12 シュエルドラッド会合③
もとより厳格な印象の
「なぜだ」
微かな声量だったので、聞こえなかったのだろう。レイヴェンジークが問いかけるような視線を向ければ、
「なぜ、このようなことを。そなたに王位をもたらしたのは、サシャだ」
「ええ、そうですね」
レイヴェンジークはあっけらかんと言う。
「ですが、私が望んだ訳ではありません」
「何?」
「私は王位を欲しがる振りをしただけだと言っているのです。良くお考え下さいよ。長年神職に就き、
「しかし、この取引を持ち掛けたのは」
「私ですよ」
片鱗を、この男に重ね見る。ヴァンにも彼らと同じ血が流れているとは、承服しかねる事実だ。それでも、彼らの狂気をどこか根源的な部分で理解できてしまうヴァンはもうすでに、醜い化け物なのだろう。
「まだわかりませんか。混乱しているのか、それとも理解能力がないのか。まあどちらでも結構。全ては弟と甥と、共謀した結果だということです。
急速に、全ての疑惑の辻褄が合った。敗戦時、処刑されるはずだったアヴィンがいとも簡単に逃げ出せたこと。
思い起こせば、アヴィンたちは常に危機感が薄く、アリアに至っては単身首都に入り浸っていた。
さらに、あのアリアの里での一件。紫波騎士の助力に関しては、ずっと胸に
――嘘だろ、とんだ茶番だぜ。全部、やらせだったのか?
クロの力を得て、サシャを武力面でも不利に追い詰めて。
レイヴェンジークの様子は、
困惑気にしているもう一人の甥に気づいたのだろう、彼はその一つをヴァンに投げて寄越した。文面を素早く視線でなぞる。
『岩波戦争の原因』『王位と引き換えに、全ての隠蔽を』『毒を盛ったのは誰か』『首謀者は聖サシャ王国民』『北方による毒殺未遂は誤報』『濡れ衣』『誤報から始まる戦いの補償に
――おいおい、こりゃまた……。
クロが言葉を濁すほど、赤裸々なやり取りの断片が目に飛び込む。ヴァンは思わず
「十二年前、
なぜ廷臣が
終戦間際、真の首謀者が判明した時には、もう後戻りできない惨状だった。だから
アヴィンの、影を帯びる藍色の瞳が
「正直、昨年イーサン王太子が逝去した際、第二次岩波戦争が起こらないものかと誰もが気を揉んだだろう。それが起こらなかったのも、一度目の教訓があったからでしょうね、
「なぜ事前に知らせてくれなかったんだ」
「これを公表すると言えば、そなたは大人しく我々に従わなかっただろう」
言うまでもない。このようなもの、民の耳に入れる訳にはいかない。知られれば、
仲間の仮面をつけて居りながら、実際のところは信用に値しない者であるとみなされていたことに、怒りを覚える。しかし隙あれば裏をかこうとし、今この瞬間ですら腹に裏切りの謀略を抱えたヴァンには、アヴィンばかりを責める資格はない。だが、
「さて、
アヴィンが口の端を歪めて呼びかける。
「これを我々の手で公表しましょうか。それとも、取引を?」
「真実を民の耳に晒すことと、ささやかな取り決めに判を押すこと……どちらが益となるか。あなたならば答えはとうに理解されているでしょう」
返答はない。たっぷり三呼吸分は待ったところで、積年の恨みを放出してだいぶ冷静を取り戻したらしいレイヴェンジークが、腕を組み硬質な背もたれに深く身体を預けて口を開いた。
「一晩、猶予を差し上げましょう。いかなる賢君とはいえ、このような大きな決断、即断即決という訳にもいかないでしょうから」
侮蔑的な物言いではあったが、
――ヴァン。どうする。本当にアヴィンを……。
外に聞こえる訳でもないのに、クロが潜めた声音で囁く。どうもこうもない。この日を待ちわびていたのだ。ここ……捕虜が捕らえられたシュエルドラッド要塞にアヴィンがやって来る日を。
ヴァンは答えず、ただ眼前で繰り広げられる駆け引きを眺めていた。
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