自棄の朝

6年前から今の今までわからないことがあった

周囲のみんなと同じはずなのに何だか普通のことが理解できない


学校の先生の言う通り宿題すること

部活の先生の言う通り部活の遠征にでること

部長の言う通り朝練に遅刻しないこと


「みんなやっているんだから」


なんでみんなやってるんだからやらなくちゃならない

そんなことしてなんになるっていうのさ

それをやったら私は救われるの?


違う

ただ当然だといわれるだけだ


褒められるには人より優れてなければいけない

私が褒められたことがあるのはテストの点がよくって頭がいいといわれる時だけだった


人より必死になって努力すれば褒められる人になれる

その思いで私は何でも褒められる人になりたかった


友達の前ではユーモアにあふれた面白い人であり

好きな子の前ではしっかり髪も服も決めたかっこいい人であり

クラスの中ではなんだかんだ言って勉強のできる人であり

部活では全国レベルの運動神経をもつ


非の打ちどころがない褒めるに値する人だ

努力さえすれば価値ある人になれる


その希望はどれほど残酷なことなのだろう



最近エーリッヒ・フロムの「愛するということ」という本を読んでいる

図書館でこの私と周りとの違和感について説明する本はないかとずっとさまよっていたところ、ようやく見つけた過去の自分に起きたことと今の自分に起こっていることを説明する本だった


この本の中で人は世界と自分を合一したいという欲求を持っているとのことであった

その合一の経験こそが人を愛するということなのだ

その愛するということについて本の中では親子愛に触れていた。


人は生まれながらにして母親との分離を経験する。それまで母と子は繋がっていたものが出産によって離れてしまう。これの克服として母は子に様々なことをしてあげる。子は母に何を与えるわけでもないのに母は肌の温かさをくれたり乳をあげたりおしめを変えてあげたりしてくれる。いうならば無償の愛だ。

この母親の愛の経験は子供にとって自分が何をするでもないのに愛してくれるという安心の経験となる。


しかし子供がある程度育ってくると今度は父親の社会へ適応していくための指導が行われる。父親の愛は条件付きで「お前が私の期待を満たしているから、おまえの義務を果たしているから、私に似ているから、私はお前を愛するのだ」というものである。しかしそれは脅かしや権威主義によってではなく忍耐強さと寛大さによって導かれるものだ。


この2つの愛は子どもにとってお互い矛盾しているようではあるがどちらもそれぞれメリットがあり、デメリットがある。成熟した大人はこの母と父から自由になり自分の中にそれを形成していく。


私の場合、父としてはそれが未成熟であった。確かに条件付きで何かを達成したときに反応するというものではあったが父に褒められたことなんてない。その条件とは父の気分次第であり、それを満たしていても褒められることなどなく間違っているときにもしかしたら死ぬのではないかと思うほど怒られるだけであった。

父としても未成熟でありながらそれは母の方にも影響を及ぼした。母の無条件の子供への愛は父に甘いとされ、それを行うことでさえ父の逆鱗にふれた。父の考えと気分だけがこの家のルールであり社会だった。


そうして私は母の無償の愛、そのままで愛されるという安心を知らずに育っていった

そして父の条件付きの愛ですらまともなものではなかった


そうすると私は愛について何を知っているのだろう

学校で愛なんて教えてくれない


日本の宗教の希薄さでは道徳感など家でしか教えてもらえない

それすら私にはなかった


私はそのままで愛されていなかった

かといって何かをしても愛されていないしそれができないと次の朝を迎えたくないほどコテンパンに怒られる。


私にとってはすべてが灰色であった

私にとっては何が起きてもどうでもよかった

だって私には関係ないから


高校でどれだけ褒められるようになってもそこから見たら無意味だった

最近だって誰かより優れていることを証明しようとゲームでほかのプレーヤーに勝とうとしている


何もない私にとって唯一の救いは私に起こったことを理解できたことだ

今の私にとっての唯一の救いは私にないものを知ることができたことだ


どんな悪行をしたとしてもただその存在自体を愛してくれる誰に対しても差し伸べられる愛

なんてすばらしいものだろう。

また父親の忍耐強さと寛大さによって導かれる愛も重厚で慎み深い


状況は最悪だが目指すところは明瞭になった

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