第12話 自由を、欲している

 一度私は敢えて、察しの悪い子供のように、彼女に訊いた。


「きみは、自由が、欲してる?」


 彼女は染み一つない天井の向こうに、何か透かして見ているような顔をした。


「欲してる。めいっぱい。

 ……あなたは、欲していてない。あなたは、自由知らない」


「おれは、そうだ、自由の、知らない」


 そう俺が答えた時、私の思考は現実味の薄れた感慨の中で浮遊した。




 彼女の不自由さをどうにかしてあげたい。彼女の死に、寂寞せきばくとした思いが迫る。


 一方で、自分の事はどうだろう。


 代わり映えがしない生活を不服に思った事はない。

 俺は、何か現状を変えたいのだろうか……。


 実はこの灰色の世界を、

 ――皆が皆、“絶望しない事にだけ”集中して精一杯生きなくてはいけない世界を、居心地が良いと思っていやしないか。


 そう考え出すと靄が掛かった。




 ある日、彼女と視線を合わせ、互いに言葉を発しないまま、ことん、と同時に首を傾げた。


 その時、ぱっと霧が吹き飛ぶように理解した。


 俺は、おそらく男として、モクㇽゥの魂に恋をした。

 恋をしないという半年前の決意を翻して、恋してしまった。


 同時に、彼女を守りたいと思った。


 ――彼女が健気だから?

 望んだ覚えのない転生をした同志だから? 

 苦痛を強いられる彼女に同情して?


 どれも違う。


 何故なら病棟にはそんな人々で溢れていたからだ。

 患者は勿論の事、医療従事者もいずれはその病室の患者へと転じ、消失する事を悟っていた。





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