第5話 転生者の箱詰め

 私が二十年余りの人生で常識としてきたものを考えれば、この状況そのものが異常事態だろう。

 が、不思議と慣れるもので言葉も汎用性の高いものから覚えていった。


 肉体労働は辛かった。

 しかも患者の介護は、ただ力任せにして良いものではなく、手早さと、患者の躰を傷つけない多大な配慮を要した。


 患者も医療従事者も、様々な面で一筋縄ではいかない。

 そもそも世界の異なる者たちが一所に何百人と生活しているのだ。


 外見は、私の知る人間とそう違わない。敢えて違いを言えば体毛が無いため当然頭髪も無く、後ろ姿で見分けが付きづらいくらいだ。

 しかし、築いてきた文化が異なれば摩擦は生じる。


 元の世界で獣人だった少年は言語を交わし合う習慣がなく、悲痛な獣の遠吠えを一晩中病棟に響かせた。


 元々妖精だった女性は自分に羽がなく空を飛べない事を理解できず背中を掻き毟って血を流した。


 人魚だった男性は、自身の人間の二本足に恐怖し「斬り落としてくれ。斬り落としてくれ」と言い続け、発狂してしまった。 


 過去に天使だった婦人は、そんな世界の救いのなさに無力感に苛まれ、心を病んだ。


 白い病棟に囚われる魂たち。

 私の居た世界と同じく、朝が来て、昼が来て、夕が来て、夜が来る。その間、呻吟しんぎんの途絶える隙はない。


 代わり映えのしない平面が囲む景色の中で毎日、誰かしらの顔触れが変わった。顔触れというか魂触れだ。


 私は鈍麻した思考で、水槽に放り込まれた魚の気分を味わっていた。

 日々、漫然と仕事に取り組んだ。


 いっそ、世界そのものがジオラマ模型であり、それを観察し操作している超人が居る、と言われた方が楽になるのではないかと感じた。





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