32.エビの素揚げとカニスープ

 火曜日、夕方。

 家に帰る前に、ドリドン雑貨店に寄っていく。


「どうですか?」

「ジャムな、夕方城内からも客が来て、みんな買って行っちまった」

「あー、なるほど、そういうことか」

「どうした?」

「冒険者ギルドで噂になってたんです。スラムの店にジャムとお茶があるって」

「なるほどな。それで、はい。売上金、しめて金貨十五枚」

「金貨十五枚!!」


「やったにゃ。金貨十五枚」


 ミーニャも飛び跳ねる。


 帳簿の紙を見せてもらう。


 リンゴジャム 25個 4,000ダリル 金貨十枚

 ブドウジャム 10個 5,000ダリル 金貨五枚


 リンゴジャムの納品は全部で40ビン。前回15ビンで残りが25ビンだった。

 ひとビン売値5,000ダリルで2割引かれて4,000ダリル。


「ブドウジャムは6,000ダリルだったんだが200ダリルはおまけしといたぞ」

「ありがとうございます」


 こちらのほうが数も少ないし美味しいから売値6,000ダリルは妥当だろう。

 6,000ダリルなら収入は4,800ダリルだけど端数計算は確かに面倒だ。


 どうしようか。

 あ、金貨一枚は中級ポーションの代金かな、メルンさんに渡そう。


 ちなみにビンの代金はドリドンさんの計らいで2割に含まれている。

 それでもドリドンさんはマージンだけでもそこそこ儲かる。

 ジャムだけで金貨五枚は丸儲けなはず。


 ぼろい商売ですな。


「いやあ、今回は儲かりましたな、旦那」

「そうですね、がっはっは」


 ドリドンさんが笑う。

 結構真面目な人だけど、笑うんだな。


「さて恒例の、ラニアちゃんのお給料タイム」

「は、はいっ」


 すでにラニアはうっすら涙を浮かべている。


「金貨十五枚なので、三分の一で金貨五枚です」

「ありがとうございます。母にも顔向けができます」

「そうだよね。怒ってお宅訪問されたときは、どうなるかと思った」

「はい、早とちりで怒られてしまいました」


 ラニアちゃんがそっと目をこする。

 あのおばさん、怖かったよね。

 いきなり入ってきて、金貨一枚突きつけてくるんだもん。


 今では笑い話とはいえ、怖い。


 スラム民の平均収入は日に銀貨一枚。月に25日働いたとして、金貨二枚半。

 すなわち、金貨五枚は二か月の収入に匹敵する。


 ほへぇ。


「計算上は給料二か月分だけど二か月、遊んでもいいよね」

「まあ、いいのかもね」

「どうでしょうか?」


 ラニアは真面目だな。


 さてそのうち暗くなる。

 真っ暗になる前に夕ご飯を済ませておかないと。


 そそくさと家に帰る。

 ラニアちゃんも連れていく。




「さて今日はエビの素揚げです」

「やった、エビ」

「エビは初めて食べるわ。でもなんだか虫みたいで」

「そう言われると」


 二人は複雑な表情をしている。

 俺が取ってくるくらいだから、きっと美味しいのだろうとは思っている。

 でも見た目が虫、昆虫に似ている。


 この国では昆虫一般は食べる文化がない。


 今日の夕ご飯メニュー。

 主食、イルク豆とインゲンの水煮。

 タンポポ草とサニーレタスの塩サラダ。

 ホレン草、サトイモ、干し肉そしてカニのスープ。

 本命、エビの素揚げ、塩とお好みで山椒で。


 ちゃっちゃっとメルンさんと一緒に調理してしまう。

 水煮はすでにメルンさんが作ってくれていた。


 スープを作る。

 カニをぶつ切りにしてスープに投入する。

 干し肉とカニでいい出汁が出ると思う。


「さてエビを揚げます」

「わわっ」

「どうでしょうか」


 最近使いだした油を温めて、頃合いを見てエビを投入する。


 じゃわああ。


「わわわ」

「美味しそうです」


 エビの匂いもしてくる。


「いい匂い」


