14 殉職者と不穏
道すがら、リュアンが亡命の経緯をぽつぽつと語る。あの日、
もちろん、追手が迫る。かつての同僚に追われ、ある者は命を落とし、ある者は翻意し城や故郷へ戻り、一人また一人と同胞が減っていく。そんな中、出会ったのがイッダだったという。
イッダは青い目の魔人に仕えていたが、裏切りに遭い、命からがら逃げだしたところをリュアンに保護されたらしい。青い目の魔人の裏切りについて問うてみたものの、思い出すのが不快なのか、イッダは曖昧な回答しかくれなかった。庭園の巨樹から星の宮まではさほど距離もないため、詳細を語る時間がなかったという事情もあるだろう。
程なくして、三人は星の宮の玄関広間にあたる場所に辿り着く。大理石の白に黄金色の精緻な文様が彩る石柱。冷たい石床に響く足音、四六時中焚かれる神聖なる香。
室内を漂う空気は冷たく
二年前、波の王宮を案内してもらったように、エレナは星の宮内、地下へと二人を先導した。広間の端に、その石段はある。入り口は施錠などされず誰でも入れるようになってはいるが、そもそも
エレナは古い石戸を引き、
広間の中央に戻り、祭壇から火を分けてもらい、地下へと下る。リュアンとイッダは厳かな表情でそれに続いた。
星の宮は幾度も増改築がされ、外観内装共に古めかしさなど一切ないのだが、唯一この地下空間だけは古の造りを残している。
年季の入った石階段を下った先は、サシャ神国時代の様式を踏襲した純朴な印象のある祭壇である。エレナは手燭の火を祭壇の燭台に手早く移し、指を組んで祈る。
「
「……加護が、ありますように」
リュアンが呟き、イッダもやや遅れてそれに倣う。波の民である彼らは本来であれば「波の加護がありますように」と祈りの文言を唱えるところだが、
この場所で祈りを捧げると、己の
それでも、こうして慰霊碑を前にし、そこに刻まれた過去の殉職者と彼女自身の
「十六人、ですか」
碑に刻まれた
「ええ。意外ですか?」
「そうですね。こう言っては不謹慎でしょうけど、思いの外少なく感じます」
「無理もありません。神話の時代から続く職位ですし、武官ですから。もっと多くの殉死者がいると考えるのが自然なことです」
「本当にこんな少ないんですか。隠蔽してたりしないの」
訊いたイッダに、リュアンが困惑気な視線を遣る。少年の歯に衣着せぬ物言いに、いつどのような無礼をしでかすのだろうかと胆を冷やしているらしい。
「隠す意味もないでしょう。
「その人たちはここで祀ってもらえないんですか」
「黒岩騎士に戻った後、家族ができるでしょう。そうしたら彼らは親族の元で眠るのよ」
そもそも、戦乱の時代には遺体が出なかったり、五体揃っていなかったりするため、本当の意味でここに眠るのは、ほんの数人であると聞いている。
暫しの沈黙が訪れる。祭壇に安置された十二聖人の一人、騎士の風貌をした忠臣の彫像が、蝋燭の光に照らされてこちらを見下ろしている。ちらちらと影が揺れ、風もないのに灯火が揺らいでいることに気づく。
「蝋燭がないわ。少し、失礼します」
消えかけていたのは、エレナが地上階から持ち運んだ手燭の火だった。ここを出る時に石戸の横に戻し次回地下を訪れる際の明かりとする必要があるので、十分な長さの蝋燭に変えておいた方が良いだろう。
予備の蝋燭は、石階段の側面に掘られた物置にある。いよいよ火は消えかけていて、明るさが足りない。掃除用具やら
祭壇の光のところまで持っていき、そこで蝋燭を交換するのが手っ取り早いだろう。そう考え、必要なもの一式を握り古い蝋燭の灯火を消して、屈めた腰を伸ばした時。一瞬にして、空間が闇に包まれた。祭壇の火が消えたようだ。
「なに」
思わず声が漏れたが、リュアンとイッダは驚きの声すら上げない。
「リュアン卿……」
反応はない。初夏とはいえ、地下はまだ冷える時期だ。肌寒さからか、それとも他の理由からか、肌が粟立ち、背筋に冷たいものが走った。口を閉ざし、壁に手を添わせて祭壇側へ向かう。響く微かな足音。その中に、己のものとは歩幅の違う音が重なるのを聞いた。
身震いし、胸に抱えていたものを強く握ってから、手元に蠟燭と燐寸があることを思い出す。気が動転していたのですぐに思い至らなかったのだ。先ほどまで火を見ていた目は、
「……え……」
微かな明かりの中、照らされた床に、靴先が見える。靴から脚を辿り、視線を上げて、エレナは目を疑った。
リュアンが険しい顔で、眼下の者を殴り殺そうとするかのように、燭台を振りかぶっていた。
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