11 シュエルドラッド会合②

「そもそも二国制を廃しては?」


 アヴィンが切り込んでも、岩の王サレアスは深く腰掛けたまま、堂々たる態度を崩さない。


「民心がそれを許すものか」

「案外わかりませんよ。例えば、両王家が一つになる、とか」


 そこでやっと、岩の王サレアスの頬が不快そうにやや強張った。


「あいにく候補となる縁組がない」

「王女がいらっしゃるでしょう」

「既婚者だ。神に結ばれた縁、そうやすやすと反故にはできぬ」

「しかしそれを結んだのは、我々波の民の神ではない」

「詭弁だ。この地はもとより三神の地」

「まあそれもそうだ」


 呆気なく言い負かされたアヴィンに拍子抜けしたのはヴァンだけではないようで、あの強面の岩の王サレアスが、束の間呆気にとられていた。アヴィンは机に肘を突いて指を組み、顎を乗せて手元の紙面を覗く。そこには、オウレアス王国としての要求が書き連ねられているはずだ。


「単刀直入に言えば、我が国の要求は三つ。補償、独立、発展。一つ目は合意ができそうだが、後の二つはいかがか」

「独立に関して申すが、果たして民が付き従うだろうか。得体の知れぬ魔人の力で王位を簒奪した王に」

「ああ、ご心配には及ばない。前王からは友好的に譲位を受けているし、波の民は波の加護を崇拝している節があるので」

「自国の民を揶揄するように言うのだな」

「北方統治は波の民……つまり波の御子オウレンの末裔である我々にしかできぬと、お伝えしたかったのですよ」


 岩の王サレアスは口を閉ざす。確かに、岩波戦争後、波の王オウレスを廃位した後のオウレアスは荒廃した。教会が分裂を起こしたオウレア紛争時、俗世の王を受け入れた南方の星の民とは違い、波の民は未だ神の威光に縋る傾向にある。岩の王サレアスの息がかかり、腰巾着とまで呼ばれた前王レイヴェンジークが退位した後、譲位を受けた正統な王家の直系であるアヴィンを操ることができないのであれば、サシャのオウレアスに対する影響力は急激に低下するだろう。


「……再独立、か。だが先ほどの言葉の節々からは、それ以上の大望が滲み出ていたが」

「当然でしょう。捕虜を得た我が国は優位に交渉を進める立場にある。中庸な合意に満足するなど、もったいない」 

「北の偽王は貧乏性のようだ」

「南の老王は隣人を見下すのがお好きなようで」


 暫し睨み合う二人の王。岩の王サレアスの眼光は常より激しく、睨まれれば思わず息を止めてしまうような光を放っていたが、それを正面から受け止めてもなお、余裕の表情を崩さないアヴィンも豪胆だ。やがてアヴィンが、鼻を鳴らすような笑い声を漏らした。


「……もう結構。あなたの主張は分かった。茶番はやめましょう」


 アヴィンはおもむろに、手元の紙を岩の王サレアスの眼前に叩きつける。


「これらがサシャへの要求。署名と王爾をいただきたい」

「何と強引な」

「それでも、あなたは従うしかないはずですよ。……さあ、伯父上」


 会話の外野になっていたレイヴェンジークだが、不意に呼ばれたにしては準備良く、机上に書簡の束を五つほど、無造作に置いた。岩の王サレアスの表情が強張る。


「それは」

「覚えておいでですか、陛下」


 レイヴェンジークが、かつての宗主に向けて、静かな目を向ける。


「なぜこれが、まだこの世にあるのかと思っておいでですね。私が、あなたのめいを受けて処分したはずで、これのなれ果ての灰もお見せしたのですから」

「……複製か」

「火に投げ入れた方が、ですがね」


 ヴァンには、話が読めない。だが岩の王サレアスの驚愕の面持ちを見れば、何かとんでもない切り札が出たのだと知れる。ヴァンは兄に視線で問う。これは何か。アヴィンはその視線を受け止めただけで目線を逸らし、岩の王サレアスを見据えた。


「岩波戦争の過ち。これを国民に公表したら……どうなるでしょうか」

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