第3話 介護士となった

 目覚める前、自分が死んだ事は覚えている。


 これは夢の中か。もしくは走馬灯というものに意識が漂っているだけか。


 案外これもいいかもしれない。

 記憶にある現実では、私は神経質に人目を気にし過ぎていた。


 それに、実を言えば、男性になってみたかった。

 そう言うと語弊があるだろうか。


 特に、男性の躰に憧れていた訳ではないし、自分の女性の躰に違和感があった訳でもない。


 男性の筋肉や、身体能力や、権威や、長身(には少し憧れたが)、それらを喉から手が出る程切望したことはない。


 加えて、心も女性だった頃の自分のままで不満はなかった。


 ただ一つ、周囲から女性扱いされる事に強烈な嫌悪感を抱いてきた人生だった。




 そして現在の、男性となった自分を眺めてみれば、理想が叶いすぎているな、と苦笑せざるを得なかった。


 数瞬前は案外これもいいと思ったが、次に胸の内に小さく爆ぜたのは苛立ちだった。


 誰がお膳立てしてくれたのか。親切にも程がある。


 私なんかの望みを叶える暇があるなら、私よりもっと理不尽な苦しみに耐えている人を救えよ。

 死に際の夢でも何でも、苦難というものに真率に立ち向かった人に与えられるべきだ――。




 不意に肩を叩かれた。

 先程共に作業した男性の一人だ。


 何事か熱心に話し掛けられる。

 雑談の輪に誘われたのは分かるが、私は首を傾げるしかない。


 彼らは私の反応の鈍さに苛立ち、徐々に困惑し、心配そうに私を覗き込み、最後に無念そうに首を降った。


 それを見る限り、私は突然気が狂ったとでも思われたか。

 こいつはもう駄目だ、そんな日本語が異界の言語に混じった気がした。


 私は、自分が失望されていく過程をただ他人事のように、しげしげと眺めていた。




 私たちを乗せた馬車は、白い建物に入った。

 暫く歩くうちにそこが病棟であると気付いた。


 馬車に乗っていた人々は医師や看護師や患者であり、患者の移送をしていたところに私は目覚めてしまったのだ。


 私の意識が宿ったこの青年は、私が目覚める前、医師だった。

 だからそのまま病院で働かせてもらえることになったらしい。


 私は肉体労働を担う、介護士のような仕事を割り振られた。

 行き場もないので、先輩介護士の身振り手振りから必死に学んだ。





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