#174 器と雨
とある器が、とある農場を遠巻きに眺め、感慨に耽っている。
彼はそこを立ち去ろうとしかけたが、不意に思い直し、辺りを見回す。誰も自分を見てはいない。
器は柵の隙間をかいくぐり、農場の中に忍び込んだ。彼は人目を避け、這うようにしながら、あるいは物陰に隠れながら、進んでいく。一心不乱に、全てを投げ打つかのように。
器は、目当ての女「雨」を見つけた。折しも彼女は一人で作業しており、器は彼女の近くにそっと木の枝を投げた。雨はそれに気付き、器の姿に驚きながら、辺りに気を配りつつ彼に駆け寄る。
器は言う。
「雨。君に、どうしてもお礼を言いたかった。俺は確かに、君の言葉によって立ち直ることができた。君の言葉には、ものすごい力があったんだ。俺は君に、何か恩返しをしたい。正直に言えば、俺は君の姿をもう一度見たくて、君の声をもう一度聞きたくて、ここに来た」
「ああ、器。私も、もうあなたに会えないかと思ったのに……すごく驚いてる。人目に付かない場所で話しましょう、あっちよ」
二人は館の監視も届かない、静かな場所へと移った。
………… …………
しばし後、雨は思い出したかのように身だしなみを整え、立ち上がる。
「もう、行かないと。器、次はいつ来られるの?」
「わからない。しばらく来られないだろう。暖かく沁みる君の雨水を、俺は器の中にずっと湛(たた)え続ける」
二人は名残惜しみながらも、別々の道へと分かれていった。
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