3.次はキノコを採ろう

 引き続き水曜日、午後。

 またスラム街を抜けて草原にやってきた。


 俺たちの家はスラム街の中でも城門に近い、比較的いい場所にある。

 あとスライムトイレも近いのがいい。


 この都市トライエも立派な城郭都市というもので、街区の周りには石壁がそびえ立っている。

 しかしスラム街は外なので、壁がない。


 極稀に、街の近くにも強いモンスターが襲ってくることがある。

 ここ一年は平和だったけど、いつまた出没するかはわからない。

 だから住めるなら城壁の中の街区のほうがいいに決まっていた。


 お金ができて成り上がると、たいていの住民はトライエ市の中に移住する。

 しかし小金ができたくらいの人はエルダニアの誇りでもって、意地でスラム街のラニエルダに住んでいる人もいる。


 うちは貧乏だから住み続けているタイプだ。残念ながら、こういう人が一番多い。貧困から抜け出すのは難しい。


「午後はキノコを探そうと思う」

「キノコ!!」

「うん、キノコ」


 スラム街はボロ家が多いので、中には家が腐りかけてキノコが生えていることもある。

 だからミーニャもキノコは知っている。

 というか一度うちの柱にも生えていたことがある。


「キノコって美味しい?」

「ああ、だいたいは旨味が出るから、スープにするとうまい」

「へぇ、なんでそんなこと知ってるの?」

「俺はエドだからな、母ちゃんに昔聞いた」

「さすがエドっ!」


 適当に誤魔化す。

 まだ鑑定魔法については、打ち明けていない。

 大丈夫かどうか判断できるだけの常識が俺にはない。


 スラムで知識を得るのは非常に難しい。


 午前中も見たけど、草原は昔、森の一部だった。

 スラム街の家を建てるために木を伐採した。

 だから切り株がそのままになっている。


 そして切り株からは、よくキノコが生えることがある。


「いいかな? 切り株を中心に、キノコを探してね」

「わかったっ!」

「調べる前に触らないこと、見つけたら教えてね、食べられるか教えるから」

「うん!」


 ミーニャと手分けをしてキノコを探す。


 合間にカラスノインゲンを採りつつも、キノコの捜索は続ける。



 お、あった!!


 茶色いシメジのようなキノコの株が、切り株の横から顔を出している。


『鑑定』


【エルダタケ キノコ 食用可】


 やった。食用可の表示が。

 しかしこれ、生でいけるか茹でるか焼くかわからないんだよね。


 もしかして熟練度システムなのか。

 たくさん鑑定すれば詳細になるとかいう。


 色も食べられそうな普通のキノコだし、いけるだろう。


「エド! エドちゃん! キノコあったよ」


 ミーニャの声が聞こえる。


 駆けつけると同じような茶色いキノコだった。

 念のため鑑定を掛ける。


【エルダタケ キノコ 食用可】


 同じだ。よかった。


「エルダタケだよ、食べられる」

「ほほう」


 小さなキノコの株が採れた。

 ひと株で一人分くらいだろうか。

 あと二個くらいは採りたい。


 ミーニャの父親ギードさんにも、たまにはキノコとか食べさせてやりたい。

 いつも日雇い中心だけど仕事を頑張っている。

 母親のメルンさんは普段何しているんだろう。家にいるような気がする。

 あ、でも、よく近所のおばさんと話をしたりしてる。

 何の報酬か知らないけど、イルク豆を分けてもらったりしているのも見たことがある。

 そういえば初級回復魔法ヒールを使えるんだった。きっとその報酬だろう。

 スラム街では初級でも貴重な治療術師だ。


 また、キノコを探す。


 探す、探す、探す……。


「エド! キノコ!」


 ミーニャのほうへ行く。


 茶色いキノコだ。しかしよく見るとなんとなく違和感がある。


『鑑定』


【ドクエルダタケモドキ キノコ 食用不可(強毒)】


 おっと、これは。


 めっちゃ危険。キ・ケ・ン。


 危険が危ない。


「ミーニャ、これはドクエルダタケモドキだよ。似てるけど毒キノコだから、食べられない」

「えぇぇぇ、そんなあ」

「必ず俺に見せないとダメだよ」

「わかったっ!」


 ミーニャはニコッと笑って承諾する。

 素直な子はかわいい。


 よく見るとドクエルダタケモドキは傘の裏、ヒダが黄色い。

 普通のエルダタケは白っぽい。

 微妙だけど確かに違う。


 それからキノコ探しだけではもったいないので、草原で比較的判別可能な草を鑑定する。


【タンポポ草 植物 食用可】


 おっと異世界にもタンポポがあるらしい。

 タンポポソウという、黄色い花が咲く植物の葉っぱを採取した。


 タンポポの葉っぱはサラダにしてもいけるはずだ。


「ミーニャ、これはタンポポ草だよ」

「タンポポ草?」

「うん。これはサラダでも食べられるから、両手一杯くらいとってこよう」

「うんっ」


 その後も歩いて回り、無事にエルダタケの小さな株を合計四株ゲットした。


 家に帰って、夕ご飯の支度だ。

 実際に料理をするのはメルンさんだけど。


 イルク豆の水煮を作る。これは主食といってもいい。

 水にカラスノインゲン、エルダタケ、少量の塩を入れる。うま塩スープだ。

 タンポポ草にも塩を振って、タンポポのサラダ。


 塩しかないけど、今は仕方がない。


 このメンバーになってから、三品の料理は日曜日以外では珍しい。

 スープもサラダも母親トマリアがいなくなってから久しく見ていなかった。


「おいちぃいいい」


 ミーニャも絶賛である。


「うんうん、美味しい」

「本当、美味しいわ」

「今日は豪華だな。なにかあったのか? 美味しいじゃないか」


 父親のギードさんも料理を褒めた。

 久しぶりに、食事らしい食事をした気がする。


 お風呂というものはここにはない。

 体をお湯につけたタオルで拭く習慣もない。

 二週間に一回くらい川で水浴びをする。しかしやるのは昼間だった。


 夜は夕方にご飯を食べたら、すぐに暗くなってくるので、暗闇になる前に布団にもぐる。


「おやすみなさい。今日のご飯、美味しかったね。特にキノコのスープ」

「ああ、おやすみ、ミーニャ」

「おやすみ、エド。んっ」


 ちゅっとミーニャが軽く俺のほっぺにキスを落として、抱き着いて眠ってしまった。

 親愛の証なんだろうけど、元男子高校生としては、非常にドキドキする。


 ミーニャの抱き心地は温かくて素晴らしく、俺もすぐに眠りに落ちた。

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