11 防衛、そして予期せぬ再会①
大地に
伝令が言うことには、敵軍は東側の、岩を割るような激流の中、倒木を使い簡易の橋を渡し、対岸へ列をなして押し寄せるところだという。幸い、狭く足場が悪いため、一度に渡ることのできる兵の数は少ない。それでも、ひっきりなしに上陸を許しては、戦力に劣るこちらの不利となる。
ヴァンは古巣である黒岩騎士団の面々に顔を晒さぬため、濃紺の外套を着込み、フードを目深にする。飛び乗るように馬に跨り、単騎現場へと駆けた。
――こりゃ願ってもない機会じゃねえか、ヴァン。
クロが低く言う。
――アヴィンがこの場に来ているんだ。そのままサシャの軍勢を奴のところへ誘導し、首を取らせる。お前や俺は血の契約で奴に直接手出しできないが、あいつを斬る刃となる人間を連れて行くことはできるからな。あの女の血筋が絶えれば、晴れて俺も自由だ。
クロの言葉は的確だ。ヴァンが北に残ったのは、波の加護のせいで
――問題は、どうやって黒岩の奴らに、お前がサシャ側についていることを信じさせるかだな。何かいい案はあるか?
脳内に響くクロの
対して右を見遣れば、人家が立ち並ぶ。染物屋や船頭を
サシャの軍勢を招き入れるとなれば、彼らにも被害が及ぶだろう。ヴァンが寝返ったとしても、紫波騎士団の面々は、戦いを止めるはずがない。彼らの主はヴァンではなく、兄である
不意に、シャーラエルダの老村長の顔が浮かぶ。柔和な目元を綻ばせ、「また会えるように」と言った慈愛に満ちた声。この場所が戦場となるのであれば、あの町も被害を免れない。このような形での再会を、誰が心待ちにしたというのか。
――おい、ヴァン?
「名乗りは上げない」
――は?
「この場所を戦場にはしない。もともと、ここで睨み合いが続くように仕向けたのは、住民や、騎士団の面々が血を流さないようにするためじゃないか。サシャ軍を囲むように、地面を掘り返す」
――お前、何言ってんだよ。
「それに、アヴィンならとっくに首都へ向かっているはずだよ。ここで正体を明かして、彼の首取りに失敗でもしようものなら、計画が台無しだ」
――そりゃそうだけどなあ。
さすがに浅慮に過ぎると自覚したのか、クロは不満げな声音はそのままに、溜息交じりの皮肉を投げてくる。
――お前変わったよな。昔は、
「人を冷血漢みたいに言わないでくれる」
馬蹄の音が響き、黒衣の軍勢が迫る。数騎、先だって川を渡った騎士だ。
「クロ」
――へえへえ。
気の抜けた返事と共に地鳴りが響き、怯えてた棹立ちになった敵の馬を覆い隠すように、土煙が舞う。地面が、爆薬でも仕掛けられたかのように隆起し、土砂をまき散らしながら地上に半円が描かれる。
数名落馬したようだが、命の有無を確認する術はない。彼らとヴァンの間には、かなりの距離があったからだ。未だ馬上にある騎士らも、噂に聞く青い目の魔人の怪奇を、茫然と見下ろしている。
幸い、彼らの計画は実行されたばかりで、ほとんどの騎兵は即席の橋の向こう側で、地割れと早瀬に囲まれた仲間を眺めているだけだ。ひとまず敵を封じることができたことに安堵する。急にクロの神力に晒されたからか、束の間意識が飛びかけたが、首を振って正気を保った。
「あれ、落とせる?」
目を細めて視線を向けた先は、朽ちかけた巨大な丸太橋。お粗末にもほどがあるが、よくあれを見つけ運んできたものだと、その執念に感心した。
――木は死んでるが、寄生してる生物は多そうだし、いけると思うぜ。……けど、お前の方が大丈夫じゃねえだろ。ここ数日、無理して力を使っていたから。
「……あと少しくらいは大丈夫だ」
――俺としてはお前の身体はあまり酷使したくねえんだが。
「代償を払う時のために?」
――俺を冷血漢みたいに言うな。
やり返されて、ヴァンは小さく笑った。
――別に俺はお前を奥に押し込んで、自由に楽しくやらせてもらっても良いんだが。
「虐殺はごめんだ」
――ならせいぜい気をしっかり持てよ。
敵の進軍が止まったところで手綱を引く。馬蹄が地を叩く音が止み、身体に伝わる振動がなくなれば、酷い耳鳴りがすることに気づいた。
「……クロ、とりあえずあれを」
微かな悪態が聞こえたが、クロは反抗せず、丸太の真ん中辺り、苔
それは湿っているからか、到底木が折れる音とは思えぬ粘質な叫びを上げて折れてから、呆気なく急流に吞まれていった。ここまでやってやれば、再度こちらに進軍しようなどという気にはならないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます