2.そうだ採取をしよう

 引き続き水曜日。

 まだむにゃむにゃ寝ぼけてくっついてくるミーニャをどかして朝の支度を始める。


「エド、ミーニャ、朝ご飯にしましょう」

「「はーい」」

「いただきます」


 ミーニャの父親は、夜警に行っていて、まだ帰宅時間ではない。

 この夜警はスラム街の治安維持活動で、大人の男の持ち回りになっている。

 もちろんクソ安いが賃金は発生するので、みんな面倒だと思いながらも、必要性も認識していて、断れないでいる。


 この活動をするようになってから、このスラム街の夜の治安はだいぶ良くなった。

 近年の業績だ。

 スラム街だから全員貧乏だけど、それでも街としての体裁はある。


 そもそも、このスラム街は八年前、隣の都市エルダニアがモンスターの大群、スタンピードに襲われて崩壊、そのときに出た避難民が移動してきてできた難民キャンプなのだ。


 俺が生まれる前の話だから具体的なことは知らない。

 歴史が浅い難民キャンプが街になり、そのまま定住した形になる。

 そしてトライエ市はそんな難民を街区に入れなかったので、少なからず軋轢あつれきがある。


『街の中で仕事をもらうがトライエの人は冷たい。我々は逃げてきたけどエルダニアの誇りがある』


 ということになっている。

 いつかは崩壊したエルダニアに戻り、街を復興するつもりのようだ。

 ただし俺の両親も、ミーニャの両親もエルダニア出身ではないらしいと聞いた。

 俺の母親トマリアとミーニャの一家もどこかから、ここへ流れてきたことだけは確かだ。


 いい加減この豆だけの食事も飽きた。


「ミーニャ、今日は採取に行くからな」

「え、あ、なに? おままごと?」

「違うよ、食べ物を採ってくるんだ。自分たちの手で」

「まぁまぁ」


 ミーニャの母親のメルンさんがおっとりと反応した。


 スラム街には正式な名前はないが、通称ラニエルダと呼ばれている。

 ラニは古い言い方で「似ている、○○のようなもの」という意味だと思う。

 もちろんエルダニアのエルダだ。


「いっぱい採ってきてね。お昼はごちそうね」

「あ、うん」


 俺は微妙な返事をする。

 難民は元都市の市民なので道草なんて食べたことがない人たちだ。

 腹を限界まで空かせたら、草を食べることもあるが、非常に限定される。

 それよりも変な草を食べてあたる、つまり食中毒で下痢ピーになると、命にかかわるので、そういう冒険はしない。

 それなら多少不味くても、我慢してイルク豆を食べる。

 という認識が一般的だと思う。


 メルンさんもおままごとだと思っているんだろう、ちくせう。


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした、にゃは」


 不思議とこちらでも食後の挨拶は、手を合わせる。


「では行ってきます」

「あ、はい。行ってきます」

「はい、いってらっしゃい」


 ミーニャはもちろんついてくる。

 というか、一年の99%は俺の後ろをついて歩く。

 俺が親鳥でミーニャはヒヨコのようだ。どちらかというと子猫みたいだけど。



 スラム街はそれほど大きくはない。

 城壁内に比べたら、五分の一もないかな。

 こういう計算ができるようになったのは、前世知識さまさまだろう。

 前だったら「ずっと小さい」としか言わないと思う。


 スラム街の家々を抜けると、すぐ草原になっている。

 この辺は切り株が見えていて、荒地になっていて、草が生えまくっている。

 それから新しく細い低木もあちこちに生えている。


 気になる植物を見つける。

 つるで丸い葉っぱが左右に並んでいる。そして小さいが緑のさやが見える。


『鑑定』


【カラスノインゲン 植物 食用可】


 前世ではカラスノエンドウだったか。あれよりやや大きめだけど、これは豆の一種だ。

 完全に同じであるとはいえないけど、食べられなくはない。

 ただし前世で食べたことはない。


「ほら、お豆だよ」

「うん、知ってる! これも食べられるの?」

「そうみたいだね」

「ふーん、へんなの」


 ミーニャが不思議そうに言う。


「なんで?」

「どうして、食べられるのに、みんな食べないの? お腹空いてるのに」

「あぁ、それはね、その辺の草も食べられるって発想がないんだ」

「そうなんだぁ、でもエドは知ってるんだね」

「ま、まあ、俺だからな」

「うんっ、エドはえらいもん。私のヒーロー、救世主だもんね」

「ああ」


 よくわからないが、ミーニャの中では俺はヒーローなのだ。

 なんでも屋根のある家もなく、雨が降っていて寒かったときに、家に入れてくれて暖かった、救世主らしい。

 それ以来、ミーニャはずっとうちにいる。

 三年前の話、らしい。俺は当然覚えていない。


「生で食べられるのかな」


 一つ手に取って、匂いを猫か犬みたいに嗅ぐミーニャ。

 鼻をすんすんさせて、ちょっとかわいい。


「豆は火を通したほうがいい、と思う」

「そうなんだ、へぇ」


 豆類には名前は知らないけど、人間には毒らしい物質が含まれていて、生で食べると下痢になったりする。ここでは命取りだ。


 インゲンも枝豆も確かに火を通す。

 他にもキノコなんかが生は危険な感じだ。


 家から背負いバッグを持ってきたので、採って歩く。


 カラスノインゲンは見分けやすい草なので、探すのも簡単だ。

 赤紫の花がそこかしこで咲いている。季節は春だった。

 すでに緑の豆になっているものと、花のものが混在している。しばらくは楽しめそうだ。


 一時間もしないで、両手いっぱいのカラスノインゲンが手に入った。


「いっぱい採れたね」

「おお」

「美味しいといいね」

「そうだな」


 さすがに味までは保証できない。


 家に帰ってきた。お昼前だ。

 ちょうどいい時間だと思う。


「ただいま、おばさん」

「おかえりなさい? いっぱい採れた?」

「ああ、豆なんだけどいいかな? カラスノインゲンっていうんだけど」

「いいわよ」


 メルンさんが調理してくれる。

 イルク豆を茹で終わった後、カラスノインゲンも緑の莢ごと少量の塩とお湯で茹でる。

 さながらスナップエンドウという感じ。


「なんか、青臭いっ! でもいい匂いかも」


 またミーニャが鼻をスンスンさせていた。かわいい。


 イルク豆の深皿の上に、茹でたインゲンも乗せる。

 なおミーニャの父親は仕事に行っていて、お昼もいない。忙しいらしい。


「「「いただきます」」」


「うん、なんだか、美味しいような、気もするっ!」

「ああ、まあまあだな」

「なんだか懐かしい味がするわ。そういえば、昔は草もいっぱい食べたのよね。サラダとか」


「美味しいっ、食べたことがなくて新鮮だし、慣れてくると美味しいっ」


 ミーニャがぴょんぴょん飛び跳ねて、よろこんでいた。


「それは、なにより」


 カラスノインゲン、まあまあだけど、悪くはない。

 特に「イルク豆だけ」よりはずっといい。


 食事はバランスが大事なのは、前世知識では常識だった。

 野菜の摂取量が圧倒的に足りていない。だから痩せやすいし、病気になる人も多いんだと思う。


 こうしてファーストアクションは大成功を収めた。


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