ボイスレコーダー

シロ

ボイスレコーダー

「こんにちは、7月25日のわたし。

 今日は7月24日。天気は快晴。うっかり日焼け止め塗るの忘れちゃったから、肌赤くなってるかも。ごめんね。

 今日はいつも通り仕事場に行って、いつも通り仕事をしたわ。特に変わったこともなかったみたい。伝言も特にないわ。仕事の進み具合は、いつもの場所にメモを残しておいたからそれを見てね。

 ああ、お昼ごはんはコンビニの冷やし中華。夕食は炊き込みご飯だったの。炊き込みご飯はまだちょっと残ってるはずだから食べていいよ。それじゃあ、おやすみなさい」


おはよう、7月25日の私。

とてもいい天気。7月24日の私はちゃんと仕事をしたみたいだし、私も頑張らなくちゃね。



<ボイスレコーダー>



私の中には、人格が二人いる。

名前も同じ、性格も、私はやや開放的で、もう一人の私はやや内気なくらいであまり大きな差はない。

大体一日おきに意識を交代する私ともう一人の私は、性格はよく似ているけれど記憶を全く共有していない。なので、連絡の為にボイスレコーダーを使い始めた。

私と、もう一人の私の一日は、昨日の「わたし」が何をしていたのか、声で聞いて知る作業から始まる。



「おはよう、7月26日の私。

 今日は7月25日。天気は今日も快晴。

 今日も特に仕事では変わったことなかったけれど、宅配便のお兄さんが変わったみたいで、ちょっとカッコよかったわ。それだけ。

 食事は、お昼は土屋先輩とパスタ。夕食は特売のお刺身を食べたわ。それじゃあおやすみ」



おはよう、7月26日のわたし。

昨日のわたしはかっこいい人に会ったらしい。面食いのわたしがわざわざかっこいいって言うくらいなんだから、やっぱり素敵な人なんだろうな。

わたしも会えたらいいな。さあ、仕事に行こう。



「7月27日のわたしへ。ちゃんと起きてる?

 あのね、わたしもその人に会えたわ。三上さんって人でしょう?確かにとっても格好良かったわ。ちょっと玉木宏に似てるかも。

 ふふ。あ、そうだ。えっとね、今日も仕事はいつも通り。進み具合はメモを見てね。

 お昼ご飯はおにぎり。晩ご飯はカレーだったわ。じゃあ、またね」



どうやら、7月26日の私も彼に会うことができたようだ。

うん、流石に面識がなくてきょとんとされるようだと私が困ってしまう。

今日も会えるかな。会えたらいいな。なんてね。



「7月28日の私へ。ねえ?ちょっと、聞いてないわよ!

 三上さんとデートの約束したって!今日いきなり携帯に電話掛かってきてびっくりしたんだから!

 うまく話合わせておいたけど、……もう、次はこんなことないようにしてよね」



デートってほどじゃなかったんだけどな。

ちょっと買い物に付き合ってほしいって言われただけで。

……指定された日はわたしの日だから、言わなくてもいいかなって、思ったの。


……ああ。そっか。わたし、わたしに三上さんを取られたくないんだ。

どうしよう。でも、ああでも。

わたしはわたしなんだから、三上さんがわたしだけのものになることはないんだよね。


どうしよう。わたしも三上さんのことが好きなら……一緒に、付き合ってみる?

三上さんには、いつか話して、わかってもらえるかな……。



「7月29日のわたしへ。あのね。相談があるの。

 わたし、三上さんが好きになっちゃったみたい。三上さんも、今、彼女いないって言ってたの。

 もし、……わたしも三上さんのこと、好きなら、告白してみようかなって、思うんだけど……どうかな?」



ああ。ああ、ごめんね、私。

私、今日三上さんと会うの。私には言ってないけど。

……今日のデート上手くいったら、告白するわ。だから許してね。



「7月30日の私へ。報告があるわ。

 実は昨日三上さんと会ったの。急だったから伝えられなくて、ごめんね。

 で、……提案通り三上さんに告白したわ。だけど、ごめんね、好きな人がいるからって振られちゃったわ。

 そういうつもりならもう会えないとも言われちゃった。ごめんね」



「7月31日のわたしへ。うん、わかった。三上さんに連絡するのはもうやめにするわ。

 そもそも、わたしみたいなのが恋愛なんて、難しかっただろうし、仕方が無いよね。

 あ、そうそう。仕事はね、ちょっと違うこと任されたの。詳しくはメモに書いたから見てね。じゃあ、また」



「8月1日の私へ。わかってもらえて助かるわ。

 そうよ、どうせ上手くいかなかったと思えば、幸運だったんだわ。

 仕事はね、こう言うのも私は好き。面白いわ。だから順調。終わったところまでをメモにまとめておいたわ。続き、よろしくね」



「8月2日のわたしへ。



        ……うそつき。三上さん、わたしと付き合ってるって言ったわ」



「8月3日の私へ。

 それはこっちの台詞よ。

 三上さんと私、もう1ヶ月前から面識あるんじゃない。

 どうして教えてくれなかったの?」



「8月4日のわたしへ。

 そんなこと、聞かれてないじゃない。会った人のこといちいち吹きこんでたらきりがないわ。

 それより、三上さんと連絡が取れないんだけど何をしたの?何かしたの?」



「……8月6日のわたしへ。

 ねえ、どうして昨日何も言わなかったの?ねえ、聞いてるの?」



「…………8月、8日のわたしへ……」



……何を、言えばいいのだろう。

三上さんとも、わたしとも話せなくて、つらい。

その日は結局、待ってるとだけ残して、ボイスレコーダーのスイッチを切った。



「8月……9日のわたしへ。

 なんで、わたしが今日起きているの?

 わたしは何処に行ってしまったの?三上さんはどうしたの?ねえ、ねえ、答えてよ……」



「8月10日のわたしへ……。…………おやすみなさい」



「8月11日のわたしへ……三上さんが行方不明だって、ニュースでやってたわ……。

 もしかして、わたしが連れていってしまったの?

 ふたりで今、どこにいるの……?」














「8月21日のわたしへ。

 あのね、部屋がすっごく臭いから掃除しようと押入れを開けたの。

 そしたら、三上さんがいたの。

 わたしと最後にメールしてたんだね。携帯、握りしめてたの。

 俺はお前のほうが好きだって。……ねえ、わたしこんなメール見た覚えないよ。

 ねえ、わたし   わたしは…………



    ピンポーン




   ……誰か来たみたい。



              ピンポーン


   出たほうがいいのかな。でも、……出たくない、怖い。どうしよう。

 わたし、どうしたらいいのかな……?




      近藤さーん、近藤ゆきえさーん、いらっしゃるんでしょう?



   やだ、知らない声。どうしよう。どうしよう。助けて、わたし……」






プツンッ

そんな音がしたと同時にボイスレコーダーの電池が切れて、わたしは警察に連れて行かれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ボイスレコーダー シロ @siro_xx

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