1話 物語の始まりは
1 出会いの日、そなたは我が騎士
彼女の黄金色の瞳と視線が交わった時、ああ、これは女神が定めた運命なのだと思った。あまりに月並みな表現ではあるが、元より文才のないハーヴェルは、あの時の衝撃をより的確に表現する言葉は持ち合わせていなかった。
それは、ハーヴェルが十三歳になった年の真夏であった。当代の
ハーヴェルが見習いとして所属する騎士団本部はこの王宮にあるとはいえ、
選抜の予選。試合を繰り広げる騎士見習いの間を、
もっと幼い頃。それこそ剣を握り始めた時分からハーヴェルは、努力の子だと言われてきた。剣の腕は上の下であり、その実力すら、血の滲むような努力の賜物であった。決して才能に恵まれている訳ではない。それでも、己の存在価値を誰かに認めてもらいたいのだと、物心ついた時から切望していたように思う。
父も母も、出来の良い兄二人につきっきりであったし、ハーヴェルは予期せぬ子だったらしく、兄や姉とはだいぶ年が離れていた。両親としても、やっと子育てが一段落した時期に生まれたハーヴェルを、憎みこそせぬが特別愛した訳でもなかったようだ。後になって思えば、ハーヴェルが剣技を磨いたのは、家族に顧みてもらいたい、誰かの特別な存在になりたいと願っていたからなのだろう。
そんないじらしい少年であったハーヴェルにとって、騎士団での今後を占うこの選抜は、人生を掛けた大舞台だった。子供ながらに、そのことは理解していた。
それなのに数日前、生家にとある疑念がかけられた。父が神殿に賄賂を渡し、不正に優遇されて役職を得た、という噂である。人間というものは人の不幸が好きなものだ。瞬時にしてこの噂は広がり、神殿のみならず社交界や騎士団のほとんど全ての者が知るところとなった。
神殿に対する汚職疑惑がある家の子を、まさか
ざく、と砂を擦る音が鼓膜を震わせる。一試合終えたばかりのはハーヴェルは、騎士見習いたちの俊敏な動きとはてんで異なる、あまりにものんびりとした足音に、思わず振り返った。
ハーヴェルが急に首を捻ったので驚いたのだろうか。のんびりと歩み寄って来た少女は、元から大きな眼をこぼれんばかりに見開いて、こちらに視線を送った。その瞬間、ハーヴェルは心臓が止まったかのような錯覚を覚えた。
白い貫頭衣は誰が見ても場違いで、砂塵に汚れてところどころ変色をしてしまっている。全てがくすむような砂色の風が吹き荒れる中、彼女の黄金色の瞳だけが、一寸の曇りもなくこちらを見つめていた。
「あ……」
ハーヴェルが声を漏らした瞬間、少女が不意に俯いて咳込んだ。付き従っていた大人たちが、慌てて腰を屈めて少女と視線を合わせる。
「
「いけませんね、いったんお休みになられては」
「さあ、こちらへ」
促されて騎士団の建物に向かう
その後ハーヴェルは奇跡的に、決勝まで勝ち進むこととなる。上の下である自分がここまで健闘できるとは、正直想定してはいなかった。女神の加護を宿した瞳に見つめられ、加護を得た結果なのかも知れないとすら思えた。
※
「あの噂の家の子だよね」
「ああ、親の不祥事のせいで、可哀そうに」
「あれが本当なら、騎士団での立場も危ういかもね」
決勝の場で、対戦相手と向き合うハーヴェルの耳に、いささか大きすぎる囁き声が届く。
陽射しは斜めに照り付ける。とうに夕刻である。
年齢は確か、十四歳。一つ年上とはいえ、さほど体格も変わらない。しかし実力の方は、相手が一枚も二枚も
「はじめ!」
鋭い合図とともに、相手が強烈な横薙ぎの一閃を寄越す。ハーヴェルはたたらを踏みつつ避けるのだが、体勢を立て直す前に追撃に襲われる。あまりにも無様だ。ハーヴェルは歯を食いしばり、攻めに転じた。
よく観察してみれば、相手の攻撃は力と運に任せた、癖の強い剣筋だった。生来真面目な気質であるハーヴェルは、基本の型は、全て習得している。基礎の大切さも理解していた。
相手の技はとても派手だし、打たれれば無事では済まないだろうほどの圧力を感じるのだが、崩れた型には必ず隙がある。ハーヴェルは剣を受け流し、反撃の機会を探る。そうだ、もう少し、間合いが近づけば。
不意にハーヴェルの目が、遠くに白いはためきを映した。どくん、と鼓動が跳ねる。思わず眼球を動かし、そちらを見てしまう。
やや離れた場所で、椅子に座っていたはずの
「勝負あり!」
気づいた時には、地べたに突っ伏していた。転倒した際に顔面を打ちつけたらしく、情けなくも鼻血が出ていた。静まり返った場内。勝者の少年がハーヴェルに手を差し伸べた。
「大丈夫か?」
「……ああ」
ハーヴェルはぼんやりとしたままその手を取り、立ち上がる。拳で鼻を拭った。幸い、すぐに止まりそうな出血量だった。
我に返った観衆から拍手喝采が湧き起こる。勝者の少年はハーヴェルの手を握ったまま、腕を上げる。引っぱられたハーヴェルも、彼の意志に反して観衆に手を上げる格好だ。あまり目立ちたくはないのだが、と頬を朱に染めたハーヴェルだが、ありがたいことに歓声はほどなくして収まった。
「勝者は決しました。勝者に星の祝福を」
騎士団長に促され、決勝に残った八人の少年少女らが一列に整列し、砂の上に片膝を突いた。ハーヴェルも鼻血を啜りながら同様にする。
黄金色の視線が、こちらに注がれていた。状況に頭が追い付かない。ハーヴェルはただ、少女の驚くほどに端正な顔を見上げていた。未だ体調が本調子ではないのだろうか、青ざめた顔色の
「
ハーヴェルはことの結末を理解して、驚愕し、即座には動けない。選ばれたのだ。決勝で負けて、あろうことか大衆の面前で鼻血を垂れ流したにもかかわらず。
驚きに瞠目していたのはハーヴェルだけではない。会場のほとんどすべての者たちが、
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