#170 小賢しい口上

 あなたはハライソの裁定を受け入れるべく、立ち上がって言う。

「ハライソ様、お心遣いありがとうございます。また、農場の秩序を乱してしまったことを、あらためてお詫び申し上げます。ハライソ様からの給金を、喜んで頂戴します。その上で、これを同僚の皆さんに差し上げたい。皆さん、メイカケイと私のことをお許しください」

 皆が一瞬驚いた表情をする中、ハライソとホウリシットの表情がかすかに曇った。あなたはそれを見逃さなかった。あなたは急いで言葉を継ぐ。

「私は今、伯母がこれまで通りハライソ農場で働き続けられるようにとの一途な思いから、ハライソ様の給金を皆さんにお分けしたいと申し出ました。それが叶うなら、それこそが、今日をもって奉公を終える私にとっての無上の喜びです。農場の皆さんと共に、あらためて、ハライソ様にお礼を申し上げます」

 あなたはハライソに頭を下げた。皆も、あらためてハライソに頭を下げた。

 メイカは頭を伏せながら小声でいう。

「ありがとうございます、ハライソ様…… ありがとうございます、皆々様……」

 ハライソは答えて言う。

「よく言った、エイカ。それでは解散としよう」

 彼はあなたの傍らを通りざま、あなたの肩を叩いて一言つぶやき、場を去った。

「小賢しい」

 残念ながら、あなたの弁舌は少々裏目に出たようだ。主人が自ら下した裁定に下僕が少しでも手を加えることは、治下では許し難い行為なのだ。他方、農場の同僚達は体面よりも現実に価値を見出しており、あなたの申し出は彼らには受けがよかった。あなたとメイカはナミタツホノウミと握手し、これまでの対立や孤立の解消を誓い合った。

 ホノウミが威儀を正してあなた達に言う。

「俺には農頭として、この農場と農夫達の秩序を守る義務がある。俺はその務めを果たそうとした。……だが、御領主様の意向は絶対だ。俺達はそれに従うまでだ。……正直に言って、お前達はよく働いた。ハライソ様はそれをよく見抜かれて、自ら出向かれたのだろうな。火の器……そんな面倒なものを背負って何の利があるのか知らねえが、ハライソ様に感謝するんだな。他所(よそ)じゃあ、決してそうはいかねえと思え」

 あなたは静かに頷いた。メイカケイは祈りを捧げるかのようにして領主に感謝した。

 ふと、あなたに視線を送る者がいる。見ると、ウキセニシミサメがいる。彼女は口を開き、声に出さないまま何事かを言い、去っていった。既に暗く、よく判らないが、表情や口振りからして、彼女はこう言ったのだろう。

「素敵よ、エイカ」

 #171に進む。

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