 油から赤くなったエビを引き上げて並べる。


 はい完成。


「ラファリエール様に感謝して、いただきます」

「「「いただきます」」」


 まずはエビだろう。

 手で摘まんで口に入れる。


 さくっ。


「うんまぁ」

「美味しい、甘いっ」

「美味しい、です」


 エビはこりゃたまらん。

 やめられない、とまらない、エビ。


 エビ四十匹前後がどんどんなくなっていく。


「あのエド君、少しエビを持って帰りたいんです。両親にも食べさせたい」

「あぁああ、気が付かなくて悪い。どうぞ」

「ありがとうございます」


 エビを五匹ほど、取り分ける。


 一匹はラニア用と。

 両親だけ食べて、自分だけ見てると両親も食べづらいか。


「スープも美味しい。出汁出てるぅ」


 ミーニャもすっかり出汁という概念を覚えたらしい。

 カニの風味が素晴らしい。

 少し入れた干し肉もアクセントで塩と肉の旨味で、いい味がする。

 サトイモも入っていて食べごたえがある。


「うみゃうみゃ」

「美味しいです」


 メルンさんもギードさんも満足してくれた。


「ごちそうさまでした」


 ラニアが帰る。


「もちろん、送っていくから、勝手に帰っちゃ危ないよ」

「あ、はい」


 この前は一人で帰っちゃったからな。

 まだ幼女なんだから魔法師で強いといっても、筋肉に勝てる保証はない。

 治安も悪くはないけど、誘拐とかも皆無ではないと思う。


 第一、今日は金貨を持っている。

 どこで誰が見ていたかわからないので危険だ。


「では送ってきます」

「お邪魔しました。ありがとうございました」


 ラニアとミーニャを連れて、暗くなってきた道を歩く。

 もう太陽は沈んでしまったので、もうすぐ真っ暗になる。


「私、今、すごく、幸せなんだと思う」


 ぽつりとラニアが言う。


「俺もそうだね。たぶん」

「わわわっ、私も」


 ミーニャも慌てて合わせてくれる。

 美味しいご飯が食べられて、ぐっすり眠れる。

 これだけでどれだけ、幸せなことか、身に染みる。


「えいっ」


 ラニアが突然、腕に抱き着いてくる。

 これが女子高生とかならおっぱいを感じられるんだけど、残念ながら胸はまだない。

 でも、体が密着して暖かい。

 ラニアの心臓の鼓動がわかる。すごいドキドキしてる。


「あっああ」


 左側にいたミーニャも対抗してくっついてくる。

 俺は両手に花だった。


 いやあ、果報者だなぁ。


 残念だけどラニアの家はうちからすぐだ。

 ボロいラニアの家に到着した。


「お母さん、お父さん、ただいま」

「ラニア、お帰り。ちょっと遅くないかな」

「あのね。あのね。エビを取ってきましたよ」

「エビ?」

「うん」

「ちょっと貰ってきたから、一緒に食べよう」

「まぁ」


 ラニアがすぐにエビを出す。


「まあ、美味しい。甘いわ」

「おおお、美味しいな」

「でしょでしょ」


 一家団欒だんらんというか。


 さて帰るか。と思ったけどお金の話になった。


「あとね、ジャムのお金。金貨五枚です」

「金貨五枚!」

「そんな大金!」


 めちゃくちゃ驚いている。


「また、無理を言ったんじゃないでしょうね? ラニアっ」

「大丈夫です。全部で金貨十五枚だったの、三人で公平に分けました」

「まあまあ」

「すごいぞ、ラニア、さすが俺の娘だ」


 よし今回は怒られないようだ。

 そんじゃ俺たちは、お礼合戦になる前に退散しよう。


 ミーニャと家に帰ってくる。

 帰り道もミーニャはくっついてきた。

 暖かくてなんだか子猫みたいだ。


 家に帰り布団を並べると、今日もミーニャが抱き着いてくる。

 この日もぐっすり寝ることができた。

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