紅
私は違和感を感じていた。
初めて話す人とも、既に多くを語り合った友とも、一緒に住んでいる祖母とも。
その原因を口に出さなくてもわかっているつもりだったがそうではなかった。
みんな何かを目指して努力するが、私にはそれが済んだ話だった。
なぜなら今生を賭けて望んだことは無価値なものだったからだ。
中学生のころ学校では優等生で通っていた。先生は私のことを信頼の目で見てくれるし、同級生は何も言わないが何となく勉強のことになると一歩引いた態度を取っていた。
もちろん僕はそんなことを鼻にかけたりしない。同級生が私の点数をみて、はやし立てるのを「いやーそんなことないよ」と言って謙遜していた。
そんな自分はもちろん難関高校に行くことが決まっていた。偏差値が高いことは口にしなくても自慢になるからだ。
塾では中学三年生の先輩が一年間遊ばずに難関高校に行ったことが武勇伝になっていた。朝は9時に塾につき夜は10時に塾を出る。そんなことをみんなやっていたし僕もそうしていた。理由なんてそれで十分だと思っていた。
毎日睡眠時間を削って勉強した。それにはキュウピーの錠剤が役に立った。6時間しか寝ていないのに起きたとき7時間寝た気になる。酷いときは夜中一時に寝て二時に起きて学校まで勉強していた。
学校で1.2を争う練習のキツさと長さを誇る野球部では起きてる時間ずっと勉強しなければならなかった。学校への登校時間も教科書を持って勉強していた。
そうこうしてるうちに受験日を迎え、受験を終えた。しかし余り手応えはなく自己採点も絶対安心とは言えなかった。
そして受験結果の発表の日を迎えた。
空はなんとなく全体が明るい曇りの日だったのを覚えている。
体育館の内側はうすい緑色で外の明るさがコントラストになり、やけに暗かった。
僕は喉に大きな魚の骨が引っかかったような気持ちの悪さで奥の合格発表の机に向かった。そこで一枚の大きな封筒を渡された。
体育館を出て恐る恐る封筒から紙を覗かせた。長ったらしい前置きを経て真ん中に運命が刻まれていた。
合格
もしそこに大きな達成感があれば私は正しい人になれただろう。もし、それに満足できたら。
教師の言うとおりに課題を行い、予習復習を経て、そこそこの点数を取る。中学生の頃には及ばないが、まあそれでもいいかと言って友達と部活の練習を経て夕日を見ながら帰る。
大学は国公立には及ばない私立、もしくはその下でもいい。何となくの信頼のおける友達とオンラインゲームを夜までやる。大学の成績もそこそこで会社も大手の子会社。
それで十分だったら、私は他の人と違うと言う人のことを知らない世界の話にしてられた。
でも、そうではなかった。
その合格という文字に虚無感を感じてしまった。
それからの出来事はそれの答え合わせだった。春休み中に沢山の事前課題が出て、入学してからは宿題と小テストの繰り返しだった。
そのとき初めて僕が望んでいたのは合格ではなかったと知った。
そこからは惰性でしかない。
家ではスマホゲームをギリギリまでやって宿題は全て答えを移した。英単語を5回書かせる宿題はどうにもならないのでアイドルの曲を聞くついでにやった。
もちろんテスト勉強はしないので小テストで合ってるのは1個か2個。
英会話の授業では事前に覚えてくる単語を何一つ覚えていなかったので相手に呆れられた。呆れ顔というのを見たのは初めてだったかもしれない目を合わせずに片方の口角が上がるのだ。
数学の授業では宿題を忘れた理由を皆の前で言わされたな。あれも人生で初めてだった。
友達と話す時もどうしていいのかわからなかったのでひたすら「はは…」と力なく笑うことしか出来なかった。
僕は夢を叶えて絶望してしまった。
努力すれば成功はするよ。でもそれが君の望みだという保証はない。
そう突きつけられたら、もう努力することも、目標を持つことも限りなく恐くなった。
私が目標を望んでいることをどうやって証明すればいいのかなどわかるわけがない。だってそのときはそれが全てであるように思えるのだから。
そうして僕は間違えたのなら救いようなどないじゃないか。
だから僕は間違いなどない世界を作った。
これはよくできたもので何かを望むことは確証のないことなのだから必要ない、ただ僕は失敗さえも予感して行動すればいい。ただ感じたままに行動し続ければ経験によって私はいずれ辿り着く。そう信じてやまなかった。出来る人というのは単純に経験が多いだけだ。それなら経験を多くすればいい。そうするには失敗を失敗と思わなければいい。
だからもう沢山失敗したが何となくの不安以上に傷つくことはなくなった。
昨日、世で言う「出来る人」に会ってきた。いや別にわざわざその人に会いに行ったわけではない。偶然友人の友人がその人だっただけだ。
なぜ「出来る人」と判断したのは饒舌な口ぶりと企業して年収が何千万だといった陳家な理由もあった。しかしそれ以上に興味を惹かれたのは一円にもならない経済の公演を開いているということだった。その公演の集まりはタダでそういう公演を定期的に開いてるらしい。
