?なぜ物体はやがて止まるのだろう

 妹に高校の物理の内容について教える機会があった。高校の時は意識として勉強しなければならないとわかっていても大学入試を見据えた勉強の計画を立てるという正当な理由をつけて先延ばしに次ぐ先延ばしを繰り返していた。なのでまとも勉強しなかったしそれが不登校に拍車をかけた。そんな目も当てられないような高校の勉強に対するコンプレックスのせいで何かと理由をつけて、あるいはそれとなく流すことで勉強を教えることを切り抜けてきた。なんなら今回もそうやって切り抜けようという気持ちに疑いもなく構えていたわけである。なんとも可哀そうになるほど健気で無様である。しかしこのような自分にも明確な自信を持ち合わせているのだ。それはこの世の大概のことは時間さえかければ自分にもできるだろう、もしかしたら私の知らないことであったとしても時間さえかければできてしまうのではないかとさえ思えるものだ。これは私にとって出来たことと出来なかったことを比較して体感として知っているものだ。


 私は小学校の時に特に勉強ができるたちではなかった。小学校の時はテストなど多くの人にとってさほど難しいものではなかったと思う。私は80~90、運が良ければ100点。70点になるとぐぬぬとした悔しさがあったわけで回りをみても特に大差はなかった。そんなとき小学6年生の周りの景色に色がなくなってくる季節になると中学生の時のために先取りして勉強しておこうという空気が流れた。自分の意志さえ意識したことなかった私は親に進められるがまま塾に体験授業を受けさせられた。そこで私は入るか入らないかなど聞かれないままそこに通うことになっていた。そこの塾では生徒の理解によって授業を進めるためということで一問一答形式で問題を出し「できた人ー?」と先生が生徒に聞き、出来たら生徒が手を挙げるという授業であった。これは確かに生徒の理解を先生が把握できるという観点では理想的な仕組みであった。しかしこれは難しいという問題だと思って全く分からなかったのに周りのみんながさも当然のようにスッと手上げるというバカを晒し上げる仕組みとしても理想的に機能していた。更に一か月ほどの授業の区切りごとに実施されるテストでは自分のテストの結果がランキング形式で紙に掲載される。それによって上のクラスか下のクラスかが決まり、口には出さないが「へえ~私はあいつより頭がいいんだな」とか「今回は下のほうのクラスになっちまった…この世の終わりだ…」とかいう本人たちにとってはそれによって自分の運命が決まるかのような深刻さをもたらす仕組みであった。今まで何かを断ったということがなかった私はいつの間にか己の価値を決める生き残りをかけた戦いに当事者として巻き込まれてしまっていた。


 そんな悪い意味で、漫画の主人公のような気分でいた私はもうひたすら勉強したものだ。テストでいい点を取るためにはひたすら問題集をやり間違えたところを今日の昼ごはんを思い出すよりも早く頭に浮かぶようにする。それだけだ。そんな私はどこからどこまで問題集を進めるかという勉強の計画立てることに始まり、夕飯を食う時間は30分、いや20分。風呂に入る時間は20分、いや15分と分単位に自分の生活を管理するようになっていた。しまいには夜中の1時にねて2時に起きて勉強するということをやった日も割とあった。流石にそこまで熱が入るようになると見たことある問題を間違えるなんてことはなくなり上のほうのクラスに定着できるまでとなった。そんな勉強しか頭にないような自分にとって学校の授業とはゲームでいう2周目の世界であり、わからないことなど全くなかった。私はただ私でいただけなのにいつの間にか小学生の時に頭がよく運動もできる一目置かれる存在だった人がそこまでのものではないと思っていた。同じ部活のメンバーにもガリ勉とか頭がいいとか言われるようになった。けれどまあそんな話は学校だけで塾に来ると上のクラスのギリギリ中の下を保てるぐらいであって、頭がいいなど言われたことがなかった。私はとてもめんどくさがりでできるだけ手を抜きたいという人間ではあったが特に要領がいい人間ではなかったので学校で上のほうにいられれば塾では上の下でいいと思っていたのでそれ以上に勉強することはなかった。私はただ学校で初めて勉強する人よりもに先にそれに結構な時間をかけているだけの人だった。そんな塾では上の下に甘んじていた怠惰な人間でも時間さえかければ人よりできるようになる、むしろ人より何かができるというのは先にそれ自体かそれに関連することをやっていただけであるということを知った。そのようなことを言葉にできるように思い出していた最近の平凡人は物理や高校の勉強に対するちょっとした興味となんとも断りづらい兄が妹に勉強を教えるのは当然といった義務感で手を出してもいいとおもえたのだった。

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