなり難しいが、かなりシンプルな方法が浮かんで来たのだ。
「そうだ……『オレも芸能人になれば』いいんだ! アヤッチと同じ芸能人になって、同じ事務所に所属したら近くにいれるぞ!」
この時代でも芸能人は十代から活動している者も多い。
つまりタイミングさえ合えば、アヤッチと同じタイミングで事務所入り。彼女を近くで見守り、死亡フラグを折っていくことが可能なのだ。
「でも待てよ⁉ オレが芸能人になる? そんなことが果たして可能なのか?」
アイデアが浮かんできたが、急に不安になってきた。
何故なら前世の自分は芸能人などになれる才能はなかったのだ。
・幼い時からいつもお菓子を食べて、怠惰な生活で最終的には体重百キロ越えの肥満体型。
・小さい時から動を一切しないで、夜遅くまでゲームや映画鑑賞三昧だったために、目つきは悪く肌はボロボロな顔。
とてもじゃないが前世のオレのままだと、とてもじゃないが芸能人になることなど不可能なのだ。
「いや……オレは絶対に諦めないぞ。オレは誓ったんだぞ! 『今度こそはアヤッチを守ってやるんだ!』と! たとえ芸能人になれる可能性が99%無くても、絶対に諦めてやるもんか!」
駆けながら更に叫ぶ。
自分の強い覚悟と決意を燃やしていく。
「よし、今から努力をしていこう! 芸能人になるために! こんな才能のないオレが、どんな芸能人になれるか分からない。けど、1%の可能性に賭けて、“全てのこと”に挑戦して、これから努力していくんだ!」
もはや迷いは一ミリもない。
こうして愛するアイドルのために全てを賭けた、俺の二度目の人生は幕を開けるのであった。
◇
◇
――――それからの日々は、自分で言うのも過酷な毎日だった。
平日の学校の授業中と睡眠時間以外は、全て芸能人になるためにトレーニングに費やした。
家で動画サイトを見ながら、ダンスと歌の自主レッスンをしていく。
古今東西の映画や舞台も動画で見ながら、演技の練習も同時にこなしていく。
アイドルになれるか、俳優になれるか、確率は1%でも上げておきたった。
また土日や長期休みにいたっては、早朝から夜遅くまでトレーニングを積んでいく。
自分の自由な時間は一秒もない。トレーニングのために日々の全てが存在していたのだ。
「ライちゃん、急にどうしたの?」
周りにはなるべくバレないようにしていたが、さすが家族には異変に気がつかれてしまう。
「でもママ。ライタは勉強も優秀だし、毎日楽しそうにしているから、私たちもサポートしてあげよう」
「そうね、パパ」
だが両親は温かく見守ってくれた。
これはオレに前世の記憶もあり、小学時代の学業の成績が常に満点だったことも大きいのだろう。
お蔭で塾や邪魔な習い事に通わせられることなく、オレは毎日の芸能人としての自主練に取り込むことができた。
「お兄ちゃん、楽しそう! ユキも踊る真似ごっこする!」
気がつくと妹のユキまで真似をして、ダンスと歌を横でするようになる。
妹的には演技の練習は好きじゃないのだろう。いつも歌とダンスをして、かなり上達していった。
(だがオレは歌とダンス、演技……全てのトレーニングを欠かさずにいこう!)
オレには歌とダンスの才能が無いかもしれない。
だが確率は1%も減らしくない。演技の自主練を中心にしつつも、色んなジャンルの稽古に一日の時間の比重を置くことにした。
――――小学生時代が終わる。
中学時代は家での映画や本を見ながらの自主練に加えて、中学生活でもトレーニングを追加していた。
授業中や休み時間もクラスメイトを観察しながら、自分の中での役作りのイメージトレーニングをしていた。
色んな人物を観察して考察。その人物に『実際に自分が成りきる』ことで多くの演技の練習をする。
(まだだ……こんな程度では芸能人なんてなれないぞ、オレよ!)
目的のために妥協はできない。
色んな演技の専門書物や動画を見ながら、常にバージョンアップをしていった。
本当に辛くて苦しい過密なスケジュール。心と身体が悲鳴を上げる日々だった。
オレは一回たりとも歩みと止めなかった
(1%も才能がないオレは、もっと努力をしていかないと、アヤッチと同じスタートラインにも立てないんだ!)
なぜならオレが高校一年生の時、アヤッチは事務所入りするからだ。
それまでオレは自分を磨いていく必要がある。
だから中学三年間、一日も心が折れることはなかった。
◇
――――そして運命の日がやってきた。
「それじゃ、母さん、父さん、行ってくる」
高校一年生の春の日曜。
小さな芸能事務所のオーディションを受けるために、オレは出かける。
その事務所はもちろんアヤッチが入所するところ。新人俳優のオーディションがこれからあるのだ。
「合格できる可能性は1%にも満たないだろうな……」
はっきりと言って自信はなかった。
――――だが、この時のオレは気が付いていなかった。
◇
高校一年生になった時のオレが“とんでもない存在”になっていたことに!
小学二年生の時から今日まで八年間。
一日も休まず毎日十数時間もトレーニング、夢の中でもイメージトレーニングも合わせた累計時間は――――なんと99,999時間だったことに!
尋常な子どもではあり得ない密度と時間の自主トレーニングを、今まで費やしてきたことで、自分が規格外に成長していたことに!
古今東西の映画や本の登場人物になりきるトレーニングを超長時間してきた。
そのため監督や演出家もドン引きする“百年に一人クラス”の演技派俳優になっていたことに!
才能がないと自覚していた歌とダンスも、プロ並みの成長していたことに!
また健康的な活力日々を送っていたことで、前世とは違う引きしまった長身の身体と、さわやかなイケメンの顔になっていたことに!
◇
「……合格できる可能性は低いかもしれない、でもオレは絶対に諦めない! 絶対に芸能界入りしてアヤッチを助けるんだ!」
こうして規格外の男となってしまったライタの芸能界での伝説は幕を開けるのであった。
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