これがそういう公演でお金を稼いでいる人だったら話を聞いているふりをしているだけで済むような怪しいものだと思ったが、実際はそうではなくその公演とは別に製品を売って仕事をする人であった。
その人は元システムエンジニアで平成初期にひたすら残業をさせられてとても苦労したと言っていた。プログラマーは自分が何を作っていてどこで売るのかをきちんと把握して仕事をするべきだと言っていた。
私もシステムエンジニア見習いなのでそれはとてもごもっともであるように思えた。ただ上から言われることをやっているだけでは全てあちらの思い通りにさせられてしまう。今の会社はそんな不信感は全くなかったがそうしないとは言えないとも思った。
話を戻すと私が「できる人」と判断したもっともの理由は人のために大きな労力を払って行動できるということだ。そういう完全な善意で人と接する人の存在は知っていたが、実際にそんなまるでギリシアのプラトンが開いたアカデメイアを彷彿させるエネルギッシュな世界が現代でもあるなんて思いもよらなかった。
この人なら信用できるかもしれないと思いつつあったところで恋愛の話になった。悲しいことに私は一回も付き合ったことのないやつで通っていた。「全然付き合えそうなのになぜしないの?」そういう質問をされた。
僕はもう心のありのままを口にすることを決めていたので「何だか積極的に
付き合いたいとか思わないので」といった。
「じゃあ、付き合いたくないの?」
「いや、付き合いたくないことはないんですけど付き合いたいとも思わないんです。」私は目を逸らしたいような気分で言った。
しかし、その人は別に気まずい空気を作るわけではなく、話を聞いてくれた。
「とても好きな人が目の前にいて自分のことを好きだといったら?」
「それは付き合います、」
「じゃあ付き合いたいんじゃない?」
「う〜ん、そんな気もしてきました、、」
私は内心上手く誘導されたようで何か言いたいようだったが納得出来る気もした。
「自信がないじゃない?」
「う〜ん、そうですかね〜?」
いつものお決まりの言葉だった。
「何でも成功したイメージで考えるんだよ。そうじゃないとやる気なんてわかない」
やっぱり成功者は私と何か根本的に違ったが、そこが知りたいところでもあった。この人なら大丈夫かもしれない。
「実は自分語りになって悪いんですけど、僕は中学生のときに難関高校を目指していました。そこで全てを尽くして頑張ったつもりでした。努力すれば報われるということを信じていたのです。結果的に僕は合格することができました。しかし、満足感は全く無かったのです。入ってからは何でも自由にやらせてくれるという話だったのに毎日、沢山の宿題と小テスト。そこで頑張っても報われないということを知ってしまいました。頑張ったとしても報われないのであればなぜ、頑張ることを信じられるのでしょう…」
話している途中からこんなこと言う場ではないことはわかっていたが、そんなことどうでも良かった。不安だったがこれで拒否されてもいいと思った。
その人は少しの間をおいてこういった。
「なるほど、偉いと思ったのはその目指していた高校に合格したことだね。それだけの力はある。ただ目標の設定が弱かった。自分でコントロールできないことを目標にしている。」
私は呆気に取られた。この少ない情報でこれだけ的確な指摘ができることに舌を巻かれた。
当然と言われれば当然かも知れないが誰もその当然を指摘してくれる人はいなかったのだ。
本はいくらでも読んだが自分で答えを見つけるしかない。そして大抵、本は万人によんでもらえるものを手に取る。すると僕の悩みを少しずつ明確にするしかない。その点、人というのは個別事象に強い。一人一人に別の答えを出してくれる。
僕は高校で何でもできる人になりたかった反面、何もしなくてもいい人になりたかった。
そしてその何もしなくてもいい人というのを高校は許さなかった。
教頭が学年集会で長ったらしく国公立大学の良さを説いているのか、私は目立たない程度に体を横にして寝ていた。
国公立に行くなんて当然...僕は遥か高みを目指している。
でも...中学でやったことをまた繰り返すのか、
また、こんなにも面倒ごとを任されるところにいくのか。
ああ、もう疲れたな。
そう思ってからしばらくして高校に行くのを辞めた。
そして、今。
また、目標を目指すかを考えている。
しかし、今度は違う。
僕は達成して体を震撼させる目標を目指したい。
これこそが自分であるものを自身のコントロールできる範囲で、ということを心がけて。
何かが出来た自分なんてもう思いつかなくなっていたけど、信じられるなら信じたい。
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