12 防衛、そして予期せぬ再会②
ヴァンは軽く額を抑えてから、馬首を返す。クロの忠告通り体調は芳しくないが、それを敵前に晒す訳にはいかない。本陣に戻ろうかと考えたが、まだ残党がいる可能性も考慮し、ヴァンはしばらく西側に残ることにした。
後からやって来た紫波騎士に状況を伝え、
――とりあえずどっかに失礼しようぜ。
そうは言えども、小屋にはしっかりと施錠がされており、どの扉も開かない。後で知ったことだが、この辺りの小屋は民家というよりは、持ち主の仕事場であり、持って逃げることのできなかった仕事道具らが泣く泣く取り残されていたのだという。だからこそ用心深くも、鉄製の錠前が掛けられていたのだが、少しでも早く休息したいヴァンにとっては、不都合だった。
仕方なく小屋の陰で馬を降り、土壁に背を預けて
――ほら、言わんこっちゃない。大丈夫か。
「うん、少し休めば……」
言いかけて、口を閉ざす。近くで砂が擦れるような音がした気がした。息を詰めて、耳を澄ます。その音は一度きり微かに鼓膜を揺らしただけで、再び鳴ることはない。それでも、どこかで聞いたことがある音だ。今では郷愁すら覚える、騎士団での鍛錬にて。間合いを詰める時、靴先が砂を擦る音――。
――ヴァン!
クロが叫ぶまでもなく、敵の気配にヴァンは飛び退いた。先ほどまで腰を下ろしていた辺りに、鋭い切り裂きの跡。追撃は光のように素早い。咄嗟に抜いた剣で、敵が振り下ろす重撃を受け止めて……ヴァンは息を吞んだ。
曇天から漏れる微かな陽光を浴び、敵の頭髪が煌めいている。その色は、目を見張るほどの白銀。
――最悪だ。……イアン。
見慣れた姿に、ヴァンは慌てて剣を押し返して間合いを取る。
先ほどまで力を酷使していたため、足が絡まる。この体調では、クロの力を借りるのは自殺行為だ。イアンに斬られるのと、どちらがましだろうか。
止まらぬ剣戟、鉄の重なる硬質な音が響く。イアンの手の内なら良く知っていたので、避けることは造作ない。折を見て、逃げればいい。だが逃げたとして、イアンはどうなる。敵陣の只中で、退路は残酷にも先ほどヴァンが真っ二つにしたばかりだった。
『捕虜にしておいてくれ』
アヴィンの言葉が蘇る。捕虜になれば、彼はどのような辱めを受けるだろうか。唯一とすら言える友人を、害したくはない。それではやはり逃げるしか。
朦朧とする脳内で思案を巡らせているうちに、イアンの不意の突きが眼前に迫る。それを下から掬い上げるように跳ね飛ばした拍子に、フードが翻る。イアンの青玉のような目が驚きに見開かれる瞬間、視線が交差した。
「やはり、お前は……」
ヴァンは咄嗟にフードを戻して逃亡に徹する。イアンは、歩哨に見咎められるのも気に留めず、彼らしい熱気でその背を追った。
「待て、ヴァン!」
はっきりと呼ばれ、ヴァンの身体は凍り付く。剣を交わした時点で、気づかれるのは時間の問題だと思っていた。何度共に鍛錬をしたか、数えることができないほどだ。
ヴァンがイアンの手の内を理解しているように、彼もこちらの動きに
――おい、どうする!!
「……イアン」
ヴァンは、腹に力を込めて振り返る。イアンの端正な顔が、世にも奇怪なものを視界に入れて、歪んでいる。
「お前、生きて……その目は。いや、それよりもなぜ」
切先をこちらに向けたまま、彼は叫ぶように言った。
「なぜ、俺たちと敵対しているんだ!」
騒ぎを聞きつけ、紫波騎士の隊服姿が数名駆け寄る。イアンは
「僕を信じてくれ」
イアンの目が見開かれる。ヴァンは、掴んだ腕を強く握り締め、声を張った。
「
――おいおいおい、計画と違うだろ。
クロがぼやくが、こうする以上の良策は
イアンが捕虜となった事実は、その日のうちに、戦場離脱をしていたアヴィンの耳に届き、遅れること数日で、聖サシャ王国の王宮にも伝えられることとなるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます