2 人払い
灰色の空、灰色のビル、灰色の人々。
この世界や異世界とは違う空間。
『裏世界』
仮に本来の世界を表世界というなら、ここにはその表世界にある物や建物や人物などがそのまま投影されている。しかしそれらには干渉することは出来ず、全て素通りする。地面も意識すれば潜れるし何故か地面の中でも呼吸ができる。水の中も。
そんな灰色の世界の裏路地にポツンと目立つカラーのソフマッフ⚪︎の紙袋。
灰色の人物が近づいてそれに触れると、紙袋は急に灰色になった。
話は数時間前に戻る。
昭和、平成と色々なものを吸収し発展してきた街、今ではオタク街となっているこの一角、とあるビルの屋上にあるプレハブ小屋。
赤いコートの少女が背伸びをしながらプレハブ小屋から出てきた。
時刻は午前十時半。
三月とはいえまだまだ日陰は寒い。
プレハブ小屋はビルの看板の裏にあり常に日陰にさらされている。
冬は日陰で寒く、夏は夏で炎天下の屋上。そんな立地である。
最悪な環境ではあるが、あくまでインフラの入り口と部下の買い出し『ゲート』の為の建物。不法に拝借している電気と無線LANの引き込み口の為の建物で中はただの倉庫である。気になるのは無線LANのルータが悪環境下で壊れないかであるが今のところ順調に作動している。
隣のビルからかけそばの香りが漂ってくる。
朝を抜いた空腹の胃に軽いダメージを受けた少女は、帰りにかけそば食べに行こうと決心した。
PS誤はもうしばらく評判が揃ってから買うつもりの予定が、現役のPS肆(しー)のコントローラーが激務に耐えられなくなり永い眠りに。
修理もコントローラの購入も何気に高価である事から、もういっその事ハードごと一新しようという暴挙に出たは良いが人気の品ゆえ欠品続き。
余りにも酷くて転売屋の品に手を伸ばそうとも考えたがそこはプライドが許さなかったのか、今日に至るまであっちこっちの店の抽選を渡り歩いてきた。
お陰で何とかゲットはしたが登録に次ぐ登録で今や広告メールがめんどくさい事になっている。
簡易的な入り口『ポータル』が使えれば良かったが、異世界間の転送には不向きである。此処に来るには所定の場所、ビル屋上プレハブ小屋に設置してある半永久『ゲート』からしか行き来出来ないのだ。本人以外が使用するには魔力が込められた転送座標が設定された指輪。拾ったとしても認めた人物以外に使用できないようセキュリティを何重にもかけている。
そうこの少女はこの世界の人物ではない。いわゆる異世界人である。職業『魔王』。
重さ五キロ程ある紙袋に入ったそれを抱え非常階段を見上げる魔王様。八階建てビルはいい運動になりそうである。
荷物持ちに部下連れてくればよかったと思うくらいPS誤は重かった。
ため息をつくと階段を登り始め、そこで違和感に気がつく。
静かすぎるのだ。秋葉原が。
大通りに戻るが誰も居ない。車もない。
嫌な予感がして裏世界に隠れようとするも能力が制限されて小さい穴しか
開けられない。とりあえず荷物を捩じ込むようにして穴の向こう側へ押し込む。
小さい穴に無理やり入ろうとするも腰がつっかえて通れない。あ、これ知ってる壁尻だ。
悪寒が走りくぐるのを諦める。
裏世界に置いたものは、表からは見えないし干渉されない。
そこにあるはずの荷物に触れられないことを確認し、静かな秋葉原の中を魔王様は駅に向かって走っていく。
一応とビルの壁を触って確認する。冷たく固い感触が返ってくる。
裏世界の様相が変わったのかと思ったがそうではない。
『人払い』
神社を参拝中、自分以外の人間がいなくなる現象。神様がその人物とゆっくり話がしたくて他者を遠ざける。そんな言い伝え。
それが目の前で起きている。
匂いにつられて蕎麦屋の中に入る。もちろん店の中にも人がいない。
退室時に無意識だったのか、調理場の湯気のたつ鍋のガスは止められており、安全面は考慮しているようであるが防犯面はダメである。
カウンター席には天ぷらだけ齧った後がある蕎麦が湯気を立てて置いてある。
ごくりと喉が鳴るが、首を横に振り店の外に出る。
「犯罪はいかんぞ犯罪は」と小声を漏らすも、不法侵入したことについては忘却の彼方へ追いやる魔王様。
流石に駅には人は居るだろう向かう途中、大通りに黒尽くめの男が二人。
やな予感を覚え、その場を走り去る魔王様とそれを追う二人。
そして現在に至る。
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