2 違和感①
※
王宮内は一触即発の緊迫した雰囲気ながら、両派閥に動きはない。暫定
岩の宮の廷臣は王太女を実質上の人質として取られていたし、
簒奪王はこの王宮に必要以上の混沌をもたらす意図はないようで、一切何の進展もないまま時だけが過ぎ、その間、豪雨と日照りが交互に訪れた。
人々は異常気象を
すなわち、
こればかりは誰にも分らぬし、そもそも女神の怒りなのだというのも、非力な人の子が述べたこと。真実は不明とはいえ、昨年から続く異常気象と岩波戦争の真実に対する全責任が、
聖都では次第に、
だが、簒奪王がそれを認めるかと聞かれれば、否であろう。彼は仲間を欺いた。その動機は
「は……?」
思わず間抜けな声が漏れ、開いた口が塞がらない。眼球が眼窩から溢れ落ちるのではないかというほどに目を見開き、眼前に彫像のように佇む長身の女の顔を見上げた。
顔の筋肉が動かないのかと心配になるほどの無表情を眺めれば、すでに懐かしさが込み上げる。しかし今はそのような郷愁を覚える暇もなく、ただただ言葉を失う。女……アリアが場違いな心配をする。
「は……? 歯痛ですか」
「何言ってんの」
間の抜けた問いかけにやっと言葉を取り戻す。イッダは、頭の中で行き場をなくして
「いや、おかしいだろ。スヴァンは昔の主人のために俺らを裏切ったんじゃないか。それなのに王女を焚刑……生きたまま焼くだなんて。そんなものに本当に
「間違いなく」
「じゃあ何がしたくてあいつはアヴィンを殺したんだ」
「私にもわかりません」
「そもそも」
イッダは一歩間合いを詰めて、アリアの紫紺を帯びる黒い瞳を睨んだ。
「そもそもアリアも変だ! アヴィンが殺されたのに、なんでスヴァンに復讐しないんだよ。仲良く一緒にサシャまでやって来てさ」
「捕虜の返還に付き添う必要がありましたし、何より彼の中には主神がいます」
「だから勝ち目がないってこと?」
しかしアリアは首を横に振る。なぜイッダが怒りを
「というより、私の役目は主神に仕えることですから」
「でも。アリアだってアヴィンのこと、好きだっただろ」
「好き?」
「そうだよ。子供の頃からずっと一緒にいたんだろ。俺だって……いけ好かないところはあったけど、あいつは嫌いじゃなかったのに」
アリアの顔にやっと表情らしいものが浮かんだ。小首を傾げながら、眉間に皺を寄せて何やら思案しているようだ。
今日は珍しく静かな陽気である。遠くで羽を鳴らす蝉の音が、何度か同じ旋律を繰り返すのを聞くほどの時間黙り込んでから、彼女は口を開く。
「彼とは男女の仲ではありましたが……好きかどうかなど、考えたことはありませんでした」
「だ、男女って」
思わず赤面する
「あーもう良いよ。ったく、どっちが大人なんだか」
どちらにせよ、ここでアリアと話していても埒が明かない。歩き始めたイッダの背に、アリアが声をかける。
「どちらへ?」
「決まってるだろ、スヴァンのところ」
彼とは、多忙に
別に頼んではいないのだが、アリアは影のように後ろをついて来た。
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