冷たくても触れてみたい
全く、体の中で波が行ったり来たりしているようにざわめいている。そして不意に訪れる体の表面を伝うような毛の逆立ちと喉の奥を握られているような緊張。私はこの上ない不安を感じる。それは私という存在が初めて知り合う人に受け入れてもらえるかというものだ。今日の午後にある会社の内定式、そしてそのために急いで髪を切りにいった美容室。ここ二日で知らない人にあう機会が立て込んでいる。これは何でも乗り越えられると思って悟った気分でいた私に尋常ないストレスを与えた。何だかもう何か口に入れたら吐いてしまうような気がする。初めて会う人というのは本当に何を口に出していいのかわからなくなる。初めて会った人は何が好きかとかいつも何をしているのかとかそういったものが分からないからどのようなもので感情を共有しようというのが全く考えつかない。ふとした時に私はこの世界にたった一人の存在になるのだ。このたった一人の存在の私はどうやって人と何かを共有できようか。私はその人と同じ言葉を話しているのにその人は困ったように笑って流されるか新たな話で上書きされる。人の話を私はわかるのに人は私の話がわからない。元々の私自体の考えることが悪いのか、私の伝え方が悪いのか。とにかく私は孤独だ。
そんな秋の落ち葉の中の捨てられた空き缶になったような気分で内定式の準備のためにスーツを着ていると母や妹、おばあちゃんが声をかけてくれた。「最初はお互い信頼はないかもしれないけどそういうものはだんだんと出来てくるものだよ」とお母さんは言ってくれた。「お兄ちゃんと同じ学校の知ってる人に会えるかもよ」と下の妹は言ってくれた(以前に私の大学の人が私とは別に一人入ってくることを聞いていた)。なんてしみじみとしたありがたい言葉か。緊張は残ったもののそれさえも煎じて飲みこめるようなお茶をいただいた気分だ。確かに私と人は違う。それはお互いを知れば知るほど感じてしまうものでもある。だけどそうした分かり合えないかもしれないなかでも相手を気遣ってくれる。思えば昨日の散髪の際にも初めて会った美容師さんはお互いの話題の落としどころを見つけてそれとなく気遣って話してくれた。人はそれぞれ違うから分かり合ない、だから最低限の仕事や生活のこと以外話す必要もない。そういう選択はできるかもしれない。だけどそうではなく人は分かり合えないかもしれない、だけどお互いに寄り添うことはできる。そうした世界であるなら私は世界と話すことはできるかもしれない。
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