第14話 死を祝う

 その日、手の空いている医師と看護師が皆、モクㇽゥの病室に集まった。勿論私も。


 医師が神妙な顔で「おめでとう」と彼女を祝った。


 彼女が億劫そうに瞬きをした。

 唇を微かに動かすが声は出ない。

 彼女の美しい瞳に天井の白が湾曲して映っていた。


 いよいよモクㇽゥの躰が死を迎えるのだと分かった。


 私――俺は彼女の躰が朽ち、死を抱き込む前に、用意した祝いの言葉を心の中で捧げた。






『旅立つ君へ


 ずっと一人称が「俺」になったり「私」になったり、どっちつかずだったので、これからは「俺」を使う事に決めました。


 やはりこの躰を本来持ち続けるべき人から、俺が奪ってしまった気がしているからです。

 罪悪感が綿菓子のように薄く薄く絡み付いてくるのです。(綿菓子、知ってるかな?)


 だから、せめて彼が築いた周囲の人々との信頼を台無しにすることのないよう、今後も「俺」として仕事を続けるつもりです。


 君は「貴方が在りたいように在ればいい。責任なんて取っても取らなくても些細な事よ」と受け流すのでしょうか。




 君は、俺の魂が生を受けて初めて、一生を共に過ごしたいと思えた相手でした。

 恋という言葉では全然足りないので歯痒いばかりです。


 君にもう一度会いたいとは言いません。


 君の魂の転生が永遠に続けとも言いません。


 俺の事を忘れるなとも言いません。大いに忘れて下さい。


 俺は、もう一度この躰に転生が起きれば、消失する側の魂です。


 だから“俺がどうしたいか”を考える事にしたる意味はありません。(それでも考えてしまうのは自分への慰めです。)




 ただ一つ。


 俺の我が儘が叶うなら、魂の自由を愛する君が、この病棟に二度と来ない事を願います。


 君のこれから向かう世界が、ここより素敵でありますように。

 その次の世界の、更にその次も、ずっと先まで、転生した君に安らぎが用意されていますように。




 君の幸福を願ってやみません。


 君に幸あれ、と。

 俺の魂が生きている限り、いつもそう願うのだと思います』





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